第10話 案内人・ドーガとビネット

 朝目を覚ました翼は、出掛ける前に服を着替えていた。


 ――昨日『トゥーレイ特階級高等学校』から帰る途中、ドーガの案内で立ち寄った場所があった。

 そこは立派な建物で、色々な店が入っている。その中の服屋へと立ち寄ると、ドーガの見立てで何着か服を選んで貰った。


「白崎様に着替を用意するのが遅くなってしまい、申し訳ありません。今の服装が異世界人の趣味だと思ったのですが、ヨレヨレの服装は自殺した後だからですよね。聞いた時に気付けなくて、お恥ずかしい限りです」


「いえいえ、そんな謝らないでください。ドーガさんにはお世話になってますから······」


 翼は、言葉では感謝を伝えるし、ちゃんと感謝もしている。でも、ドーガの言葉には時折違和感を感じていた。

 人の気持ちが解らない、無神経な言葉が翼の心に突き刺さるのだ。


「お世話ですか、それこそ気にしないでください。単に私は、案内人の仕事をしているだけですからね。それでは、帰りましょう」


 ――着替えている途中に、ドーガとのやり取りを思い出して考え込む。

 プリムを『トゥーレイ特階級高等学校』へ連れて行くことを、ドーガに相談するか、サティアに相談するか悩んでいた。


 支度を終えると、迎えに来る時間まではもう少し余裕があった。

 昨日と違うのは、翼の服装が整っていることと、プリムが起きていることだ。


「翼様、随分と見違えましたね。服、似合ってますよ」


「あ、ありがとう。だらしない格好だったからね······髪の毛も伸びっぱなしだし」


「そうだっ、まだ時間ありますよね。私が髪を梳かしてあげます、こう見えて得意なんですから」


 翼が椅子へ腰掛けると、翼の髪をプリムは後ろから櫛で梳かしていく。

 昨日の夜もちゃんと風呂へ入ったからか、初めて会った日とは見違えるほど髪はサラサラになっている。

 そのせいか、肩よりも長く伸びた髪型と、細い体型が翼を女性のように思わせた。


「翼様って、とっても細いんですね。髪の毛も綺麗な黒で、私と同じです。まるで私のお姉さんに会えたみたい」


「えっ、ちょっと待って、僕は男だからっ。お姉さんは酷いよっ」


 プリムが「冗談ですよ」と言って、和やかな会話が続くと、2人は良い一日が始まるのだと実感する。

 だが、2人の和やかな雰囲気とは対象的に、言い争う声を響かせながら部屋へとやって来るのは、ドーガとビネットの兄妹であった。


 コンコンと扉をノックする音と共に、ドーガとビネットが入って来る。今日は2人で、翼の案内人としての仕事をするようだ。


「おはようございます、白崎様。本日から私、ビネットが1人で案内人を務めて参ります」


「こらっ、私も居るだろう。兄である私に失礼だと思わないのかっ」


 部屋へと入ってからも、おかしな雰囲気のドーガとビネット。

 それを見て、翼とプリムは目を丸くしていた。


「あのぉ、2人は何かあったんですか?」


 翼の問いかけに、ビネットが早口で応えていく、その内容はこうだ。


 ――2日目の朝、ドーガが翼を『トゥーレイ特階級高等学校』へと送り届けた後、戻ったドーガにビネットが指摘をしていた。

 前の日に「やる気を出しなさい」と注意されたことを根に持っていたビネットは、荒い口調で捲し立てたのだ。


「ねぇ、兄さん。どうせ、今日は着替えさせないで連れて行ったのでしょ。真面目なのは良いけど、状況も考慮して行動した方がいいと思うけどね」


「なっ、いきなりなんだって言うんだ。それは、私が何も考えてないで行動しているとでも思っているのか」


「えっ、違うの? じゃ着替えてから連れて行ったんだよね? 自殺した白崎様は、服装に気を遣っていない状態で此方の世界に来たと思うから。勿論判っていて、ちゃんと考えてるんだよね」


「も、勿論だ。朝は時間がなかったから、帰りに服屋へ寄るつもりでいる。あ、当たり前だろう」


 その日の夕刻、翼を服屋へ案内して、満足気に帰って来たドーガに待っていたのは、またしてもビネットの辛辣な言葉であった。


「ふ〜ん、服屋だけ寄って来たんだ。髪の毛もボサボサだったし、日用品だって欲しかったんじゃない? もう、明日からは、私が1人で迎えに行くから、兄さんは留守番でもしててよね······」


「なっ、なっ、そんな勝手なことを」


 ――こんなやり取りがあったのだと、翼に伝えるビネット。翼も、この話を聞いて納得する部分もあった。


「白崎様、兄も悪気があった訳ではないので許してあげてください。それでは、行きましょうか」


「ちょっと待て、ビネット。白崎様はどう思っているのか聞くべきであろう。昨日、私はお世話になっていると感謝の言葉を頂いている。すっぽかしたお前よりも、信頼度は高いはずだ」


(ビネットさんは、すっぽかしたんだ······優秀だけど性格に難ありのビネットさんと、真面目だけど気遣いのできないドーガさん。そんな感じなのかな)


「白崎様が何方に案内されたいのか、白崎様自身に決めて頂きましょう」


 決定権を委ねられる、これは翼にとってはかなりの難問となった。

 自分がなぜ兄妹喧嘩に巻き込まれなければならないのか。そう思いながらも、プリムのことを相談するならビネットだという答えに翼は至る。


「今日は、ビネットさんでお願いできますか? それと、次の日はドーガさんって感じで、順番でお願いしたいのですが」


 ドーガにも感謝していることから、翼は精一杯兄妹で揉めない選択肢を選んだつもりだ。


「それじゃ、プリム行ってくるよ」


「はい。お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


 翼は、どのタイミングで相談を切り出そうかとソワソワしながら、ビネットと共に『トゥーレイ特階級高等学校』へと向かって歩き出した。

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