第17話 2人の家

 プリムは無言のままビネットに着いて歩いていると、いつの間にか上流区画へと入っていく。

 賑やかだった一般区画とは違い、上流区画は閑静な住宅街といった雰囲気であった。


「プリムちゃん、もう直ぐ着くよ。えっと、さっきは傷つけたくて言った訳じゃないんだけどさ、傷つけちゃったよね······ごめん」


「あの、謝らないでください。ビネットさんに言われたことは、ちゃんと覚えておきます。それでも私は······たくさん頑張って、自分が納得できるように進みたいんです」


「そっか。うん、それでいいと思う。せっかく出会ったんだから、できる限り応援するね」


 今日の別れが近づくと、2人は同じように考えていた。楽しかった時間を、悲しい時間のままで終わらせたくないと。


 想いが通じたのか、家に到着する前に仲直りの言葉を聞けたことに、2人で安心する。

 そこで見えた家は、翼とプリムの2人で住むには少し大きく、白を基調とした可愛らしい家であった。


「えっ、ここですか? うわっ、とっても素敵なお家です」


 チャイムを押すと、家の中から翼が現れる。

 ドーガは家へと到着すると、案内人として3ヶ月分の生活費を渡し、そこで案内を終了した。お金だけ渡して他の手助けをしなかったのは、翼からビネットが買出しに行ってることを聞いて、自分が余計なことをするべきではないと判断したからだ。

 決して気が利かず、何もしないで帰った訳ではないと、ドーガは自分に言い聞かせて帰っていった。


「随分遅かったですね、ドーガさんは先に帰りましたよ」


「ただいま帰りました。ビネットさんにたくさん買って貰っちゃいました、あと翼様の夕食も買ってあります」


「ほんと凄い荷物だね、ビネットさんありがとうございます。いつか絶対に恩返ししますから」


「ふふっ、それは楽しみね。私も帰りますけど、白崎様にも一つ言っておきます、プリムちゃんを外で1人にしないこと、最低でもこれは守ってください」


 2人で生活を始めたら、食料の買出しなど自分達でやらなければならないことがたくさんある。

 1人にしないとは、1人で買出しに行かせてはいけないということだ。それと、『奴隷』を1人で出歩かせることがいかに危険なことなのか翼にも理解させる。

 最後に、朝の迎えはまた同じ時間に来ることを伝えビネットは帰っていった。


「これ夕食? 凄くいい匂いだね、食べていいかな」


「はい、私はビネットさんと食べて来たので」


「それじゃ、家の中を見て来たらどうかな。気に入った部屋があったら、プリムの部屋にしていいよ」


「いいんですか? 私、自分の部屋って憧れてたんです。それじゃ、ちょっと探検に行ってきます」


 嫌な気分など忘れるようにして、プリムは家の中を見て回ることにした。

 2階建ての家、真っ先に階段を上がって行くと、3つの部屋があるのが扉を見て判る。


(2階にも部屋が3つもあるんだっ、1つが私の部屋で、もう1つが翼様の部屋。それじゃ、もう1つは······)


 2人の寝室、子供部屋、など変な妄想をしてしまったことで、プリムは1人で顔を赤くする。

 その後は、3つの部屋を一通り見ると、1階へと降りて行くのだった。


「翼様っ、2階に部屋が3つもありましたよ。その1つを私の部屋にしていいですか?」


「もちろん。プリムは気に入った部屋があったんだね。でも、まだ家具とか少ないから部屋の中は変わらないか」


「そんなことないですよ。私的には、朝日がたっぷり入る東側の部屋が素敵だと思いました。その部屋だけ、おっきな窓が2つもありましたし」


「あぁ〜、あの部屋か。僕も窓が印象的に見えたよ、あっち側から太陽が昇るんだね」


 陽の光が入るかどうかなど、自分の部屋を決める時に翼は気にすることはない。

 『奴隷』として生活をしていたプリムの方が、気持ちの良い朝をイメージできる。それだけ、心が豊かなのかもしれない――そんなことを翼は感じていた。


「1階には風呂とかキッチンとかあるから、それも見てみたら?」


「もうっ、ネタバレしないでくださいよ翼様。探検は続いてるんですから」


 ゆっくりと食事をしていた翼は、まだ食事の最中であった。

 廊下を走る音や、風呂場から楽しそうな声が響いたりと、1人で騒がしいプリムを嬉しそうに観察する。


 最後にキッチンへ来たプリムは、じっくりと見て翼へ声を掛ける。


「翼様、私がここで美味しい料理を作りますね。こう見えて私、料理は得意なんですよ。楽しみにしていてください」


 キッチンには、コンロや冷蔵庫だと思われる家電が既に設置されている。他にも、包丁など料理に使用する物は揃っているようだ。


 翼も食事を終えて、キッチンへとやって来ると、冷蔵庫だと思われる物を開け、中を確かめてみる。


「これってどうなってるのかな? 僕の世界にも似た物があったけど······」


「これは物を冷やしておける魔導具ですよ、『氷』系の魔晶石を利用して創られているんだと思います」


 魔導具と魔晶石、異世界らしい単語に翼が感動していると、プリムが他の魔導具についても説明してくれる。

 灯りは『雷』の魔晶石を利用していること、コンロらしき物は、『火』の魔晶石を利用していること、最後に蛇口からは『水』の魔晶石によって水が出ることを説明する。


「『火』の魔晶石と組み合わさってる方をひねればお湯も出ますよ。まぁ、宿屋さんのお風呂で経験済みですよね」


 色々と知っていることを翼が褒めると、プリムは「なんでも聞いてください」と得意げに言葉を返した。

 この世界では、誰でも知っている一般常識なのだが、今それを言う人は近くには居ない。それは、2人の関係にとって良いことであった。


「それと、魔晶石の色が薄くなってきたら、自分で魔力を注ぐんですよ。間違った属性を注ぐと壊れてしまいますから、要注意です」


「へぇ〜、それはエコだね。家といい、家具といい、素晴らしい世界に来れたなって、なんだか実感ができたよ」


 話している内に段々と夜も過ぎていく。明日も朝は早いのだ、お風呂へ入って寝る準備をしなければならない。


「今日は2階のベットをプリムが使っていいからね、僕はそこのソファーで寝るよ」


「えっ、そんなのダメですよ。ぎゃ、逆にしましょう······私は『奴隷』なんですから」


 翼は、プリムの言葉を真っ向から否定する。皆が言うのとは違う、その思いは本物だと伝えたかった。


「僕はプリムを『奴隷』だなんて思わないから、それだけは覚えておいて」


「······はいっ」


 この日は、あと少しだけ話をして2人は別の部屋へと移動した。

 話した内容は、翼の世界ではレディーファーストという言葉があることや、食材や家具も買いたいこと。

 この少しの会話が大切で、2人が眠る前に考えているのは、「この先も頑張ろう」という同じ想いであった。

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