第16話 優しい忠告

 プリムが手を握られ、少し歩いた所でビネットが口を開いた。


「兄さんがこっち見てないかな。大丈夫そうだよね······良しっ、行こうか」


「あっ、あの、ありがとうございます。翼様との話は、き、聞いていましたので」


「そう、じゃぁ何から買いに行く。やっぱりさ、大事な下着からにしようか?」


「あっ、はい」


 道すがら、ビネットが親しげに声を掛ける。翼には丁寧な言葉遣いと普段喋るような言葉遣いが、混じった感じで接していたが、プリムに対しては気軽に話すようだ。


「ねぇ男共って気が利かないじゃない? このタイミングで一緒に買い物に行けて良かったよね」


「ほんとに助かります、実は下着の替えもなくて困ってたんです」


 ビネットは兄ドーガの気の利かない所を、プリムは翼の気の利かない所を話しながら店へと向っていた。


「うわっ、何時間も立ちっぱなしは辛いよね。でも、プリムちゃんも気を利かせなきゃ。白崎様は異世界から来て、何も解らないし気が動転してたんだよ」


「確かにそうですよね。あの時は私も冷静になれなくて、どうしたら良いか分からなくてパニックだったんです」


 その後の失敗や、これから頑張っていきたい気持ちなどを、プリムは自然と話していた。


(プリムちゃん、普通の女の子だね。私、こんな妹が欲しかったんだ。あぁ〜あ、『奴隷』じゃなかったら、完璧だったのにな)


 会話は盛り上がり、2人のお喋りは止まらない。それでも買い物を着実に済ませているのは、流石ビネットだ。

 ある程度買っておきたい物が揃った所で、ビネットが夕食を外で食べていこうとプリムを誘う。


「とっても、ビネットさんと夕食を食べたいです。でも、翼様の夕食は大丈夫ですかね」


「おっ、気遣いができてるね。それなら、食べに行った場所で白崎様の分はテイクアウトしよっか?」


 そして食事処へ入ると、夕食の間も、2人は色々と話して距離を縮めていく――


「そろそろ本題に入ろうかな。真面目な話だから、ちゃんと聞いてね」


 ビネットが今行っている行動は、翼との関係に起因していた。初めて翼を見た時の印象は、『冴えない男の人』だったが、容姿が整うと『綺麗な男の子』に印象が変る。

 それよりも、純粋な心をもってこの世界へやって来たことを知ってしまうと、心配の種になったのだった。


 それと、『奴隷』として翼の元へ来た少女も、ビネットは気になり始めた。この国の仕組みは理解している、きっと少女も純粋な心の持ち主なのだろうと考えると、少女のことを知りたくなっていった。

 これが、プリムとたくさん話をしている理由でもあった。


「今は誰も聞いてないから言うけど、私は『奴隷』だから人じゃない。そんな風になんて思ってないの。でもこれはね、大きな声で言っていいことじゃない······」


 前置きとは裏腹に、『奴隷』としての心構えをビネットは厳しく話した――


「『奴隷』がどうするべきかは、嫌な言い方しかできなくてごめんね。白崎様は優しい人だと思うから、プリムちゃんがしっかりしないと2人で嫌な思いをするから······」


 ビネットがここまでするのは、前回の異世界人との出会いが原因の一つにあった。

 深く関わった訳ではなかったが、異世界人に不幸が起きたことを聞くと、自分に何かできた

のではないか、案内人の役目とは何なのかと、深く考えるようになったのだ。


 そんな時に出会ってしまった、翼とプリム。国に逆らうことなどする気はなかったのに、優しく壊れそうな翼を見てしまい、できる限り力になろうと決心してしまった。 


「あの、ビネットさんが私のために言ってくれてるのは分かるんです。でも、『奴隷』のままなんて嫌だって、そんな風に言ったらダメですか?」


「ダメ、ほんとにダメなの。言いたいことを何でも言えるほど、この国は優しくないんだよ」


 忠告を素直に聞いて貰えると思っていたビネットは、プリムの一言で不安が大きくなっていくのが解る。

 本当は、「『奴隷』だなんて思わなくていい」と言ってあげたいのに、それだけは言ってあげられない······


「私が言ったことは覚えておいてね。じゃぁ、この話は終わりっ。白崎様の夕食を選んで帰ろうか」


 たくさんの荷物を持って、新しく住む家へと向う。

 少し前まではあんなに仲良く話していたのに、プリムの顔には暗い影が落ちていた。


(ビネットさんはいい人だし、『奴隷』は人じゃないなんて、そんな風に思ってないって言ってくれた。そんな人でも、『自分を人だと思ったらダメ』なんて言うんだよ、それに『気持ちを殺して』なんて······私は嫌だ)


 ビネットの忠告は、2人を守る為の心構えを伝えたものであった。その気持ちの半分ぐらいは理解したとしても、まだまだ子供であるプリムの心は、しっかりと傷付いてしまうのだった。

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