第84話 意識は高く

 『商業国家ミカレリア』へは、草原を抜け西へと進めば到着する。

 道のりは基本、なだらかな岩場が続く。本来、視界を遮ることのない旅路は、魔獣と正面から対峙することになるのだが······。


「プリムは周囲を把握するのに、風を使うのよね?」


 プリメリーナは、プリムがエアサークルという魔法を使うことを聞いている。

 まずは娘の実力を見て、自分のやり方も教えていこうと考えていた。


「はいっ。探索は自信があるんです」


 エアサークルを使い広範囲を探ると、母に周囲の様子を話す。遠く離れた位置まで正確に伝えると、プリムの『風』魔法が本物だとプリメリーナは理解した。


「凄く上手。それなら、魔獣の姿を見つけたらどうにかできる?」


 プリムが「できない」と答えると、プリメリーナが展開していた『影』魔法を解除して、自身のやり方を一から披露する。


「プリムはそのままエアサークルを使っていてね。私も『影』魔法を使うから、何をしてるのか探ってみて」


 薄っすらと黒い霧が拡がっていく。見た目的には、黒いエアサークルと言っても良いほど似たものであった。

 何が違うのか。探知だけを目的にするのであれば、無色であるエアサークルの方が優秀かもしれない。だが何かを発見した時には、対応力の高さが発揮される。


「あっ、人形の影。騎士団の人と闘ったのと同じのだ」


 魔獣を発見すると、黒い霧から人形の影が現れる。そして戦闘を開始させ、魔獣を通り道から遠ざけていった。


「『影』魔法はね、思い描いた物を再現するのに優れてるの。強度も高くできるから、色んなことができるのよ――」


 道中はこの調子で、プリメリーナが魔獣を遠ざけていった。そのお陰で、最初こそ緊張していた者達も、心に余裕をもって旅をすることができた。

 半日もすれば、まるで遠足にきた子供達のように楽しそうな声が響く。


 その中でも唯一人、誰とも会話することなく馬車の中で1人過ごしている者が居た――


(少しなら動かせるようになったのに······知らない術に干渉するのは難しいわね)


 馬車で1人過ごしているのはヴァリアンであった。

 他人と打ち解けることができないわけではなく、王の術を自力で解くため奮闘していたのだ。


(やり方はプリちゃんに教えて貰った。ミカレリアに到着するまでに、絶対解除してみせるわ)


 魔力を封じられ魔法は使えなくても、体内の魔力を動かすことは可能だと、過去にプリメリーナが発見した。次は、王の術に自分の魔力を浸透させ、繋がりの元を探っていく。繋がりの元を見つけられたのなら、そこへ自身の魔力を集中し繋がりを断つ。

 これがヴァリアンが教わった内容。言葉だけなら簡単にできそうな内容だが――それは、魔女の称号を持つ天才のみが辿り着ける境地であった。


 ――馬車の外では、馬車と同じ速度で走りながら親睦を深めている者達が居る。


「翼君は剣術の腕を上げたいんだね。私も剣術はそれなりに得意としているから、後で手合わせしよう。それとこの道中なら、『剣姫』に教わるのもいいかもしれないな」


 翼が訓練のため走っている所に、リュースが付き合う形で合流する。

 共に行動するリュースとの仲を深められることを、翼は単純に嬉しく思っていたが、リュースは幾つかの思惑をもって接していた。


(まず知っておくべきは人柄と実力、信頼関係も築いておきたい。それに、彼の何が鍵になるのか?)


「ねぇ、私の名前出してなかった?」


「あっ、メイレーナさん。えっと、剣術を教わるなら誰がいいかって話してたんです」


 メイレーナとハクトゥも身体を動かすために外へと出てくると、2人へ合流する。

 そしてメイレーナが2人の会話に混ざったのは、リュースの実力に興味があったからだ。


「ふ〜ん。それなら皆で手合わせしましょうよ、教わるなら相手の実力を知らないとね。リュースさんの剣術、どれほどのものか私も興味があるわ」


 馬車が段々と遠ざかる。4人は走るのを止め、その場で互いの実力を測ることになった。


「母様が居れば馬車は安全よ。本気で走れば追いつけるし、私とリュースさんから手合わせしましょうか」


 半ば強引にリュースとの手合わせを実現させると、メイレーナは剣を抜く。

 リュースも翼へ実力を見せておくのは悪くないと判断し、剣を抜いた。


「怪我をしない程度でお願いしますよ」


 流石に最初から全力で斬り掛かったりはしない。

 メイレーナは一撃防がれる度に、少しづつ速度を上げていく。


(まだ余裕そうね······どこまでやったら本気になるかしら?)


 リュースはメイレーナの剣撃を受け、噂通りの実力に満足していた。剣術だけでは敵わないと思いながらも、防ぐだけならまだまだ余裕だと考える。

 同時に、防いでいるだけでは相手も満足しないだろうと反撃できる隙を窺っていた。


(小さなモーションから上下左右何処へでも打ち込んでくる、防御を捨てれば斬られてしまうだろうな······。翼君に少しは良いところを見せておきたい、仕方ない奥の手を使うか)


「メイレーナさん、武器はいくつ使っても構わないかな?」


「勿論、あなたが本気を出せるなら何でも有りよ」


 メイレーナの了承を聞き、リュースは腰に取り付けている魔道具へと手を掛けた。

 そして、魔道具よりも大きな長槍がリュースの手に握られる。


「へぇ、それ収納できる魔道具なの。王国監査官は、高価な物を持ってるのね」


「私の戦闘スタイルには必要だったのでね。監査官は関係なく、長年お金を貯めて買ったんですよ」


 ――長槍に持ち替えてからのリュースは、距離を上手くとりメイレーナとの闘いを進めていった。

 だが次第にメイレーナも慣れてくると、リュースの懐へと入り込んでいく。するとリュースは、長槍から双剣に持ち替え応戦する。


 一進一退の攻防が繰り広げられると、それなりの時間が経過していた。


「そろそろ終わりにしませんか、馬車との距離も大分離れたでしょう?」


「そうね。リュースさんとの闘いは良い訓練になったわ、有難うございます。また手合わせお願いできますか?」


「それは良いですが、翼君に剣術を教えるのが条件でもよいですかね?」


「えぇ、勿論」


 翼へ指導して貰う約束をすると、馬車へ追いつくために走り出す。

 その道中で、メイレーナの斬り込み方や、相手の動きを見て防ぐ方法など、リュースは今の闘いで学ぶべきことを翼へと伝えた。

 

「有難うございます、参考になります。2人共凄く強くて、これから教えて貰えるのは本当に有り難いです」


 ひとまず信頼関係は築けそうだと、リュースは安堵するのであった。


 皆それぞれが、移動の間も自分を高めることに性を出していた。

 この先、戦場へ立つであろう者の意識は高い。それこそが本当の希望であった――

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