第51話 悲劇の真相

 奴隷商襲撃から数時間後。

 第7騎士団の団長、メイレーナ・ティディスの邸宅。その一室での会話は、誰かに聞かれても良い内容ではなかった――


「母様なら、絶対手を貸してくれると思っていたのに······」


「私が手を貸したとしても、良い結果になんてならないわ。国と争っても不幸になるだけだもの」


「不幸になるなんて関係ないじゃない。人を『奴隷』扱いする国を許すなんておかしいのよ、そんな国なんて私が痛い目に合わせてやるんだから」


「メイが強くなったのは聞いてるわ、それでも絶対に勝てないのよ。この国は長い時間力を求めてきたのよ、甘く見てはダメ」


「甘くなんて見てないし、実力者は私だって把握してるわよ。それでも、私の剣なら届く可能性だってあるわ」


「届くってどこまで? 国を変えるまで届くと思っているの······それに、連れてきた『奴隷』はどうするつもり?」


「地下に大勢住める住居を用意してるわ、地下以外だって自由にして構わないし······」


「それが本当に自由だなんて思っていないのでしょう?」


「だったら、私が国を創ったっていい。『奴隷』なんて無い素晴らしい国を創ってみせるわよ」


「少し落ち着きなさい。今回連れてきた『奴隷』は私が引き取って、安全でここより自由がある場所へ連れて行くわ。『奴隷』ごと起こした騒動も私が引き受けるから、自分や周りが幸せになれる方法をちゃんと考えないとダメよ」


「勝手なこと言わないでっ。これは私の闘いなんだから、もう我慢の限界なのよっ」


 娘の暴走を止めるため、この国に姿を現したのは、『漆黒の魔女』ことプルメリーナ・サスティヴァ。

 クマル・ビルゴウからの報告を聞き、できる限りの手を尽くして、娘の前に姿を現したのだが――


✩✫✩✫✩


 時間は少し遡り、プリムとビネットが1つのベットで眠りについた頃、闇夜に紛れ動き始めたメイレーナ・ティディス。

 奴隷商襲撃を共に実行する仲間は、副団長ディオン・ファルサスと、5年ほど共に生活してきた『奴隷』達。それと、人を奴隷として扱うことに異議を唱える協力者達であった。

 逆に、団長を務めていても第7騎士団の姿はない。この件に加わる仲間は、『奴隷』への考え方に重きを置く者だからだ。


「逃走ルートは大丈夫?」


「逃走ルートの確認と配置に問題はない、大型の馬車も含めて準備は整ってるよ。だが本当に実行するのかい?」


 メイレーナへと気軽に話すのは、副団長のディオンであった。現在は団長と副団長の関係だが、2人にはそれ以上の繋がりがある。


「当たり前でしょう。私がここまで来て怖気づく訳ないじゃない」


 『青い果樹園』が見える位置で最終確認をしていたメイレーナは、剣を持つ手に力が入る。

 小声で号令を掛けると、奴隷商襲撃が実行された。


 勿論『青い果樹園』のことは調べてある。建物が複数あり、その中でもプラントと呼ばれる建物が、『奴隷』達の生活施設になっていた。

 それと、『青い果樹園』の敷地で一番大きな建物、そこが奴隷商の住居であることも分かっている。


 静かに忍び寄り、『青い果樹園』の敷地へ入ると作戦を実行する。

 メイレーナが向かったのは、奴隷商の住居であった。他の仲間達は『奴隷』が生活しているプラントへ向かい『奴隷』を解放するために動いていた。


「燃え尽きぬ黒き炎よ、大地へと姿を示せ」


 メイレーナは、得意な『火』魔法で住居の周りを炎の海へと変えていった。特殊魔法に分類されてもおかしくない黒い炎が、奴隷商の行く手を阻むように具現化する。


(これで出てこれないわ、できるだけ多くの人を連れて行くわよ)


 メイレーナが奴隷商の動きを止めている間も、他の仲間は迅速に行動していた。

 何人かは、既に『奴隷』を連れ馬車へと向かう。作戦は順調に進んでいるように見えたが、1つも障害がないなんてことはない――


 夜間の警備として外部から雇われた警備の者、その数は8人。

 騒ぎに気付くと、『奴隷解放』を止めるために行動を開始する。


 そして、最初に警備の者と遭遇したのは副団長のディオンであった。


「おいおい、気付くのが遅いんじゃないか。中途半端に気付くなら、気付かないふりでもしてりゃぁ命が助かったのにな」


「なっ、何を言ってやがる。貴様ら何者だ?」


「襲撃者が名乗る訳ないだろう。問答無用で無力化するのが、できる人間だと思うのだがな」


 言葉を交わす余裕を見せ、ディオンはわざと挑発する。すると、その挑発に乗った警備の者がディオンを無力化するために動き出した。

 剣を抜き斬り掛かってくる警備の者。その剣をぎりぎりで躱すと、ディオンは意識だけを奪い取る。


「命までは取らないよ、直ぐに去るから目を覚まさないようにね······」


 相手に聞こえはしなかったが、掛けた言葉はディオンの本心であった。

 警備の者を無力化できると、計画を速やかに達成させるため次の行動へと移っていく。


 別の場所では、メイレーナの仲間である『奴隷』と警備の者2人が鉢合わせになっていた。

 『奴隷』の名はハオトゥ。『奴隷』としては珍しく、特殊能力を持っている猛者だ。


「邪魔をするなら命を奪うぞ」


 剣を抜き、警戒している警備の者が2人。ハクトゥは声を掛けながら特殊能力を解放していく。


「犯罪者が何を言うか······大人しく投降するなら命は助けてやる、抵抗するなっ」


 警備の者が話終える頃には、ハクトゥの両手両足が変化していた。特殊能力である身体変化を行うと、変化したヶ所は強靭になり、鋭い爪が生えていた。

 そして、ハクトゥの踏み込みにより地面が凹む。強靭な足が成せる技は、身体強化と相まって恐ろしい速度を生み出すのであった――


 その姿を遠目で確認していたプルメリーナは、思ったよりも凶暴な仲間が居たことに驚くと、出遅れたことを悔やむ。


(犠牲者を出してしまったのね。メイレーナ、人の命はとても重いのよ)


 プルメリーナが目にしたのは、ハクトゥが素速く接近する勢いのまま、1人の腹部へ腕ごと貫き、直ぐ様引き抜くと、もう1人の頭部を吹き飛ばす所であった。


 娘がこれ以上罪を重ねないようにと、プルメリーナも襲撃現場へと足を踏み入れた。

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