第52話 娘への想い
クマルを外で待機させ、1人『青い果樹園』へと足を踏み入れたプルメリーナ。
争う場でメイレーナと再会するつもりはなく、自身の痕跡を残すことと、メイレーナの痕跡を消すことが目的であった。
「影よ――」
プルメリーナが『影』魔法を発動すると、至る所から人影が生み出された。『影』魔法とは昼夜問わず使える魔法ではあったが、闇夜に最大限力を発揮する。
「同眼」
人影の数は、100体ほど生み出されていた。そして、全ての人影とプルメリーナは視界を共有する。
「行きなさい」
人影は、プルメリーナの意思の元で動き始める。制圧するのは『青い果樹園』側だ、メイレーナや他の仲間達には見つからないよう行動させていた。
(私はそうね、久しぶりに会いに行こうかしら)
プルメリーナ自身が向かったのは、奴隷商が住む建物。そこで自身の顔を見せておくのは、奴隷商の長であるマグズ・パラライだ。
「あいたたたっ、くそっどこのどいつだ」
建物の周囲を炎で囲まれ、出入口から出ることができない状況であったマグズは、3階から飛び降りることで脱出に成功していた。
戦闘能力は低く、能力値も高くはないマグズであったが、自身の奴隷商を襲われて黙っていられるほど大人しい性格ではないのだ。
「くそっ、最近また太り過ぎたかのぉ······あ、足が」
「本当に太り過ぎですよ、『癒』魔法を掛けましょうか?」
マグズの独り言に返事をするのは、プルメリーナであった。
「おっ、おっ、お前。この騒ぎを起こしてるのはお前か、プルメリーナ······様」
「随分怒ってるのですね、こんな日が来るって考えはなかったのかしら······人を物のように扱うことは、当然恨みを買う行為でしょう?」
「それこそ逆恨みだっ、わしは悪いことなどしておらんわっ。『奴隷』を商品として売る行為は、この国のルールに基づく正当なものじゃ」
マグズの言っている意味は理解できる、だがこの状況でも強気に正当性を主張する姿に憐れみと怒りを感じる。
(人の意見を聞けないのは、変わらないって所かしら。もしも、国のルールと人の心は違うって解らないのなら······)
プルメリーナは一息つくと、『影』魔法を使い影から大きな鎌を出現させた。
恐怖を煽る大きな鎌と、プルメリーナが発する殺気がマグズへプレッシャーを与える。
「国のルール、そんな話はしていないのよ。『奴隷』として扱われた、『人』の気持ちが解らないと言うの?」
「『奴隷』の気持ちなど考えるかっ、そんなお人好しに奴隷商など務まらん。わしは誇りを持って商売をしておるんじゃ」
(そうだった、この人はこういう人でしたね。見た目と違って芯のある商人、それなら······仕方ないわね)
「解りました。マグズさん、商品も失ったことですし、次は違う商売をすることをオススメしておきますわ。それでは······」
(わしを馬鹿にするでないぞ。娘を取り戻しておいて、貴女がここを襲う理由などないのは解っておるわ。裏に誰か居るのか、何をしに来おった?)
「はぁ。こりゃわしに止められる規模じゃなさそうじゃな······いたたっ」
(おいっ、『癒』魔法を掛けるって言っとらんかったか······)
プルメリーナとマグズが会話をしてある間に、作戦は終盤へと差し掛かっていた。
残りの警備の者は、プルメリーナが創り出した人影によって取り押さえられ、邪魔する者がいない襲撃は楽にことが進む――
「呆気ないものね、厄介なのが来る前に撤退しましょう」
メイレーナとディオンが殿を務め、追手がないことを確認すると、2人も用意してあった馬車へと乗り込んでいく。
2人は自分達が最後だと思いながら馬車へと入ると、後ろからもう1人、予期せぬ人物が乗り込んでくるのだった。
「私も乗せて貰えるかしら?」
メイレーナは咄嗟に剣へと手を伸ばす、だがディオンの言葉で剣を抜くことはしないで済んだ。
「プ、プルメリーナ様っ、お、お久しぶりです」
「ディオン久しぶりね。見違えたわ、随分と大人になって······それに、メイも大きくなったわね、ずっと会いたかったのよ」
「プルメリーナって、お、お母様。お母様なの?」
ディオンから、母であるプルメリーナの話はよく聞かされていた。
メイレーナがディオンの家系に引き取られたのも、プルメリーナへの熱い想いからの行動であった。そのため、何年立った今でも、プルメリーナの話題をディオンはよく口にするのだ。
「私のこと、知ってくれているのね。そうよ、私があなたの母よ」
感動的な親子の再会は、馬車の中で果たされることになった。
メイレーナが安全に帰るために、そして再会を邪魔されないためにも、プルメリーナは『影』魔法を発動させ馬車を覆う。
闇夜の中を、影で覆われた馬車は誰かの目にとまることはなく、奴隷商襲撃という計画は、最後まで無事に成し遂げられたのであった。
だが、感動の再会は最初だけで終わり、起こした事件の話になると、2人の意見は食い違ってしまった――
✩✫✩✫✩
プルメリーナが『青い果樹園』でしたことは、メイレーナへの手厚い援護と、自身を犯人だと誤認させることだ。
この国で、メイレーナがこれからも生きていくには必要な行動だったと、プルメリーナは思っていた。
プルメリーナの想いや、何をしたのかを知らないメイレーナは、自分の想いだけを母親にぶつける。
初めての再会は、娘への想いが伝わらないまま別れることになってしまうのであった。
「メイ、また会いに来るわ。ディオン、見送りお願いできるかしら」
――陽が昇る前にこの場を去る、そのためにプルメリーナは娘との会話を中断した。今長々と話していても、興奮したメイレーナには伝わらないと考えたのも理由にあった。
外へ出ると、プルメリーナは口を開く。
「ディオン、過激な子に育ててくれたのね······」
「申し訳ありません。俺がいけなかったんです、プルメリーナ様が酷い仕打ちを受けてると、恨み言を言ってしまったから」
「謝って欲しい訳じゃないの、ごめんなさい。私はお礼をしなきゃいけない立場でしょう、元気な子に育ててくれてありがとう」
「勿体ないお言葉です。プルメリーナ様も元気そうで······。俺は嬉しい限りですよ」
ディオンとも久しぶりの再会を分かち合いたかったが、時間も限られているため本題を話し始める。
「一つお願いしても良いかしら、メイを止めていて欲しいの。私もできる限りのことをしてみるから」
「判りました。プルメリーナ樣の願いなら、命を掛けてでも止めてみせます······。プルメリーナ様は無理はなさらぬよう――」
「そうね······。皆が幸せになれる方法が、まだ残っていると良いのだけど」
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