第26話 特別指導・最終日
本日で、翼への特別指導が最後となる。
住む家は継続されるが、教育に資金面と、3ヶ月もの間お世話して貰ったことに感謝をして、翼は朝を向かえていた。
「プリム、おはよう。今日で学校へ行くのも最後になるね」
「おはようございます。本当にあっという間でした。皆さん良い人だったから······寂しくなります」
プリムにとっても、大切な3ヶ月であった。
翼との出会いから始まり、ビネットとは兄妹のように仲良くなれた。それと、サティア先生とビスディオ先生、最初から良い関係とは言えなかったが、プリムを人として見てくれる大切な人達だ。
「別に会えなくなるとかそんなんじゃないけどさ、ちゃんと感謝を伝えたいかな」
生活の変化で言えば、翼の方が圧倒的に変わっていた。
勿論、異世界へ来たことは大きな変化であったが、翼にとっては些細なことで、元いた世界で築くことがてきなかったこと。人との繋がりを大切に思えたこの3ヶ月は、感謝してもしきれない時間なのだ。
翼とプリムが3ヶ月の思い出に浸っていると、案内人としての最後の仕事をしに、ドーガ・クビラヘルがやって来た。
「おはようございます、白崎様。本日、私、クビラヘル・ドーガが最後の案内を務めさせて頂きます」
「はい、宜しくお願いします」
ドーガが翼へ挨拶をすると、3人は『トゥーレイ特階級高等学校』へ向うために歩き出した。
道すがら翼は、出会った人の中でドーガとだけは打ち解けることができなかったように思い、ドーガとの会話を思い出していた。
(最初は無神経な人だって思っていたな。でも、色々手助けしてくれて、人の感情には無頓着みたいだけと、なんだかんだ良い人なんだよな)
到着まであと少しの所で、翼がドーガへと感謝を伝える。
「ドーガさんに助けられたことが、この3ヶ月でたくさんあります。本当にありがとうございました」
翼の言葉を聞いても、ドーガは何処かおかしな態度で、ちらちらとプリムを見る――
「白崎様。到着しましたが、少しだけ時間を貰ってもよろしいですか?」
「は、はい」
「私は国に仕え、この国のルールを大切にしています。それに、今の職務も本気で取り組んでいるのです······」
話しづらそうに語り始めると、ドーガはプリムを見つめて続きを語り出す。
「プリム、さん。この3ヶ月の間、あなたを見てきた感想は······とても明るく、一生懸命に生きる『女の子』です。2人がこの国を、良い国だと思ってくれる日が来ることを願っています」
「「ありがとうございます」」
ドーガの言葉を聞くと、翼は自分のことのように嬉しくなる。プリムも、ドーガに素敵な言葉を貰えたことがとても嬉しかった。
「それでは、また帰りに」
何もなかったかのように背中を向けたドーガであったが、その顔には笑みを浮かべていた。
(プリムさんにも声を掛けろなんて、ビネットに言われなければ何も言うことはなかっただろうが、まぁ本音を言うのは気持ちの良いものだな)
ドーガと別れ教室へ入ると、この3ヶ月、この国のことを教えてくれたサティア先生の姿がある。
「おはようございます、2人に教えるのは今日が最後になります。それでは始めましょう」
「「お願いします」」
最後の授業だからといって、特別な内容などはなく。いつも通り、この世界や国について学んでいく。
「もう時間ですね。2人共、とても優秀な生徒でしたよ。学んだことを活かして、強く生きてくださいね」
「はい。サティア先生の授業は凄く分かり易くて、僕みたいな異世界人でも理解しやすかったです。本当にありがとうございました」
「わ、私も色んなことを知れて楽しかったです。ありがとうございました」
サティア先生は意外と涙もろく、2人の言葉を聞いた途端、泣き出してしまった。
そんな新たな一面を見た翼は、良い人なんだと改めて思うのだった。
午後になり運動場へ向かうと、木剣を2本持つビスディオ先生の姿があった。
「おっ、来たな。最後の授業は、ひたすら模擬戦をしようと思う」
ビスディオ先生とは、模擬戦などしたことがなかった。
軟弱な翼は、体力づくりが一日の大半を占めており、次に身体強化の練習、その次に剣の素振りなどで一日が終わってしまう。
魔法の練習も殆どできていないし、模擬戦で経験を積むのも初めてのことであった。
「分かりました。胸をお借りします」
実力差が大分離れていることは、翼も理解している。だからこそ、遠慮なく打ち込むことができた。
夢中に攻撃を打ち込んでも簡単にいなされ、大きな隙を見せれば軽く打ち込まれる。それをひたすら繰り返していく。
「一旦交代するか。次はプリムだ、掛かってこい」
「はいっ」
プリムの打ち込みを見ると、パワーは中々ついてきたのだが、全身まで身体強化が行き届いていないのが分かる。そんなプリムを見ると、翼が格段に実力を上げているのが分かるのであった。
「良しっ、交代だ」
本日の授業が終わるまで、模擬戦は繰り返し行われた。最後は2人がかりで攻め立てたが、手も足も出ないうちに終わりの時間がくる。
「こんなもんだな。2人共そこに座れっ」
ビスディオは、2人と模擬戦をやった感想を述べ始めた。
明日から完全に自立する2人は、魔獣ハンターとして活動しなければならない。それは危険と隣合せの生活でもあるのだ、現状でどこまでやれるのか、翼とプリムの実力を把握して、アドバイスをするのがビスディオの目的であった。
「国の外、草原が広がるエリアでなら大丈夫だろう。草原を超えると、東には山があって北と南には森が広がっているが、何方にも当面は近づくなよ」
他にも、揉め事を避ける意味でも別の国がある西には行かないことを伝えると、ビスディオは2人に待つように言ってその場を離れた。
「――ほら、餞別だ。また何時でも実力を見てやるからな、翼なら大丈夫だろうが無茶はするなよ」
ビスディオが戻ってくると、両手には剣と大鎚を持っていた。それはビスディオの私物であり、2人の生徒を特別に応援している証でもあった。
「えっ、いいんですか······ありがとうございます」
「ありがとうございます。なんか格好いい大鎚です、ビスディオ先生が使ってたんですか?」
「あぁ、俺が魔獣ハンターをやっていた時に使ってたもんだ。中古だけどよ、手入れもしたし悪い品じゃないぞ」
武器を受け取り、翼とプリムはもう一度感謝を伝え、「強くなってまた会いに来ます」と最後の言葉も伝えると学校を去ることにする。
(学校って嫌いだったけど、少し好きになれた気がするよな)
学校に通う日々が思ったよりも良いものだったこともあり、寂しさも一際大きくなる。
外に出たらドーガとビネットが居て、もう一度お別れの言葉を言うのだろうと翼は予想していた。
「あれ? ドーガさん1人ですか?」
「それはそうですよ、今日は私の番ですからね」
「ビネットさんなら来てくれる気がしてたのに、がっかりですよ······」
プリムも、翼同様ビネットなら来るものだと思っていた。ドーガだけが不満だと思っていた訳ではないが、思わず拗ねた顔をしてしまった。
「私だけですいませんね。ちょっと新しい任務が入ったので、ビネットはそちらに取り掛かってるんですよ。確かに、何もなければビネットも来ていたでしょう」
帰るために歩き始めると、プリムは失礼なことを言ってしまったことを謝り、その後は何気ない会話をして家路についた。
感慨深い一日が終わり、明日からは新しい日々が待っている。
2人は新しい日々に期待を寄せ、人の優しさに包まれながら眠りにつくのであった。
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