第27話 自立とは

(うぅ、僕の考えが甘かった――)


「お、おはようございます······あのぉ、朝から頭を抱えてどうしたんですか?」


 今日は、新たな生活が始まる記念すべき日だ。前日の勢いならば、元気よく朝を迎え早くから動き出すはずが、翼は机に硬貨を並べて頭を抱える。


「おはよう。僕なりに新生活の計画があったんだけどね、計画に1つ大事なことを入れ忘れていたんだ」


 机の上に並べられた硬貨は、銀貨が7枚に銅貨が8枚であった。

 この3ヶ月の生活を考えると、2人の食費だけでも1日で銀貨2枚程度を使っている。同じ食生活を続けるのであれば、保って4日といった所なのだ。


「確かに4日は辛いですね、でも大丈夫ですよ、稼げばいいじゃないですかっ」


「それしか手はないんどけどさ。僕的にはね、1ヶ月は訓練してからって思ってたんだよ」


 自分の力不足も当然考えてはいたが、プリムが身体強化を全身にできれば、怪我するリスクを大幅に減らせるのだ。魔獣ハンターとして国の外へ出るには、それを達成するのが最低限だと翼は考えていた。


「ルッコスさんにもアドバイスを貰いましたし、私も強くなってからとは思いますが、背に腹は代えられないって言うじゃないですか。それにですけど······ビスディオ先生も草原なら大丈夫だって言ってましたよ」


「それでも危険は避けたいんだよ。仕方ない、当面は僕1人で稼ぎに出るよ」


 翼の発言を聞いて、プリムは机に両手を強くついた。大きな音に翼が驚くのだが、そんなことは気にせず、プリムは真剣な表情で翼の目を見据える。


「それは絶対にダメです。1人で危険な目にあったらどうするんですか? 2人なら乗り越えられることだってあります」


「そうかもしれないけど、プリムを危険な目に合わせたくないしさ」


「もうっ、ちゃんと考えてください。翼様が帰って来なかったら、私は一人ぼっちになっちゃうんですよ」


 実際には、主人がいなくなった『奴隷』はプラントに返されるだけであった。それをプリムは知っていながらも、1人ぼっちを強調する。

 それだけ、翼を1人危険な目に合わせたくはなかったのだ。


「そっか、そうだよな。ちゃんと考えてるつもりだったんだけど、また全然考えが足りてなかったよ······ごめん」


 翼は、プリムの真剣な言葉に心が動かされる。

 魔獣ハンターをしていれば、危険な目にも合うだろう、その時はプリムを守ることを最優先にしたい。

 その考えは変らないのだが、この先どんな障害が待っていても2人で乗り越える。『2人で』とゆう気持ちを大事にしたいと強く思ったのだ。


「わかって貰えて良かったです。それじゃ、朝ご飯を食べて気持ちを切り替えましょう。暗い気持ちじゃ折角の1日が勿体ないですから」


 朝食を食べ終え、出掛ける支度が終わる頃には、翼も気持ちを切り替えることができていた。

 まずは収入を安定させて、食事に困らない生活を手に入れる。これからが大変なんだと思いながらも、しっかりと自立できるように2人で頑張ろうと、前向きな一歩を踏み出せたのであった。


 ――家を出て、2人が向かった先はハンター組合だ。魔獣を狩りに行くかはさて置き、どのような依頼があるかなど、今後に役立つ情報を確かめに向かったのであった。


 ハンター組合には、国の人間から様々な依頼がくる。その依頼は、依頼書として作成され、掲示板へと貼り出される仕組みだ。

 魔獣の素材を売ることで収入を得られるのだが、依頼として達成していれば、素材プラス報酬を受け取れるのでお得になる。


 道すがら翼とプリムが話すのは、草原に現れる魔獣についてだ。主に3種類の魔獣が狙い目だという情報は、ビスディオから既に聞いていた。


「プラティオンって魔獣が、食肉として一般的に流通してるし、やっぱり狙い目かな?」


「私も同じこと思ってました。プラティオンを狩れば、私達の食事も賄えます」


「そうだよな、後は依頼でも出てれば収入が期待できるよね」


 2人の会話は希望に満ち溢れたものであったが、現実はそう甘くない。

 ハンター組合に到着すると、直ぐに掲示板へと向う2人。プラティオンに関した依頼を探すのだが······どこにも見当たらない。


「う〜ん、ありませんね。簡単に狩れる魔獣にわざわざ依頼する人はいないってことですかね?」


「そうかもね、一応受付の人にでも聞いてみようか」


 ハンター組合の建屋の中には、まばらにしか人はおらず、受付の人も暇そうにしていた。 

 活気がないことに不安を覚えるが、今は丁度良いなと思い受付へと足を運ぶ。


「すいません、魔獣ハンターになったばかりの白崎翼と申します。少し質問してもいいですか?」


 翼はできるだけ丁寧に声を掛ける。受付の人とは、これからも顔を合わせる大事な関係だ。


「はぁ〜い、何でも聞いてくださぁい。いつも暇なんだけど、今日は特に暇なんで全然いいですよぉ」


 受付に居た人間は、若そうに見える女性であった。翼は見た目の若さよりも、言葉遣いの方に幼さを感じていたが、話しやすそうな人だと感じると、安心して質問を始める。


「ありがとうございます。じゃぁ、まずは依頼について聞かせてください」


 質問すると、2人の予想通りの解答が返ってきた。依頼されるのは、入手が難しい素材や人気の素材、流通量よりも多く欲しかったりと、ちゃんと理由があるようだ。

 それでも、プラティオンについては良い話を聞くことができた。一般的な食肉とし流通しているプラティオンは、買い取り価格に変動がなく常に求められる食材という情報だ。


「まぁ、銅貨3枚にしかならないですけどね。新人さんには人気の魔獣ですよっ」


「銅貨3枚ですか······う〜ん。次の質問なんですけど、あの、草原に居る魔獣ハンターってどんな人が居るか聞いてもいいですか?」


 銅貨3枚、食材の買出しでプラティオンが売られているのを見たことのある翼は、もう少し高く買い取りして貰えると思っていた。切り売りされた状態でも、部位によっては銅貨3枚を超える値段を見たことがあるからだ。


 続いて質問の解答を聞くと、若く戦闘の経験がない者が草原で狩りをしているのを知ることができる。


「魔獣ハンターは夢のある職業だからねっ、若い子は憧れるんだよぉ。だからこそランクの低いハンターには草原の先に行く許可がでないのさっ」


(未経験の人間は草原で経験を積むのか。それより、本当に魔獣ハンターって夢のある職業なのかな)


 受付の人にお礼を言うと、翼はプリムと相談する――

 相談した結果、2人の意見は概ね一致していた。とりあえず国の外へ出て、草原の様子を確認する。

 翼とプリムは、初めの一歩を踏み出すことを選択した――

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