第49話 奴隷商の悲劇

「朝早くすまないっ、ビネットは居るだろうか?」


 翼が玄関のドアを開けた瞬間、ドーガが血相を変えて声を掛けてくる。その様子に何かが起きたのは確かだが、翼には見当もつかなかった。


「は、はい。ビネットさんは来てますけど、どうかしたんですか?」


「それは良かった······そうだな、白崎様にも伝えておくか」


 ビネットの行方が判り安心したドーガは、昨晩起きた事件について翼やプリムにも報せることにした。

 ドーガがここに居る3人へ話すことを翼に伝えると、家の中へ入りリビングへと通される。それから、ビネットとプリムが起きてくるのを待って事件について語り出すのであった。


「ふぁ、どうしたのよ?」


「どうしたのよ、じゃないぞ。全く心配かけておいて······」


 プリムは先に起きて身支度は済ませていたが、昨日大分飲んでいたビネットは寝起きのままリビングへと来ている。


「まぁいい、昨晩起きた事件について話をしておこうと思ってな。少しプリムさんにも関係があるから、2人は用心のためにも聞いておいて欲しい」


 ドーガが話し始めた事件の内容は、奴隷商『青い果樹園』が襲撃されたというものであった。

 昨晩、人が寝静まる時間帯に轟音と共に炎が上がると、短い時間で多くの『奴隷』が連れ去られたのだ。


「『青い果樹園』はプリムさんが居た場所だ。しかも狙いが『奴隷』なのだとしたら、用心しておいた方が良いと伝えたくてな」


 この話を聞いて、一番衝撃を受けているのはプリムであろう。自分が暮らして居た場所が襲われれば、知ってる人間が傷付いている可能性だってある。

 それと、襲った犯人。その目的が何よりも気になった。


(『奴隷解放』。これは、噂の組織が動き出したのかもしれないですよね······。えっ、どうしよう。知ってることとか言った方がいいのかな)


 プリムが悩んでいる間も、ドーガは話しの続きを語っていた。大事な内容を聞き逃さないよう、プリムは耳を傾ける。


「まだ確証のない情報なのだが、『影』魔法が目撃されたらしい······そうなると、犯人は」


「兄さんちょっと待って、それは話して良い内容なのかな? 2人より先に私に聞かせてくれる」


 ビネットが翼とプリムに「待ってて」と言い、ドーガを外へと連れていく。

 ドーガが何を言うのか判ったビネットは、ドーガがどこまで理解して話しているのかをまずは確かめたかった。


「ねぇ兄さん、『漆黒の魔女』の痕跡があったってこと?」


「おっ、流石だな。まぁ最近調べたばかりだし、『影』魔法の使い手と言ったらピンとくるか」


「それはそうなんだけど、プリムちゃんのことは気付いてる?」


「どういうことだ?」


 ドーガが、プリムの母親がプルメリーナである可能性に気が付いていないことは判ったが、ビネットは実の兄にもどこまで話すか悩ましかった。


(真実は判らないけど、私の中ではほぼ間違いないって感じなのよね)


 プリムの年齢や髪の色、その辺りから可能性に気付いていたビネットであったが、魔法の制御が人並み外れていることを知ると、予想が確信に変わっていた。


(自分の子供が居た奴隷商を襲うってことは、プリムちゃんにも接触するかもしれない。過去の事件が冤罪だって判明したのに······奴隷商を襲った罪は消えないじゃない)


 プリムのためにも、母親であるなら表舞台に復帰して貰うのが最善だと考えたが、事件を起こしてしまった今、どうすれば良いのかビネットには判断できなかった。

 プリムに危険が及ぶのなら守ってあげたいが、誰から守るのか······母親であるプルメリーナにしろ、プルメリーナを追う国の人間にしろ、自分1人で守れる相手ではないのだ。


「おいビネット、何を考えてるのだ?」


「ごめん、ちょっと考えさせて」


(やっぱり私は、プリムちゃんの幸せを最優先に考えて動きたい。翼と一緒の今は幸せなの?)


 母親と再会して、共に国から出ることも考える。それとも、何も知らずにこのまま暮らすのが良いのか······。


「ねぇ兄さん、プリムちゃんの幸せって何だろうね?」


「何をいきなり······幸せなど、本人が決めるものでしかないだろう」


「うん······」


(プリムちゃんに真実を伝えて、どうしたいのか聞くのが良いのかな。そのためには、真実をはっきりさせなくちゃ)


「兄さん、今から言うことは誰にも言わないって約束して」


「あ、あぁ。悪い話じゃないのならな」


 ビネットは、自分が考えたことをドーガへと伝える。それと、この話に確証はないが、可能性は高いと予想していることも付け加えた。

 そして、プリムが事件に巻き込まれる前に真相を明らかにして、必ず良い方向へ導いてみせると強い意思を示すのだった。


「まさか、あり得るのか······そうだな、言われてみれば一致している」


「でしょ、だから兄さんも協力して。本当に信頼できるのは兄さんしか居ないんだよ」


 プリムが『奴隷』じゃなければ、他の人にも声を掛けられたかもしれない。だが、ビネットの知り合いでプリムのために動いてくれるのは、プリムや翼と出会ってから変わってくれた、兄のドーガしかいなかった。


「分かったからそんな顔をするな。私もあの2人には不幸になって欲しくはないからな、協力しようじゃないか」


 ビネットとドーガの話し合いが終わると、家の中へと戻っていく。今はまだ、プルメリーナ・サスティヴァに関係する情報は隠し、それ以外の情報だけを共有する。


「待たせたかな。言って良い情報だけ教えることになったから、話を聞いてくれ」


 現時点で、ドーガが知っている情報も多くはない。知っているのは、被害の規模や一部の犠牲者が出たことであった。


「建物が破壊され、数十人の『奴隷』が連れ去られたらしい。それと、奴隷商が雇っていた警備の者が2人、犠牲になっている」


「あのっ、ビクレイ姉様とか、カルミアやハティヤがどうなったかは分かりませんか?」


「それは奴隷の名か? そこまで細かい情報は聞いていないな。マグズという、奴隷商の纏め役が怪我をしたとは聞いたのだがな」


「えっ、マグズさんが······」


「あの、事件が起きた奴隷商に直接行くことはできるんですか?」


 翼はプリムのことを思うと、直接行って話を聞くのが早いと考えた。やはり、心配な人がどうなってるのかは早く知りたい筈だ。


「今は現場を確認しているだろうから、中に入ったりは難しいかもしれないな。遠目で見るぐらいなら大丈夫だと思うが」


 少し沈黙の時間があった後に、ビネットとドーガは帰ることにする。プリムには、『奴隷』の情報が手に入ったら報せると残して。


「プリム、とりあえず行ってみよう。知り合いが居れば話を聞けるかもしれない」


「は、はい。翼様、ありがとうございます」


 予想もしていなかった事態に、プリムの思考は上手く機能していなかった。そんなプリムの手を握り、2人は家を飛び出していく――

 大切な人達が無事でいることを祈って。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る