第78話 『漆黒の魔女』と『白銀の魔女』
時間は少し遡り、メイレーナが激しい闘いを繰り広げる場面。
命の危機にも関わらず、プリメリーナが参戦していないのには理由があった。
それは――プリメリーナの姿がそこにはなく、別の場所へと移動していたからだ。
「暗くて嫌な場所ね······」
プリメリーナが『影』魔法で創り出した人形、その一つが闘いとは別の行動をして辿り着くのは、城の地下へと続く階段。
自身の相手を拘束すると、創り出した人形と入れ替わる······メイレーナのことは信じて、友へ会いに行くために。
(外が騒がしいわね、ここにも誰かが来たのかしら······)
地下の牢獄、いつも静かな場所へも喧騒が届く。
足音が近づいてくるのを感じたヴァリアンは、少し緊張して体を固くした。
「会いたかったわ、ヴァリアン」
薄暗い牢獄では、人の姿が見えづらい。それでも、声を聞いただけで誰が来たのか直ぐに理解できた。
「えっ、プリメリーナ······なの?」
プリメリーナが来るなど考えもしていない、完全なる予想の外。死の審判を受け入れるヴァリアンでも、動揺する唯一の出来事が今実際に起こる。
「暗いのによく分かったわね。えっと······。何から話そうかな」
「プリメリーナ。ちょっと待って、私から話をしても良いかしら······嫌、私から話をさせて」
まさか死ぬ前に、想いを告げることができるとは思わず、ヴァリアンは急いで口を開く。
同時に何を言われるか恐いのもある、自分の口を塞がれる前に伝えたい。ずっと心にあったものを。
「うん。ちょっと恐いけど、ヴァリアンの話を聞かせて貰う」
プリメリーナも臆病になる、普段そんな感情とは無縁なのにと。
「私にとってあなたは、この世で一番輝く存在。ずっと隣に立ちたいと、並びたいと願う人なの······それなのにっ」
突然話すことが許され、最初は冷静を装うヴァリアンであったが、段々と感情が表に出る。冷静に話せるほど、積年の想いは軽くなかった。
「私は酷いことをしてしまった。許して欲しい何て思わない、それでも謝罪の機会がやってきたから······ごめんなさい」
「うん。許すよ、私達は似た者同士だと思うの。私もね、臆病で本心を言えなかった」
初めて2人が出会った幼少期。その日から再会するまでの数年、プリメリーナもヴァリアンのことを想い努力してきた。
素晴らしい魔法を魅せてくれたヴァリアンに、成長しても並べるようにと。
「ヴァリアン、再会できた日のこと覚えてる? あなたの瞳は、私を敵視してた。一族同士の憎しみが伝染しちゃったんだって、そう思ったの」
友との再会を喜ぶことができず、この時プリメリーナは萎縮してしまった。
立場上会話する機会はいくらでもあったが、本心を語ることも、ぶつかることもできずに日々が過ぎ、修復できないほど溝は深くなっていく。
「あの後、ちゃんと私の想いを伝えていれば、私は友達だって、ずっと思ってたって言えていれば······変わったかもしれないのに」
本当に言いたかったのは、変わったかもではなく、「親友になれたかもしれない」であったが、今は言うのをやめる。
「有難う。やっぱりプリメリーナは凄い人、私が憧れる最高の人。最後に謝ることができて良かった、プリメリーナの顔が見れて良かったわ」
ヴァリアンの瞳に涙が溢れた。
プリメリーナの言葉の中に、「一族同士の憎しみ」とあった。それは、ヴァリアンの心を醜くしてしまった原因の一つだ。
だがヴァリアンは、そのことには触れない。言い訳などする必要はないと、自身の過ちを素直に認める姿勢で、プリメリーナとの時間を終えるために。
「ヴァリアン、私がここに来た理由を話すわね。最後なんてあり得ないの、私はヴァリアンを連れ出しにきたんだから」
「············それは駄目。私は罪人だけど、あなたは違うもの。そんなことしなくていいのよ」
プリメリーナは首をふる。連れ出す理由はヴァリアンのためではなく、自分のためだと言いたげに。
「私、子供を産んで強くなったの。傲慢になったって言ってもいいぐらい、自分のしたいことをすることにしたの。誰を敵に回してもね」
「そんなっ。私なんかを連れ出したら、この国を敵に回すのよ」
「大丈夫。誰を敵に回してもって言ったけど、私も色々考えてここに来たんだから。やり直す時間も、罪を償う時間も十分用意できる」
リスディック・ミカレリアから様々な情報を聞いているプリメリーナは、この後起こるであろう戦乱のことも知っていた。
この国の王、御堂京之介がヴァリアンをどう扱うのか、自身とヴァリアンを敵に回すより、戦力にしたいと考える。ずるいやり方だと理解した上で、ヴァリアンを連れ出しに来たのだ。
「どういうこと······。私はどうしたら」
「今は、私を信じればいいの。出会った日からやり直して、今度こそ親友に――ねっ」
自身で言った親友という言葉に照れながらも、プリメリーナは鉄格子を斬り裂いた。
今は時間が限られている、話す時間はこの国を抜け出せれば十分にあるのだから。
「クマル、お願いね」
プリメリーナが声を掛けると、後ろで待機していたクマルが姿を見せる。
逃走する準備も周到に用意され、プリメリーナが計画的に実行したのが窺えた。
「ヴァリアン、クマルは姿を消す能力があるの。今は彼に着いて行って、また後で話の続きをしましょう」
困惑していたヴァリアンであったが、プリメリーナを信じてクマルの手をとることにする。
今は深く考えることは止め、プリメリーナのことだけを想う。
格好良くて大人っぽい所と、可愛くって子供っぽい所。たくさんの魅力があるプリメリーナがずっと好きだったと、過去を想いながら牢から出ることを決断した。
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