第7話 こんな会社、もう二度と近寄らねえよ

 翌日、スーツに着替え鏡の前に立っていた。

 ピシッとしている姿も、見納めかもしれないな……。


「キュウッ!」


 すると後ろからおもちが、ぽんぽんと羽根を当ててくる。

 まるで、『お疲れ様でした』と言われている気分だ。


 しゃがみ込んで、おもちの頭を撫でる。


「ありがとよ。それじゃあ、行ってきます」


 朝七時、深呼吸して家を出た。


 ◇


 会社に到着すると、ある異変が起きていた。

 オフィスの奥、社長室からご機嫌な声が聞こえる。


 そんなことありえない。いつも怒鳴り散らすか、愚痴をこぼしているからだ。


 後輩に訊ねてみると、どうやらかなり大手の企業さんが取引で来ているとのことだった。

 詳しくはわからないが、声からすると好条件な仕事なのだろう。ただ――。


「なんでこんな時期に?」

「さあ……。けど、随分と羽振りのいい話っぽいです」


 そういえば彼女の姿はない。いや、もしかして……。


「御崎は?」

「ああ、先輩なら社長室に呼ばれました」

「呼ばれた?」

「はい、なんかダンジョ――」


 俺は後輩の最後の言葉を聞かずに、急いで社長室に向かう。

 あいつ……もしかして酔ってたから覚えてないのか?


 扉を開こうとすると、社長あいつの笑い声が聞こえてきた。


「いやあ! まさかですよ! そこまで会社うちを買っていただけていたとは!」

「いえ、こちらこそ。御社の広告は目を見張るものがあります」


(……どういうことだ?)


 少しだけ様子を見ようと、小窓から覗き込む。

 立っているのは、うちの社長、取引先のであろうスーツ姿の年配者二人、その間にいるのは――御崎だ。


「がはは! うちの御崎を好きに使ってくださいよ! 何でもしますから!」


 社長が、御崎の肩をぬちゃぬちゃと触っている。表情が物語っているが、めちゃくちゃ怒ってるな。


「しかし一堂さんはダンジョンはまだということなので、あまり無理させたくはないのですが……こちらとしては広告を手伝ってもらうだけでもと思ってますよ」

「大丈夫ですよ! こき使ってやってください! なんだったら休憩なしでもいいですよ! なあ、ミサキ!」

「は、はあ……」


 どうやら取引先の人たちは御崎を気遣ってくれている。なるほど、社長あいつが一人で興奮しているだけだ。

 よし……。


 俺は胸ポケットに入っている封筒をスーツの上からぽんぽんと叩いたあと、扉を勢いよく開く。


「失礼します」


「ん? なんだ阿鳥? 何で入ってきた?」


 俺が入室するなり、社長が眉を潜めた。御崎はただただ驚いていた。


「すみません、突然かもしれませんが、今回の仕事を承ることはできません」

「何言ってんだお前? 勝手に入ってくるな。関係ないだろう、失せろ!」

「関係あります。御崎は僕のパートナーなので」

「はあ? 何いってんだ?」


 昨日、俺は御崎のことを誘った。これから二人、いや、おもちと3人で配信者としてやっていこうと。

 その時は頷いていたが、もしかしたら冗談だと思われていたのかもしれない。

 再度確認しなかった俺のミスだ。


「阿鳥……もしかして、昨日の話本気なの?」

「ああ、そうだ」


 気持ちがようやく伝わったのか、御崎は訝し気な表情で訊ねてきた。

 取引先の人には悪いが、今このタイミングで叩きつけてやる。


「すみません。すぐ終わるのでいいですか? ――社長、話があります」

「おい 阿鳥! 今すぐここからでていけ!」


 相変わらず粗暴な口調だ。取引先がいるにもかかわらず、まともな敬語すら使えない。

 それだけでは飽き足らず、俺の胸ぐらを掴んできた。


 ……最後だ。もう我慢しなくていいだろう。


「お前、いい加減にしろよ」

「……ふえ?」


 今まで言ったことのない口調で凄み、乱暴に腕を弾き飛ぶすと、社長こいつは情けない声を出す。

 

「今までずっと我慢してきた。お前の無茶な仕事にも、セクハラにも、モラハラにも。けどそれはお前のためでも、会社のためでもない。ここで働いていた、働いている皆のためだ」

「な、な、な、な! 俺に向かって、な、ななんて口を――」

「だがもう限界だ。御崎は俺の大切な同僚で、お前の駒じゃない。休憩なしで働かせるだと? ふざけるなよ。――御崎は俺がもらっていく」

「は、はあ!? 何を言ってる貴様!」

 

 社長の叫びを無視して、御崎に手を伸ばす。


「御崎、昨日の話は本気だ。おもちと一緒に配信しよう。それでも足りなかったら、俺はダンジョンに行く。社長こいつと違って、危険な目には絶対に合わせない」

「……本気?」

「ああ、本気だ。俺にはお前が必要だ」


 全ての気持ちを御崎に伝えた。

 しかし社長バカが、間を割って入ってくる。


「お前、ふざけるな! 御崎は俺のもんだ! 俺の部下だ! てめえなんかに――」

「……阿鳥、わかった。じゃあ私も、我慢しなくていいや。――おい、この糞野郎」

「糞や……ふえ!? お、俺のことか!?」


 御崎は思い切り社長の胸ぐらを掴んで、あろうことか片手で持ち上げる。

 ……その細い腕にどこにそんな力が?


「毎日毎日、口が臭せえんだよ! きやすくぽんぽん肩に触れやがって! 何が俺のものだ? てめえ、殺すぞ!」

「み、御崎、落ち着くんだ。な、な!?」

「ひ、ひいやあああ!?」


 社長を殺さんとばかりの勢いで詰め寄る御崎。社長バカは怯えて情けない声を出している。


「もし、道端で見つけたらぶち殺すからな! わかったああ!?」


 その瞬間、御崎は『動かしてあげる』のスキルを発動。ありとあらゆる物が空中に浮かび、社長に対して鋭い矛先を向ける。

 これには取引先、果ては社長はもはや怯えて声も出ない状況。


「あ、あ、あ、あひ、あひ、あひ、あひ」


 もうこうなってくると、社長バカのことはどうでもいい。

 むしろここにいると取引先の人たちに申し訳ない。すいません、全く無関係なのにすいません。

 僕が代表して謝ります。


「ったく、ぼけが! ――じゃあ、阿鳥、いこっか?」

「あ、ああ……」


 おそろしい。おそろしすぎる。俺、御崎と本当にやっていけるのかな?


 そして俺たちは辞表を叩きつける。てか、御崎も持ってたのか。


 しかし社長バカは、それを見て我に返ったのか、未練がましく文句をいいはじめた。


「あ、あほどもが! 消えろ消えろ! 辞めちまえ! お前らなんていなくてもなあ、うちには働き手がいっぱいいるんだよ! ゴミが!」


 その瞬間、扉が開く。

 現れたのは、同僚、そして後輩たちだった。


「俺もやめます」「私も」「俺もです」「私もやめます。こんな会社」


 それには流石の社長も呼び止めて懇願しはじめた。


「お、おいお前たち!? なんでだよ、おい!?」

「阿鳥先輩、御崎先輩、今までありがとうございました。二人がいないなら、俺たちも働く必要がないです」


 俺が面倒を見て来た後輩たちが、そう言った。社長は泣きべそをかきながら女々しくすがっているが、誰も話を聞かない。

 こいつが一人で出来ることはない。会社は明日にでも大変なことになるだろうが、俺たちにはもう関係ない話だ。


「それじゃ、二度と会う事はないと思いますが。――すいません、せっかく取引にきてもらったのに、……申し訳ない」

「あ、ああ。大丈夫だが……」


 最後に、取引先の人達に頭を下げた。本当の被害者は彼らだ。

 こればかりは申し訳ない。


 ◇


 晴れ晴れした気持ちで御崎と会社を出る。後輩たちとも、後日打ち上げの約束をした。

 思う存分愚痴を言える会は、想像するだけでも楽しそうだ。


「御崎、すまなかったな。俺の勢いでこんな」

「私も我慢してたからね。あー、スッキリしたー。気持ちよかった!」


 天高く手を伸ばしながら、嬉しそうに伸びをする御崎。

 確かに気持ちよかっただろうなと納得してしまう。


「俺が何かやらかしても、あそこまで詰め寄らないでくれよ」

「さあ、どうでしょう? ――というか、ダンジョンの件、本当なの?」

「ああ、配信が上手くいなかったらだけどな。一人でも素材集めはできるって聞くし。その辺はなんとか考えるよ」

「ふうん、ま、その時は私も手伝ってあげる」

「いや、それは話が違うだろ!?」

「パートナー、でしょ? それに、私のスキルの方が強いよ」

「ま、まあそれはそうだけど……」


 し大変なことになった。とはいえ、ダンジョンの攻略にはそれなりのお金が必要ともきく。

 配信の機材も増やさないといけないな。

 貯金はそんなにないし、当面は我慢の日々か……。


「あの、すいません」

「はい?」


 後ろから声をかけてきたのは、先ほどの取引先の人たちだ。

 ……なんだろう?


「ダンジョンに行かれるんですか?」

「え? ああ、まだ確定ではないですが」


 俺の答えを聞いたあと、彼らは笑顔になる。


「実は私たち、あなたと御崎さんと契約したかったんです。そして、おもちさんと」

「はい?」「え?」


 聞き間違いか? 俺と御崎? え、おもちも!?


「実は私たち、こういうもので」

「はい。……え、大和会社って……あのペットアイテムとかで有名な?」


 差し出された名刺には、超大手会社、大和の名前が書かれていた。


「ええ、そうです! 実はあなたの配信を見たんですよ!」

「配信って、え? 俺と御崎とおもちのですか?」

「はい! いやーとても面白くて、そして可愛くてびっくりしました。上司を説得し、契約をしたいなと思ってきたんですが、もうこの会社とは無関係なんですよね?」

「そう……ですね」

「良ければ、配信のスポンサーは必要ではありませんか? もちろん、契約金も弾みます」


 手渡された契約書には、見たこともない桁の数が記載されていたのだった。

 


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