68話 何もかも上手くいく。

 フェニックスの群れを見つけた瞬間、言葉を失った。

 伝説じゃなかったのか? いやそれよりも……凄まじいほどの魔力を感じる。


 その時、隣で立っていたおもちが飛び立ち、群れの中に入っていく。


「おもち!」


 怖かった。

 あの群れすべてが、俺たちを殺そうと向かってきたら?

 炎耐性(極)がある俺は大丈夫かもしれない、だが雨流は?


 だがその心配は杞憂だった。おもちは群れの一匹と会話のような鳴き声を放った後、連れそうかのように戻ってくる。

 二匹のフェニックスは、まるで黄金のようだ。


 瓜二つだが、どこか違う。

 よく見ると、少しだけ毛先が下がっている。もしかするとだが、おもちより年上なのだろうか。


「……キュウ」

「ええと……」

「こんにちは、だって!」


 フェニックスの言葉に合わせて、田所が喋り出す。


「わかるのか?」

「うんー!」


 驚いた。いや、前にも翻訳してくれたのだが、今この瞬間頭から消えていた。

 田所が来てくれていてよかった。


「……まず、謝ってもらえるか。おそらくだが、ここはみんなの住処なのだろう」

「わかったー!」


 田所は、俺たちでは聞き取れない魔物語で喋りはじめる。おもちも横で補足しているようだった。

 次の瞬間、田所は雨流の身体を覆っていた変身を解く。


「な!?」

「炎を弱めるから、大丈夫だって!」


 その言葉通り、洞窟の内部のマグマ、群れのフェニックスの赤い輝きが収まっていく。

 敵意は……ないようだ。


「ねえ、私のもっちゃんは!? ここにいるの!?」

「キュウ、キュウ」


 おもちは俺たちの言葉をある程度理解しているが、田所のように細かいニュアンスはわからない。

 震える雨流を落ち着かせるため、繋いでた手を強く握りしめた。田所がまた通訳してくれている。


「ええと、ここにいるフェニックスたちは、南の島から出たことはないんだって。それにフェニックスは、伝説の魔物じゃないって」

「じゃあ、もっちゃんはいないのか? 伝説じゃないっていうのは?」

「キュウキュウ」

「私たちは不死身のせいで希少価値の高い魔物だと思われてきた。だが世界各地に多くの同胞が存在する。追いかけまわされるのが嫌で、隠れてる、だって」

「そうか、だから見かけることがないのか……それで、もっちゃんのことはわかるか?」


 田所は、ゆっくりと話はじめる。おもちは時折寂しそうに群れに視線を向けていたが、どんな気持ちなのかはわからない。


「びっくりした……二人とも、落ち着いて聞いてね。――もっちゃんは、ここにいる」

「どれ!? どれがもっちゃんなの!?」

「雨流、落ち着け。田所、ここに連れてこれるか?」


 だが田所は、ぶるぶると身体かおを震わせた。違う、ということだ。


「……正しくは、ずっといたんだ。――おもちが、もっちゃんだよ」


 俺たち二人は、目を見開いておもちに顔を向けた。だが、おもちは首を横に傾げている。

 わけが――わからない。


「どういうことだよ? なんでおもちがもっちゃんなんだ?」

「キュウキュウ、キュウ」

「フェニックスは、何度も蘇る。死なない不死身の生物。でも、唯一失うのは――記憶」

「記憶……」


 そうか、そういうことか。

 おもちは、幼い頃の雨流と一緒にいた。だが何らかの事故、いやもしくは寿命で、記憶を失った。

 そこからは仮説だが、近くのダンジョンに籠っていたのだろう。

 だがあの近くに炎のダンジョンはない。

 居場所を探しているところを……人間や魔物に追いかけまわされて……俺と出会ったのか。


 それを雨流に伝えると、驚きながらおもちを抱きしめた。


「もっちゃん、だったの……」

「でも、田所、どうしてこのフェニックスにはそれがわかるんだ?」

「キュウ」

「長い間生きていると、深い記憶を読み取ることができるようになる。その記憶をたどって、あなた達を結び付けると、わかった、だって。でも、記憶は……元には戻らない」

「そんな……もっちゃん……」

「何か手はないのか?」

「キュウキュウ」

「……ない。でも……これはボクが思うにだけど、記憶がなくとも、ボクたち魔物は魂魄のところで忘れるわけがない。だから、おもちはご主人様に無警戒だったんじゃないかな。それにおもちは、いつも雨流ちゃんといて、楽しそうだよ」


 そういえばそうだ。おもちは、テイムする前から俺に懐いてくれた。

 つまり、雨流と一緒にいた魂の記憶のおかげで、人間のことが好きだったに違ない。

 記憶を失っても、完全に消えたわけじゃない。

 俺は理解できるが、雨流は……。


「……わかった。ありがとう、田所。もっちゃんが生きているとわかったのなら、おもちだとわかったのなら、私は満足だよ。ねえ、おもち、大好きだよ」

「キュウ」


 おもちは何もわからない様子ではあるが、静かに頷いている。きっと、何か感じるものがあるのだろう。

 雨流は、おもちをゆっくりと抱きしめる。


 そうか、初めから俺たちは繋がっていたんだ。雨流がもっちゃんだと見間違えたのも、いつもはいい子で聞き分けの言い雨流が、あの時だけ我を忘れたのは、もっちゃんを守りたかったからだ。


「キュウキュウ」

「え、うそ!?」


 その時、突然、田所が焦り出す。その様子に、俺は気を引き締めた。


「もうすぐ、ダンジョンが崩壊するって!」

「ほうか――はあ!? どういうことだ!?」

「もう耐久が限界だったんだって。だから、ボロボロで、魔物もいなかったんだ」

「ど、どうしたらいんだ!? 脱出するにも出口は遠いぞ!?」

「キュウキュウ」

「大丈夫、問題ない。それよりも、我が同胞を――永遠に愛してほしい――って!」


 田所が叫んだ瞬間、俺たちは赤い炎で包まれた。同時にダンジョンの四方から轟音が響き、アナウンスが流れた。


『ダンジョンが崩壊します。現在ダンジョン内に存在するパーティーは強制帰還されます』


「雨流、何があっても手を離すなよ!」

「うん! おもち、田所、おいで!」


 そして俺たちは、崖の上にいるフェニックスたちを見上げながら、次の瞬間、外に出されていた。


 ◇


「おもちが、もっちゃんだったんだ」

「でもなんか運命的なものを感じますね」


 外に出た後、御崎たちに事情を説明した。二人とグミも、無事に外に出されていたらしい。

 二人は俺の話を聞いて驚いていたが、それよりも雨流が嬉しそうで安心したみたいだ。


「おもち、もっちゃん♪ おもち、もっちゃん♪」

「キュウキュウ?」


 雨流も今までのつかえが全て取れたのだろう。

 心の底から嬉しそうだ。


 空は既に暗かった。その時――赤い炎の群れが、離れて行くのをみえた。

 まるで流れ星、いや隕石のようにも見える。


「綺麗ね……」

「ああ、そっとしといてやろう。どこか、落ち着いた場所に辿り着いてほしい」

「ぷいにゅっ」


 言語を喋れなくなった田所は、満足そうに俺の頭に乗った。今日の功労者は間違いなく田所だ。

 勝手に阿鳥MVPを贈呈してやろう。


 ……でも、よく考えたらおもちはもっちゃんってことは……雨流と一緒にいるのが自然じゃないか?


 俺は少し心配そうに視線を向けると、それに気付いたのが、雨流が首を横に振る。


「おもちは、おもちだよ。あーくん。だから、変わらない関係のままで」

「……ああ、それに俺たちはずっと一緒にいるもんな」


 まったく、子供なのに鋭いやつだ。


「さて、帰るか。今日の夕食は、おばあちゃんが地元のお刺身盛りを作ってくれるらしいぞ」

「楽しみ! ふふふ、じつは地酒も頼んでるんだよねー」

「いつのまに……俺も久しぶりに飲もうかな」

「自分、白米五杯は食べたいっす!」

「おもちっ♪ もっちゃん♪」


 さあて、残りの日数は、遊ぶだけだ!


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