69話 大人の青春は遅れてやってくる

 真夏の太陽、照りつく白い砂浜、青い海、そして――。


「山城、臀部でんぶあたりもお願いします」

「で、で、で、で、で、でんぶ!?」


 聞きなれない単語に頭をフル回転させながら、お尻のことだということを理解するまでに約一秒。

 過去に何となく勉強した医学が、ここで役に立つとは……。


『アトリ、鼻の下が伸びてるぞ』『ミリアの言い方がワロタ』『ここからは有料となります』

 

 ちなみに生配信中だ。

 

 俺の眼下には、純白の水着姿でうつ伏せになっているミリアがいる。

 ビーチパラソルではなく、氷魔法で精製したベッドに寝ころんでいる。冷たさも調節しているらしく、ひんやりとしていて、それでいて気持ちがいいらしい(俺は立っている)。

 民宿のおばちゃんから穴場の海を教えてもらい、今は貸し切り状態、これは隔離された空間も同等、ならば俺が臀部でんぶに触れることもバレな――。


「阿鳥、見てるからね」

「存じております」


 その横にいた御崎が、釘ではなくナイフを刺すかのような目線を送ってきた。


『鋭い視線』『致し方なし』『アトリは囚われの鳥』


 ということで雨流にバトンタッチ、俺は御崎の隣に腰をかける。


「今日の君も綺麗だ」

「だったら、人数分の飲み物を10キロ先の自販機まで買ってきてくれる?」

「勘弁してください」


 冗談交じりな会話をしつつ、二人で笑い合う。


 砂場では、佐藤さんが住良木と一緒に砂の城を作っている。

 スコップは七色レインボー武器ウェポンで光り輝いている。

 あの人って本当に出し惜しみしないな……。


「住良木様、見事真ん中が開通しましたぞ」

「すごい! グミちゃん、お水を投入して!」

「がうがう!」


 なんか色々と才能の無駄遣いな気もするが、楽しそうでなによりだ。


 朝早く、民宿に突然ミリアと佐藤さんが訪ねてきた。

 二人ともアロハシャツを着ていたのには笑ったが、仕事を爆速で終わらせてプライベートジェット機で来たらしい。

 嘘か本当かわからないが、とにかく全員集合である。


 日差しは気持ち良く、海は都内では考えられないほど澄んでいる。

 

 おもちと田所は日焼けしたいと言わんばかりに、ミリアと同じく寝転んでいた。

 ただ、どちらも炎纏っているし、元から真っ赤だ。


『無意味過ぎて草』『魔力の補充になるのかも』『体温のが高くない?』


 ちなみにもっちゃんのことをミリアに伝えたら、「そうなんだ、でも、良かった。ずっと一緒にいたんだね」と思ってたよりもあっさりと受け入れた。お驚きよりも雨流が嬉しそうにおもちの頭を撫でていることが嬉しかったのだろう。


「阿鳥、私もそろそろ焼こうかな」

「え? あ、は、はい!」


 すると御崎は、ミリアの隣の氷ベットに移動し手寝転びはじめる。

 漆黒の水着は、スタイルをより引き立たせていた。


 俺は何も言わず、求めず、騒がず、オイルを手に取ると、静かに――御崎の肌に触れる。


「ど、どうでしょうか」

「まあまあね」

「山城、私ももう一度念入りにお願いします」


 やっぱり、夏って最高! 海って最高! 日焼けって最高!


『これは役得』『ボーナスタイム突入!』『最高、最高最高! 最高ぉっ!』


 ◇


「雨流、眠るのは着替えてからだぞ」

「う……ん……」


 遊び疲れた雨流が、目を擦りながら砂浜でうとうとしていた。

 住良木も眠いのか頭がコクコクしている。


 配信は終わっている。だがみんな楽しんでくれたみたいだった。

 途中で行ったスイカ割が人気で、ハチマキを付けてわちゃわちゃしていたのが楽しかったらしい。


 おもちが間違えて俺の頭をかちわりそうになった時は、動画が凍結されるかと思ったが……。


「そういえばミリアはどこに泊まるんだ?」

「同じ民宿を予約しています。同じ部屋でも大丈夫ですか?」

「俺たちだけでも持て余すぐらい広いからな。問題ないよ」


 雨流を背中に乗せたまま宿に戻ると、おばあちゃんが快く出迎えてくれた。

 外には身体を洗う水場があったので、雨流を起こしてみんなで身体を洗う。


 すぐに夕食でも良かったが、少しだけ時間を空けて用意してもらった。


 昨晩と違ってコース料理で、どれも絶品だった。


 そして――。


「佐藤さん、これ何かわかりますか?」


 俺は、りょーすけくんから貸してもらった赤い魔石を手渡した。

 不思議そうに見つめて、ミリアにも確認するが、見たことがないという。


 俺の炎がフル充填されることを伝えてみたが、それも原因は不明だった。

 てっきりフェニックスに関係していると思ったのだが、田所曰く、全く関係がなさそうとのことだった。


「いや……もしや……古代魔石という可能性もあるかもしれません。昔、文献で見たことがあります」

「古代魔石? それはどういうものなんだ?」


 佐藤さんが、訝し気に言った。ちなみに風呂を浴びた後なので浴衣姿だ。ちょーべりぐっちょ似合ってる。

 補足するかのように、おちょこを片手の御崎が言う。


「遥か昔、この世界には人間と魔物が支配していて、そこら中に魔物が~っていうのでしょ? 氷河期で絶滅したとか、惑星移動したとか、色々説はあるらしいわね」

「御崎、もしかして学者なのか?」

「学校で勉強したはずだけど」

「そ、そうだっけか?」


 絶賛ヤンキー街道まっしぐらだった俺は、社会の勉強なんぞ覚えていない。

 だが言われてみれば、社会の先生がそんなことを言っていた……気がする。


「私、今絶賛勉強中です! 新しい話だと、海外の機関が、古代魔石を使って魔物を復活させようとしている、とかセンセーが言ってました!」

「復活……じゃあ、この魔石も魔物になるかもしれないってことか?」


 まるで異次元の話だが、ありえなくもない……のか?


「おもち、うどんを啜るときは、顎が汚れないようにね」

「キュウキュウ」

「田所、よく噛んで食べようね、丸呑みはダメだよ」

「ぷいにゅ~?」

「グミ、早食いはダメだから、一つ一つゆっくりね」

「がうがう」


 そんな真面目?な話をしている横では、雨流が子供用の浴衣をヒラリヒラリとしながら、せわしなくおもち達のお世話をしてくれていた。

 健気で可愛くて、なんだか笑ってしまう。


「まあ、今そんな野暮な話はいいか」

「そうですね、せっかくのお宿ですからセナ様にならいましょうか」

「山城、私と同じ布団で寝ましょう」

「脈絡なさすぎるだろ……」


 後ろからナイフで刺されるだろうと思い、怯えながら横に目を向けると、御崎が色っぽい顔で俺を見ていた。

 え、なんで、なんで!? 新パターンじゃない!?


「ミリアさん! 阿鳥は……私と同じ布団で寝るの!」

「……ふえ?」

「いえ、私は氷魔法を扱うことで耐性があがって体温が温かいので、山城を一晩中温めることができます」

「それをいったら、私の身体は特に胸のあたりがお肉いっぱいだから気持ちいいし、あったかいわよ」


 御崎の様子が変だ……って、よくみたらお酒どれだけ飲んでるんだ!?

 一升瓶が転がってるぞ!?


「御崎、飲みすぎだぞ」

「えへへー、阿鳥ぃ」


 これだけ酔いつぶれる御崎も珍しいが、それだけ楽しいのだろう。

 俺にもたれかかって来たので立たせようとするが――。


「ほっぺに――ちゅっ」

「お、おい御崎!?」

「ちゅっちゅっ」

「なっ!? 御崎さん、それはルール違反では!? ならば私は唇にしますよ!」

「ま、待てミリア!?」

「阿鳥、私もおお」


 拝啓、田舎のおじいちゃん。

 温泉旅館は騒がしいですが、楽しいです。

 あと、夏ってやっぱり、最高です。


「セナ様、楽しいですね」

「うん! 佐藤も来てくれて嬉しい!」

「これが、大人の青春なんすねえ……」


 遠くで黄昏ている雨流たちを横目に、夜はまだまだ、続くのであった。


 

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