67話 緊張と緩和、真実の先にあるものとは

「これが……ダンジョン?」


 鬱蒼と生い茂った森の中、今まで見て来たダンジョンの中でも、古ぼけている建物があった。

 南の島だからだろうか、錆ているような感じもあるが、外装が剥げている。


「一応、これみたいね……」

 

 御崎が不安そうに眉をひそめた。


 りょーすけくんから場所を教えてもらった俺たちは、森の中を突き進んでダンジョンにやってきた。

 地元民じゃないよわからないような道筋だったが、おもちが上空から確認してくれたので辿り着けたという感じだ。


「師匠、本当にここにいるんですかね?」

「わからない。でも、偶然とは思えない」


 俺は、りょーすけくんの魔石を思い出しながら住良木の質問に答えた。

 誰もが不安を覚えている中、雨流はゆっくりと前に進む。


「少しでも可能性があるなら、行く」


 本来S級は生態系のバランスを崩す可能性があるので、ダンジョンの入場には許可が必要だ。

 なのになぜ誰もがS級を目指すのかというと、毎月、政府から莫大な手当をもらえるのである。

 今回は無許可なので最悪免許剥奪もありえるが、そんなことで雨流が止まるわけがない。


 まあでも、バレなければいいさ。


「キュウ!」

「よし、帰りはもっちゃんと一緒にだな」


 みんなで頷くと、俺たちはダンジョン内部に入った。


 暗闇を突き進んだ先にあったのは、今までとは一風変わっていた。


「……なにこれ」


 御崎が唖然するのも無理はない。

 中は広々としているが、壁が崩れ落ちたりしている。

 地面も穴がところどころ穴が開いて、もうすぐ潰れかけ、いや潰れているといってもおかしくはない。


 魔力は感じない上に、魔物がいる気配もなかった。


「油断はするなよ。ダンジョンが消えてないってとは、クリアされてないってことだ」

「あーくんの言う通りだね。じゃあ、私が先頭でいくね」

「……雨流、無理はしないでくれよ」

「わかった」


 保存用に動画を撮影しようとしたが、あまりの僻地なのか、電波が入らなかった。

 ダンジョンで出来なかったことは今までない。それがより一層みんなの緊張を高めた。


 一層、二層、三層、神殿のような場所、罠があったと思われる場所、階段、どれもボロボロだったが、魔物一匹とも出くわすことはなかった。


 そして気づけば俺たちは、20層を超えていた。既に数時間以上経過している。


 だが魔物一匹、それこそ何もなかった。


 無言だった俺たちの表情にも、そろそろ陰りが見えてくる。


 いや――。


「ふ……ふふふ」

「くっくはははは、あはは」

「あははは」


 緊張が完全に切れたのか、みんなクスクスと笑いだし、それから声が大きくなっていく。

 雨流も住良木も、御崎も声を大にして笑った。


「すまねえ雨流、真剣だったんだがわらっちまった」

「ううん、私も可笑しくて笑った。多分、ここにはもっちゃんはいないんだろうね」


 緊張していた分、何もなさすぎてつい笑ってしまった。

 どうやら南の島まで来たが、ここはハズレのようだ。


 りょーすけくんが持っていた魔石は、ただめずらしかっただけなのかも。


「師匠、このあたりでご飯食べませんか!」

「そうだな、最下層まで行って何もなければ帰ろう。まだ時間あるし、海にでも行こうぜ」

「あーくんの案にさんせー!」


 ここは今までの層の中でも広かった。まるで森の中にハイキングに来たかのようだったので、腰を下ろそうとした。

 だがそのとき――どこからか鳴き声が聞こえた。


 それは、おもちにそっくりな声だった。


「キュウウウウウウウウウ」


 慌てて上空を見上げると、赤い炎を纏った鳥がいた。

 おもちは傍にいる。毎日見ている俺が見間違えるわけがない――あれはフェニックスだ。


「おもち!」

「ピイ!」


 おもちは、すぐに羽ばたかせてフェニックスを追いかけた。

 俺たちも走って追いつこうとするが、突然、おもちが戻って来た。


「キュウ」


 見失ったのかと思ったが、誘導するかのようにこっちだと羽根をこまねいている。


「あっちだってー!」

「がう」


 田所に翻訳してもらって、おもちの後をついて行く。グミも周りを警戒してくれている。


 そして数十分ほどダンジョンを歩くと、ただの壁に連れてこられた。

 だがおもちは、壁を見つめている。


「……ここに?」

「あーくん、もしかしたら……」


 雨流が前に進み、壁に手を翳した。そして――。


 パリイン! と鏡が割れたような音が響くと、魔力の欠片が四散する。そこに現れたのは、明らかに異質な洞窟だった。

 地面からボコボコとマグマのようなものが噴き出している。


 ダンジョンには隠し扉があると聞いたことがある。これが、それか。


「……凄い魔力ね。それに……熱い」

「師匠、ここ……ヤバそうっす!」

「ああ、けど、何かあるのは間違いないな」


 俺の言葉を聞く前に、雨流が前に進もうとした。

 だが、手を出して制止する。


「雨流、ここからは俺に任せてくれ。炎耐性がないと危険だ」

「でも、もっちゃんがいるかも!」

「……だったら、先を確認してからだ。少し待っててくれ」

「……わかった」


 全員に離れるように指示を出し、俺は一人で歩き出す。

 なんだか嫌な予感がしたのだ。

 そしてそれは、すぐに的中した。


 ゴオオオ、という謎の音が、洞窟に響く。

 そして次の瞬間、四方から高圧の炎が引き出した。それは俺の全身を覆う。


「阿鳥!?」

「あーくん!」

「師匠!」


 『炎がフル充填されました』


 だが――問題ない。俺ならば――。


「大丈夫だ! だが俺以外は……ちょっと厳しそうだな。いや、おもちと田所なら……いけるか?」

「キュウキュウ!」

「ボクもそっちまでいくよ!」


 けれども、雨流は今にも泣きだしそうだった。無理もない、もっちゃんがいるかもしれないんだ。


「田所、雨流の身体を覆うことはできるか!?」

「できるよおもうよー!」


 田所はムニュムニュと体の大きさを変えて、雨流を取り込むかのように全身を覆った。

 即席炎耐性だと思うが、大丈夫か……?


 けれども心配をよそに、雨流は熱さを感じないのか歩くことができた。

 しかし、御崎たちは来ることができない。


「結構暑かった……」

「よしよし、がんばったな。田所もよくやった」

「はーい!」


 ここからは俺、おもち、田所、雨流しか行けない。

 心配そうに待っている御崎たちに声をかける。


「ここ待っててくれ! 必ず戻って来る! グミ、みんなを頼んだぞ!」

「がう!」

「阿鳥、無理しないでよ!」

「師匠ー! がんばっるっすー!」


 みんなの応援を胸に前を振り返ると、雨流と手を繋ぐ。


「何があっても俺から離れるなよ」

「大丈夫だよ、私は強いから」

「知ってる」


 さらに洞窟の奥へ行こうとした瞬間、視界が切り替わった。

 これは、ダンジョンに入る瞬間の転送と同じ。

 まさか――罠!?


 だが俺たちは、いつのまにか平たい石の上に立っていた。左右に足場はなく、下を覗き込むと、マグマがごぼごぼとしている。

 田所は、再び雨流の身体を覆う。


「キュウ!」視界の先、天高くそびえたつ崖の上に、赤い魔物が見えた。


 間違いない、フェニックスだ。

 だが一匹・・ではなかった。


「あーくん……」

「ああ、フェニックスの……群れか」


 そこにいたのは、数匹どころではない。二十、いや三十匹以上のフェニックスが、上から俺たちを見ていたのだ。


 

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