65話 モンスターフェリー、よーそろー!

「めちゃくちゃデカいな」


 車のまま乗船後、階段を上がって手続きを終えた俺たちは、部屋に案内された。

 部屋は三部屋続いており、おもち達が寝る部屋と、四つ並んだローベッド、そして全員が寛げるリビングスペースだ。

 基本的に中型までのテイムされた魔物のみで、足が悪くならないように段差が低く作られている。

 室内に大きい風呂とトイレ、さらに魔物たちの水飲み場が設置されていた。ベランダには椅子が置かれているので、外の様子も見ることができる。一番いい部屋にしたが、ここまでとは……。


 気づけば船は動き出し、進路を南に向けて出港した。


「すごいね、みんな阿鳥に感謝しなきゃね」

「師匠は優しいです!」

「あーくん、ありがとうね」


 皆の笑顔の為なら! と冗談を言おうと思ったが、恥ずかしくて頬を掻いた。

 おもち達は既に部屋の中で動き回っているが、それでも十分余裕のある広さである。


 昼食はバイキングもあったが、みんなでゆっくり食べられるほうがいいと思い、部屋に運んでもらうことにした。

 サービスエリアで食べてきたとはいえ、ずっと騒いでいたこともって、みんなお腹ペコペコだ。


 トランクを片付けたりしていると、ちょうどお姉さんがカートで運んできてくれた。

 魔物セットと人間用が分かれており、どれも丁寧な梱包がされている。

 

 腰を下ろす形でテーブルを囲んだ後、お弁当箱をみんなの前に置く。

 箱には魔物の絵が描かれており、どれも可愛くて思わず笑顔になった。


「じゃあ、いただきます! ――の前に一つだけいいか?」

「どうしたの?」

「今回は楽しい旅行の予定だが、もっちゃんを探すのが一番の目的だ。雨流の為にも、頑張って見つけような」


 みんなが、ゆっくりと頷く。本当にいい子ばかりで、お父さんは嬉しい。

 雨流が、一番の笑顔だった。


「じゃあ、いただきます!」


 パカッと蓋を開けると、おせち料理のように小分けされたおかずが並んでいた。

 出汁巻卵、海鮮、漬物、酢の物、味付けの違う白ご飯もいくつか。


 確かここの料理長は有名な和風シェフらしく、どれもいい香りがする。


「この出汁巻美味しいわあ」

「御崎さん、この鮪の漬けも美味しいですよ!」


 皆の言う通り、味が染みていて凄く美味しい。

 おもちたちのをひょいと覗いてみると、人間用より濃い匂いがした。だが、見た目はそっくりに作っているらしい。

 無添加で成分もしっかり記載、聞けば大和会社からのコンサルを受けて作ったとか。


 至れり尽くせりとはこのことだ。


 お腹いっぱい食べた後、船内を探索しようと外に出てみると、驚きの光景が広がっていた。


「ピッピッ!」

「きゅる? るるう?」

「むんにゃあ!」


 魔物が人間と大勢歩いているのだ。見たことのある魔物から、まったく見たことがないのも。

 もちろん横にはテイマーと思われる人がいる。

 おそらくみんな観光者なのだろう、いるとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。


「すげえな、でも段々と認められてきたんだなって思うと嬉しいな」

「そうね、法改正も進んだことで気軽に外に出かけられるようになったのかもね」


 間違いなくミリアのおかげでもある。そのことを雨流に伝えると、幸せそうにその光景を眺めていた。


「えへへ、お姉ちゃんは凄いもんね」

「そうだな、でもあんまり喧嘩すんなよ」

「ぐう……」


 それから俺たちは、船内のショップを回ったり、ゲームセンターだったり、ちょっとしたデザートなんかを食べつつ時間を過ごした。

 甲板に出ようと思ったが、どうせだったら夜空でも見ようと夜にして、先に風呂へ入ることに。


 もちろん男女は別、船内に備え付けられている銭湯みたいな感じだ。


 田所とグミを御崎たちに任せて、俺とおもちは男湯に入る。

 久し振りに親子? 水入らずだ。

 湯舟は魔物と人間の混浴湯というものがあり、そこだけは気にせずおもちと入ることができる。


 羽毛を綺麗に洗ったあと、二人で肩まで、いや、羽根まで浸かった。


「キュウキュウ~」

「ははっ、こういう時は頭にタオルを乗せるんだぞ、おもち」

「キュッ?」


 久し振りの外でのお風呂だったが、大満足だった。


 ◇


 そして夜、後は寝るだけだが、動きやすい恰好に着替えて甲板へ行くことにした。

 到着は朝なので、最後のお楽しみでもある。


 その途中、いつにもなく御崎が嬉しそうに微笑んでいた。


「嬉しそうだな」

「え!? そ、そう? ……笑ってた?」

「かなりな、まあでも、昔から星が好きだったもんな」

「……覚えてたの?」

「当たり前だろ、忘れるわけがない」


 会社時代、二人で仕事帰りに夜景を見に行ったことがある。

 そこは地元でも有名なスポットで、星空が綺麗に見えるのだ。


 そのときの御崎の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。


「ふふふ、そういうとこ素敵ね」

「めずらしく褒められるとドキッとするぜ……」

「たまには、本音をね」

「ほ、本音!?」


「あーくん、みーちゃん、遅いよー」

「早く星を見に行きましょうよ!」


 いつのまにか歩幅が遅くなっていたらしく、雨流と住良木にせかされる。

 俺と御崎は、少し照れくさく顔を見合わせあと、歩幅を早めた。


 甲板へ階段を一歩上がるたびに、俺の心臓が同じように鼓動した。


 都内ではビルが多くて眩しい。なので、星空なんて見る機会は早々ない。

 空気が澄んでいるといいんだが――。


「……すご」

「ええ、本当に凄いわ……」


 階段を上がり切った瞬間、言葉を失った。

 海だからだろう。遮る物がないからか、今まで見たことがないほどの満天の星だ。

 まるで宇宙空間に漂っているような、そんな気分になってしまう。


「きれいー」

「凄いっすね……」


 雨流と住良木、そしておもちたちも空を見上げて、同じ感動を味わっていた。


「キュウ……」「ぷいー……」「がう……」


 あいにく流れ星は流れることはなかったが、もっちゃんが見つかりますようにと、心から願った。


 しかしその時、船員と思われる人たちが慌ただしく集合していることに気づく。

 前方に数十名、誰もが前を向き、指を差している。

 

 目を凝らすと、巨大な黒い物体が見えた。星空を一部遮り、感じるのは――魔力だ。


 急いで駆け寄ると、その理由がわかった。


「あれはデスクラーケンじゃねえか!? なんでこんなところに!?」

「嘘だろ……なん十年も前に絶滅したはずじゃ!?」

「海底ダンジョンの生き残りだ!」


 海底ダンジョンとは、過去に存在していた深海にあったダンジョンだ。

 誰かがクリアしたのか、自然消滅したのか不明だが、崩壊した後、一部のモンスターが死なずに逃げ出したと聞いたことがある。

 俺は、船員たちに声をかける。


「あの、大丈夫ですか?」

「あ、ああ!? す、すみません! 今すぐ逃げてください!」

「敵はあれ《・・》だけですか? 魔力レーダーに他の反応は?」

「ど、どいうことですか!? は、はやく!」

「いいから、教えてください」


 魔力レーダーとは、飛行機や船に標準装備されているものだ。

 魔物と遭遇しないように義務付けられている。


「あ、あいつだけです! さ、最新鋭のレーダーなのですが、どうやらあいつは擬態能力を持っていたらしく」

「なるほど……だったら、俺が退治しますよ。せっかくの旅行を潰されたくないんで」

「ど、どういう――」


 俺は手の甲の赤い印を見せる。すると、驚いて声をあげた。


「雨流頼みがある」

「はーい、どうする? 私がろうか?」

「いや、俺がやる。あれだけ図体がデカいと四散して船にぶつかると危険だ」


 御崎や住良木、おもち達も駆け寄ってきたが、船員たちは震えている。

 船は緩やかに停止しようとしているが、波に押されて前進が続いている。

 ついに目の前に、巨大なイカの魔物が現れた。


「全員避難させてもらえますか? 心配いりません。必ず倒します」


 こんなことで、楽しい旅行を終わらせるわけにはいかない。

 それに――おそらくあいつの属性は――。


「ギャアアアアアアアアギイイイイイイ!?」


 けたたましい叫び声が鳴り響く。

 俺は吸収剣と魔法紙を取り出し、胸に当てた。


 ビリビリと、身体が痺れていく。


『電気を少しばかり充電しました』


 準備オッケー、やる気も十分だ。


「阿鳥、よろしくね」

「師匠、一撃粉砕っす!」

「任せとけ。――雨流、俺をあそこまで運んでくれ。後は適当にやる。最後は引力で引きあげてくれ」

「はーい!」


 船員たちがわけもわからず見守る中、俺は雨流に手を翳されて空中に浮く。


「ど、どういうことだあ!?」

「う、浮いてる!?」


 ビュンッと手を振ると、俺は勢いよく吹き飛ばされるかのように前に進む。

 だが思っていたよりも――速い!?


「ちょっ、手加減ってもの――」

「ギャアアアアギイイイイ」


 デスクラーケンが反応するが、その瞬間、吸収剣から電気を変換させる。

 ビリビリと渦巻いた電気が、雷のように形を作っていく。


 ――一撃で決めてやる。


「お前の登場シーンが短くて悪いな、旅行中なんだ」

「ギャアアアアアアアア! ギ、ギ!? ギイッギギギギギギアアアアアアアアア……」


 吸収剣を落下と同時に頭部に突きすと、電気がデスクラーケンの身体中に伝っていくがわかった。

 重要な臓器、魔物の核を破壊し、宣言通り一撃で息絶えた。


「ふう、って、――おおおああ!?」


 少しは浮いてくれるだろうと思ってクラーケンの頭に乗ったのだが、ごぼごぼと沈んでいく。

 俺は甲板を見上げて雨流に助けを求めるが――。


「ごめんあーくん、そこまで届かない……」

「え、ちょ、ちょっ!? 嘘だおおおおおおおおおおろおおおお」


 水に引き込まれるううううううう――瞬間、空中に急上昇した。


「キュウ!」

「ぷいにゅ!」

「あ、ありがとう……」


 いつぞやの田所ロボットおもち改Ver3。


 甲板に無事戻ると、船員たちと、それを見ていた観光客たちが集まってきた。


「すげええ、あんたなにもんだよ!?」

「もしかして、おもち? あれ、配信者のアトリさん!?」

「強すぎるだろかっけえええ!」


 その後、質問攻めにあって眠るのが少し遅くなったが、いい運動が出来てゆっくり眠れたのだった。


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