82話 期間限定、もふもふカフェ

「おもちちゃん、こっち向いて―!」

「キュウ?」

「田所かわいい~」

「ぷいにゅっ」

「グミちゃんっ、つんつんっ」

「がうがうう」


 閑静な住宅街、その一角にめずらしいお店がオープンした。


 【もふもふ、モンスターカフェ】


 一軒家を改造したカフェで、営業時間は朝から夕方まで、テイムされた大人しいモンスターだけを取り扱っている。

 猫そっくりな魔猫、犬っぽい魔犬、フェンリルの末裔とされる魔狼、更に俺でも見たことないようなモフモフ小さいモンスターが大勢いた。


 そして群を抜いて人気なのは、我らがヒーロー、おもち、田所、グミだ。


「ありがとうございます。オープン初日にわざわざ来て頂いて! ゲストに来てもらったおもちちゃん達のおかげで、ありがたいことに満席になりました」


 そう声を掛けてくれたのは、会社員時代の後輩、美波ちゃんだ。

 まん丸眼鏡に、ゆったりとしたガーリーな服、会社員時代は大人しかったが、なんと貯金を使い果たして店を立ち上げたらしい。


「俺は何もしてないよ。おもち達も楽しんでるみたいだしな」

「でもまさか、美波ちゃんがテイムモンスター好きだったなんて知らなかったわ」


 俺の隣で魔猫を抱えているのは御崎だ。

 会社員時代からいうと、美波とは同期にあたる。


「元々猫とか犬が好きだったんですが、テイム配信とか見たりするようになってから、可愛さに気づいてしまったんですよね」


 どうやら俺の配信も見てくれていたらしく、オープンの宣伝でお願いしたいと久しぶりに連絡が来た。

 金額も提示されたが、元同僚からお金を頂くのは嫌だったので、一年間通い放題のモフモフフリーパスをもらった。


「はう、はうはう、はうううううう」


 俺の後ろ、声にならない声で悶えているのは、雨流・セナ・メルエットだ。

 当然の如くだが喜んでいる。


『セナちゃんかわいいw』『もふもふいっぱいだ! 行きたいっ』『これは流行る』


 配信もしているので、少しは力になれたらなと思う。


 おもちたちは、宣伝部長として頑張っている。


 しかし写真撮影をしているのは可愛い女子大生三人組で、ちょっと羨ましい。


「ちょっと羨ましい、って思ってない?」

「御崎くん、勘のいい女子は嫌われるよ」


 こわい、多分この人エスパーだ。

 能力はそうだけど。


「飲み放題、モフり放題、これは絶対流行るだろうな。俺もダンジョンの横におもちカフェを隣接するか」

「あはは、だったら私、お客さんとして通いますよ。フェニックスをモフりたい人なんて、日本中で山ほどいますよ!」

「阿鳥は女子大生と絡みたいだけだから却下」


 相変わらず厳しい……。

 それから俺たちは美波ちゃんのお手伝いをした。


 飲み物を補充したり、お客さんの質問に答えたり、配信をしたり。

 動物好きに悪い人はいないというが、みんな温和でいい人だった。

 特に面倒ごともなく時間が過ぎていく。


 暇な時間は、俺もモフモフして遊んでいた。


 その時、小さな小屋の隅っこで動かない魔猫がいた。

 真っ黒な毛並み、目はつぶらな瞳で可愛い。


「体調でも悪いのかな」


 そっと手を差し伸べるが、どうにも変だ。

 動かないというか、なんというか。


「その子、ずっと元気がないんです。モンスター病院で診てもらったんですが異常はなくて……一人にさせるのも可哀想で、表に出してみたんですが、どうにも……表」


 どうやら美波ちゃんも知っていたようだが、一安心、というわけではない。


「そうなのか、うーん……戦闘タイプじゃないから運動不足ってわけでもなさそうだもんな。ん、この札は……保護魔猫なのか」

「はい、探索者協会から譲り受けたんです。元々テイムされてたわけでもなく、ダンジョンから逃げ出してきた子らしくて、その……飼い主さんが高齢で亡くなったらしいんですよ」

「なるほど……それで一人になったのか」

「私としてはここで仲良くできるかなと思ったんですが、まだ心を開いてくれないみたいで」


 美波ちゃんはそう言ったが、俺はなんだか違う気がした。

 威嚇はしないし、飼い主がいたのなら人間が苦手だということもなさそうだ。


 帰り際、俺は魔猫、みぃちゃんを一晩だけ預かりたいと申し出た。


「ミニグルメダンジョンですか?」

「ああ、もしかしたら魔力不足かもしれないと思ってな。俺のところは安全だし、ドラちゃんがいるから家畜魔物も元気に育ってる。その可能性もあると思ったんだ」

「そうですね……でしたらお願いできますか?」

「もちろんだ」


 雨流は実家に、御崎もめずらしく? 自宅に戻ったので、俺はみぃちゃんを連れて自宅に戻った。

 ミニグルメダンジョンの中に入って、ドラちゃんに声をかける。


「ドラちゃん、この子元気がないんだが、原因はわかるか?」

「はいはいはい! 魔猫ちゃんでちゅね、ふむふむ、ニャンニャン。ニャーンニャン?」


 するとドラちゃんは、なんと猫語を話しはじめた。


「言葉が分かるのか?」

「にゃんとなくでちゅ!」


 けれどもドラちゃんが話すと、みぃちゃんは「にゃあにゃあ」と喋りはじめた。

 にゃんとなくとは思えない意思疎通だ。


「それで、どうかな?」

「全然わかりませんでちた!」

「なんでやねんッ」


 盛大なツッコミ、だが本当にわからなかったらしい。

 じゃあ何を話してたんだ……。


「でも、何か伝えようとしてまちゅね。きっと、元気がないのは理由があるんだと思いまちゅ」

「そうなのか、みぃちゃん、俺で良ければ話してくれないか」

「にゃあ」


 魔力が漂っているおかげか、さっきよりは元気そうに見える。

 頭のてっぺんには、普通の猫にはない赤い角が生えていた。


 その時、俺は美波ちゃんの言葉を思い出した。


 それが、昔の俺とリンクする。


「……みぃちゃん、もしかして……」

「にゃあ」


 ……わかったかもしれない。


 翌日、俺は探索協会に連絡を入れた後、とある場所に車で向かうのだった。

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