81話 阿鳥と御崎の映画館デート?

「……来ないな」


 待ち合わせ時間になっても、御崎が現れない。

 スマホで時間を確認してみたが、20分は遅れている。

 待つこと自体はいいが、心配だなと思っていると、タイミングよく現れた。


「ご、ごめんね。朝、美容院に行ってたら、思ってたより時間がかかっちゃって」

「……あ、ああ」


 いつもは後ろ手に髪を縛っているが、今日はふわりとウェーブがかかったロングだった。

 タイトスカートでもなく、女性らしさが際立つゆるふわスカートだ。

 シャツは透ける素材のレースで、とても可愛らしい。いつも見ている姿と違うからか、俺の心臓がドクンと脈を打った。


「どうしたの? ……変?」

「いや、変じゃないよ。き、綺麗じゃないか?」

「ふふふ、ありがと。じゃあ、行こっか?」


 まるでデート、いやデートかもしれない。


 目的は映画館だ。

 配信者キャンペーンなるもので、映画のチケットが二枚当選した。

 初めは雨流と御崎で行って来たらどうだ? と話していたのだが、色々あって二人で行くことになった。


 映画館なんて久しぶりで楽しみだ。

 同じくそうなのか、御崎が思っていた以上に楽しみにしてくれていたのだろう。

 なぜなら、今まさに俺の隣の彼女は、見たこともないほど笑顔で歩いている。

 

 真面目で厳しところもあるが、お酒を飲まない限り美人なお姉さん。

 といっても、年齢はそこまで変わらないが。


「~~~♪」


 おそらく鼻歌にも気づいてない。


 ◇


「そういえば映画決めてなかったね。どれにする?」

「ああ、そうだな。これはどうだ?」

「魔物怪獣バビロン……?」


 幼い頃見た記憶がある。魔物怪獣と戦うヒーローの話で、そのリメイクだ。

 だが御崎は眉を潜めていた。もしかしてあんまり好きじゃない?


 さてどうしようかと思った所、その隣に恋愛映画と思われるものがあった。


「これも面白そうだな」

 

 社会人の男女二人が、愛を育んでいく恋愛物語っぽいポスターだ。

 これには御崎も満足なのか、これにしようと言ってきた。


 チケットを購入した後は、ポップコーンセットを頼む。

 飲み物はソフトドリンクで大人しく。


「なんだか学生時代を思い出すかも」

「そうなのか、よく映画館に来てたのか?」

「バイトしてたのよね、といっても短い間だけど。阿鳥は何かしてた?」

「ああ、花屋だった」


 返事が返ってこないので隣に顔をむけると、御崎がきょとんとしていた。


「どうした」

「いや、凄く意外だなと思って」

「そうか? 昔から花が割と好きだったからな」

「……そういえば、庭に花がいっぱいあるのって」

「ああ、俺が植えたんだ」

「……ふふふ、意外だねえ」


 なぜか嬉しそうに笑う。ひょいと俺が持っていたポップコーンを口に入れる。


「つまみ食いは厳禁だぞ」

「えー、じゃあほら、お食べお食べ」


 すると御崎が、俺の口にひょいと放り込んできた。バターの風味と、あまじょっぱい塩が絡んでいて美味しい。


「ねえ、あのカップル仲いいねえ」

「そうだね、でもなんかどこかで見たような――」


 すると隣にいた二人組が、俺たちを見てぼそぼそと話し出した。

 

 か、かっぷる!?

 それにもしかして視聴者リスナー!?


 慌てて入場チケットをスタッフに渡して中に入ったが、ひやひやした。


「カップルと思われてしまったな」

「そ、そう……ね」

「どうした? なんか頬赤くないか?」

「ち、違うわよ。……バカ」


 なぜか怒られてしまったが、まあ良しとしよう。

 

 ◇


 恋愛映画を見るなんて随分と久しぶりだったが、想像以上に良かった。

 いや、良すぎた。

 

 エンドロール中だが、俺の目から何かが零れている。


「最高だった……」


 御崎はどうだったんだろうと横を向くと、俺以上に涙を流していた。

 いやもう号泣。


「よがづだ……」

「泣きすぎだろ。ははっ」


 しかしその顔が面白くて、俺は思わず笑ってしまう。

 まあ、可愛かったんだけど。


「さあて、おもち達もお留守番してもらってるし帰るか」

「ねえ、最後にちょっとだけ時間ある?」

「時間? でも、早く帰らないと――」

「ちょっとだけ」


 そう言って御崎は、俺を湖が見える公園に連れて来た。

 自宅からそう遠くない場所だが、それよりも思い出すのは会社だ。


「覚えてる?」

「ああ、会社時代のだろ。懐かしいな」


 ここはよく御崎とお昼を食べに来ていた場所だ。

 サンドイッチとか、キッチンカーのお弁当やらを食べながら、よく愚痴を言い合っていた。


「実は私、何度も辛くてやめようと思ってたの。でも、阿鳥がいたから……残ってたんだよね」

「え!? ……あ、ありがとう」


 一応俺がちょっとだけ先輩だったこともあって、御崎の相談にはよくのっていた。

 だからこそ俺は本音を言えなかったこともある。


 助かっていたのは、嬉しかったのは、俺の方だと。


「今度、おもちゃんたちもここに連れてこない? 噴水もあるからびちょびちょになって遊びそうだけど」

「そうだな。きっと喜ぶだろうな」


 御崎には誰よりも感謝している。俺一人だったら、配信も成功していなかったし、続けられなかった。


 まあ、流石にそんなことは恥ずかしくて言えない。

 俺はまだ頼れる先輩でいたいのだ。


「なんかさむいねっ、帰ろかっ」

「お、おい!? 近いぞ!?」

「寒いんだもん。帰ろ帰ろー」

「お前が連れて来たんだろ……。帰りにきしめん買っていくか」


 でもいつか、そう遠くない未来、本音を伝えようと思う。

 

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