80話 俺も細かいことを気にするのをやめるわ

「師匠、なんでそんな不審者みたいな恰好してるんですか?」

「眼鏡とマスクと帽子がないと危険だからだ」


 家から急いで持ってきた変装セットを装着しながら、通り過ぎりの人を警戒する。

 見られている、そんな気がしてならない。


「余計目立ってますよ」

「そ、そうか……」


 確かにそうだなと思ったので、仕方なく全てを取り払う。

 よくよく考えると、これはデートではない。


 ただのお出かけなのだ。

 住良木の親御さんと電話もしたことはあるし、俺はニートだが、おじさん、いや近所の仲の良いオジサンみたいな立ち位置だ。


 つまり保護者と言っても過言ではない。


 俺は一体何を焦っていたのか、そう思うと、太陽が心地よい。


「デート日和のいい天気ですね!」

「やめなさい」


 住良木は、相変わらずのテンション、だがいつもより元気すぎる。

 あてもなく歩いていると、懐かしい公園が見えてきた。


 おもちと初めて出会ったときに、一人でケーキを食べていたところだ。


「少し座るか」

「はいっ!」

 

 ベンチに腰を掛けると、懐かしさのあまりつい笑顔になる。


「公園に来るのは久しぶりだ。けど、早朝だとなんか気持ちいいな」

「たまに朝走ってるんすけど、このあたりは初めてきました!」


 手をグググっと前に伸ばしながら、柔軟ポーズをする住良木。


「それで何か相談したいことがあるんだろ。いくらなんでもわかるぞ」

「……そんな普段と違います?」

「当たり前だ。ずっと一緒にいるんだからな」


 住良木と知り合ってそう長くはないが、ずっと一緒にいるのだ。

 嘘じゃなくて、家族みたいに思っている。

 いつもと様子が違うことぐらい、すぐにわかった。


 住良木は空を見上げて、いつものほがらかな表情ではなく、思いつめたような顔をした。


「師匠から見て、私ってどんな人ですか?」

「なんだその質問……?」

「教えてほしいっす」

「……元気で明るくて、騒がしくて、でも、面白いやつだよ。後、常に笑ってる」

「あははっ、いいっすね。私の理想です」

「どういう意味だ?」


 分からなかった。何が言いたいのか、何を考えているのか。

 だが思い詰めていることだけはわかる。


「最近、友達が増えて困ってるんです」

「……どういうことだ? いい事じゃないか」


 しかし住良木は、首を横に振る。


「今までずっと友達がいなかったんです。地味で大人しくて、口下手で、人と話すの苦手で。あ、これガチっすよ。でも、師匠のおかげで一緒にダンジョン行くようになってから明るくなったって周りから言われて、この前のテイム大会で、チラッと私が映ったらしくて、そこから友達がガーって増えたんです」


 何の嘘だ、と言う言葉は飲み込んだ。住良木の表情はいたって真面目だ。

 俺は……何もわかってなかったんだな。


「複雑だな。でも、いいことじゃないか」

「……はい、自分も友達欲しいって思ってたんで。でも――なんかわかんないんすよね。手の平返しとまでは言わないすけど、愛想笑いをしてる自分もいて」


 住良木は悩みなんてなさそうなのに、凄く繊細だった。

 思えば雨流も、御崎もそうだ。みんな強そうに見えるが、心の中は違う。


「裏表のない人間なんていないよ。自分の理想があって、それと違う自分の顔がある。だけど、全部ひっくるめて本当の自分だ。今の住良木も、過去の住良木も、何も変わってない。それを受け入れて、認めてくれる人たちを好きでいることが大事なんじゃないか。少なくとも俺は、今の住良木と一緒に居ての楽しいし、好きだぞ」


 上手く気持ちを纏めて伝えられた自信はない。

 だが本当にそうだと思う。今を大切にしてくれて寄り添ってくれる人を大事にする。

 これが、大切だと俺は思う。


「ふふふっ、師匠ってやっぱ大人っすよね」

「俺は大人だが……。まあでも、子供の特権は甘えることだ。俺でも、御崎でも、それこそ身近な誰でもいい。都合よくでいいから、大人に頼れ。ダメなら他の大人に頼ればいい。お前にはそれが許されてる」

「でもそれ、ずるくないですか?」

「それが子供なんだよ。ったく、お前はそういうところ気を遣いすぎだ」


 頭をくしゃりと撫でると、住良木は今日一番の笑顔を見せた。

 思えば俺もこんな時期があったかもしれない。誰が自分を大切にしてくれているのかわからなくて、誰を信じていいかわからなくて。

 

 だけど今、そんな住良木に頼られていたことが嬉しかった。


「俺も細かいことを気にするのをやめるわ」

「どういう意味ですか?」

「住良木、今からショッピングモールに行くぞ。そんで、いっぱい飯を食おう。んで、遊ぼう。今日1日いっぱい遊んで、何もかも忘れよう」

「まじっすか! 師匠のおごりっすよね!?」

「早速子供の特権を使うな。当たり前だろ、行くぞ」

「えへへ、行きましょっ! 師匠!」


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