83話 モフモフみぃちゃんの想い

 閑静な住宅街を超えると、坂道が見えてきた。

 更に車を走らせること数十分、駐車場に車を留めて、キャリーケースの「みぃちゃん」に声をかける。


「にゃあにゃあ」

「……出たいのか?」


 モンスターは犬や猫と違ってむやみやたらに逃げだしたりはしないが、念の為に持ってきたハーネスを括りつける。

 ひょいと俺の肩に乗ると、昨日よりご機嫌そうに鳴いた。


「ああ、気持ちいいな」


 山の上なので太陽が近い。

 見下ろすように街を眺めると、住宅が見えた。


「さて、まずは挨拶だな」

「にゃあ」


 小さな小屋、待合室で待っていると住職・・さんが現れた。


「こんにちは、お待たせしました」


 温和そうなおじさんだ。手には数珠を持っているが、肩には……鳥の魔物?


「こ……んにちは」

「あ、すみません。びっくりさせてしまいましたね。私の家族、鈴です」

「にゃあ」

「すみません。まさかこんな所で見るとは思わなかったので」

「いえいえ、テイムしているわけではないんですが、どうも懐いてしまって。それで、その子が「みぃ」ちゃんですか」

「はいそうです。早速なんですが、よろしいでしょうか?」

「勿論でございます。どうぞこちらへ」


 そして俺は、みぃちゃんを肩に乗せたまま住職さんの後ろへ着いていく。

 大勢の墓、多くの人がここに眠っている。


「最近はお墓の形も増えましたね、これなんて飼っていた魔物だそうですよ」

「ほ、ほんとだ。凄いですね」

「ええ、時代は変わってきていますよね」


 昔から墓には個性を出す人がいるが、まさか時代の波が来ているとは思わなかった。


 そして、とある一つの墓で、住職さんが足を停める。


「こちらです。君子さん、というお方ですね。おひとりだったのですが、お墓の手配は生前終えていました。みぃちゃんの手続きはケースワーカーさんがお手続きしたとのことですが、私がもっとしっかりしておくべきでしたね」

「そんなことないと思いますよ。――ほら、みぃちゃん」


 するとみぃちゃんは、とてんっ、と地面に降りる。

 お墓の前まで歩くと、じぃっと見つめた。


 君子さんとは、みぃちゃんの元飼い主の名前だ。

 老衰で眠るように亡くなったと聞いている。


「にゃあ、にゃあにゃあ」


 するとみぃちゃんは、ゆっくりと語りかけるように鳴きはじめた。

 魔猫は見た目こそ猫と変わらないが、知能に優れている。


 俺の推測にしか過ぎなかったが、もしかしたらお別れが言えなかったのかもしれないと思ったのだ。


 幼い頃、家族を失った俺は、恐怖のあまり葬式に行くことができなかった。

 今でこそお墓参りに行くことはできるが、もしかしたらお別れを入れていないのが心残りだったんじゃないかと思ったのだ。


 探索協会に聞くと、すぐに二人は引き離されたとのことだった。


「にゃあにゃあ……にゃああ」


 住職さんと俺が見守る中、みぃちゃんはずっと話かけていた。

 その言葉は俺にはわからないし、何を伝えたいのかもわからない。


 だが、「ありがとう」。そう言っていることだけはなぜかわかった。


 その後、俺の足に頭をすりすりした。どうやらこれも、「ありがとう」だ。


「魔物は不思議ですね。人を嫌いな個体もいれば、大好きな個体もいる。不思議ですが、魅力があります」


 住職さんは、優しい目をしながら鈴を撫でていた。

 時代は変わっていくではなく、もう変わったんだとこの時気づいた。


「ありがとうございます。これでみぃちゃんも元気が出ると思います」

「それは良かった。いつでも来てくださいね。私の命が尽きるまでは、ここを守っていきますので」

「ありがとうございます」


 そして俺は、みぃちゃんを届ける為に車で美波ちゃんのカフェに向かった。


 信号待ち、天気模様がガラリと変わって雨音が車内に響いている。


 魔物は長生きだ。だが、死なないわけじゃない。


 そんなことを考えていると、助手席から声が聞こえた。


「ありがと……にゃ」

「え?」


 慌てて視線を向けるが、返ってきた返事は「にゃあ」だけだった。


「気のせいか……?」

「にゃあ?」



 後から聞いたのだが、みぃちゃんはその日以来、元気いっぱい駆け回るようになったらしい。


 そして今では、立派な看板娘をしているそうだ。

 

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