85話 達成感、未知なる恐怖

 想定外、予想外、ナイスガイ、色んなガイがあるが、これは想像の範囲外だった。


「おもちのキュウキュウカレーいっちょ!」


 俺の後ろでは、御崎が『動かしてあげる』を器用に使いながら皿洗い、ルー入れ、ご飯入れを同時にこなしている。

 おもち達は、待ち時間にお客さん退屈しないよう、表に出てもらっていた。


 もちろん雨流と住良木も労働基準法違反しそうなぐらいせわしなく働いている。


 あまりの忙しさに配信はつけっぱなしだ。


『人並びすぎて草w』『見通しが甘かったなー、でもカレー美味しそう』『ネット通販してくれ、一年分買うぞ』


「グミちゃんスープカレーお願いしますー」

「田所のぷいにゅカレー、激辛で!」


 客が途切れることはなく、ただカレーだけが消費されていく。

 いやありがたいことなのだが、俺としてはもっと地元民と密着しつつのんびりお話をしつつ、御崎たちとの一快感もありつつ。

 みたいな感じが良かったのだ。


 まさか列のできるカレー屋が出来るとは思わなかった。


 その中に、以前オフ会で来てくれた人たちの姿もあった。

 どうやら告知を見てくれたらしく、頑張ってくださいねと応援してもらった。


 だが忙しさは長続きはしない。

 なぜなら、ルーが無くなったからだ。


「アトリー、キュウキュウカレー売り切れ―」

「グミカレーもないっす!」

「ぷいにゅーかんばーい」


 昼前から開始だったが、夕方前には全てが終わった。

 最後は白米だけでもいいので売ってくださいと謎の行列が出来ていたほどだ。


『何屋さんだよw』『白米持って後ろのステーキ食べてる人いるww』『他の屋台に影響させるとはやるなw』


 初めは他の屋台の人たちに申し訳なかったが、フェス用にカレーは小さく作っていたので、相乗効果で色々と売れたらしい。

 次々と挨拶しにきては、完売しました! となぜか俺に挨拶をしてくれた。


 田舎ということもあってか、夕方になると人は大きく減っていった。


「セナちゃん、写真いいですか?」

「いいよーっ! おもち、田所、ぐみ、おいでー」


 雨流はやはり大人気で、SNSに乗せればそれだけでも一万イイネが付くらしい。

 戦う妖精幼女は、みんなが大好きなのだろう。


「すいません、完売ですー! 白米もありませんー!」


 最後の白米を売り切った後、配信の前でもみんなでお礼を言った。


『お疲れ様でした!』『もはやカレーより白米のほうが売れたまである』『地元に貢献したね、お疲れ様でした!』


 配信上であまり喋る事は出来なかったが、これはこれで新鮮味があって良かったらしい。


 最後のお客さんとの写真撮影を終えると、屋台を片付ける前に、俺はみんなに飲み物を買って配った。


「ありがとうな、御崎、雨流、住良木、もちろん、おもちや田所、グミもだ。俺の思いつきだったにもかかわらずここまで成功できたのは、みんなのおかげでしかない。本当に助かったよ」


 すると御崎が、俺の肩をぽんっと叩く。


「ふふふ、楽しかったからお礼なんていいのよ」

「そうっすよ! 私もやりたかっただけです!」

「あーくん、もっと私たちに我がまま言ってね」


 ほんと、いい子たちなんだよなあ。

 あー……目から何かが……。


『アトリ、泣くなああああああ』『俺まで泣けてくる』『よしよし、俺の胸で泣いていいぞ』


 さて、片付けようかと思った時、小さな男の子が屋台の前で立っていた。


「ねえ、カレーもう終わり―?」

「ごめんね、完売したんだ」


 どうやらどこかの屋台の人の子供らしい。胸には、許可証を下げていた。


 だが――手に何かを持っている。


「それ……どこで拾ったの?」

「ん? あそこの草むら―」


 心臓が、ドクンと脈を打つ。

 赤い魔石と似ているが、真っ黒で少し形状が違う。


 そしてその魔石から、魔力を感じるのだ。


「それ、貸してみてもらっていい?」

「えー、やだー! ボクのだもんー!」


 なんだか嫌な予感がする。そう思った矢先、魔石が黒く光りはじめた。


 俺は魔石を奪い取ると、誰もいないスペースに思い切り投げる。


「わ、ボクのー!」

「ダメだ、近づくな――」


 次の瞬間、黒い魔石が粉々に砕けると、魔力が溢れ出てた。

 黒い煙が勢いよく吹き出し、周囲を覆い尽くしていく。その煙が次第に大きな形状を作り上げていく様子を目の当たりにした。


 サイクロプスよりも大きい、だが今まで見たことがない。


『……やばくね?』『なんだこれ……』『アトリ、逃げてくれ!』


 全身を黒く覆われ、不気味な黒い翼を背負っている。手足はまるで人間のように見えるが、頭部は動物のような特異な形状だ。


「ギギギ? ギャッギャギャギャ!」


 耳をつんざくような鳴き声が響き渡る。


 魔物――ではなく、脳裏に過ったのは悪魔だった。

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