86話 耐性男、腰をあげる。

 悪魔のような魔物は叫び声をあげた後、両手に黒い魔力を漲らせた。

 その所作に淀みはなく、殺意だけが充満している。


 瞬間、俺は駆ける。


 いち早く気づいた雨流が、俺の背中を押すように斥力で加速させた。


 同時に電波障害が起きたのか、配信が切れる音、屋台の電気が全て消灯し、あたりが真っ暗になる。


「ギイイイイイイガァッ!」


 ブラックホールの塊が、一つの屋台に向かって放たれるが、俺は身体で受け止める。


『闇耐性(極)を確認、吸収しました』


 脳内のアナウンスが終わる前に、魔物の首を吸収剣で切り落とす。

 だがそれでも魔物はすぐに絶命することなく、数十秒間、魔物は断末魔をあげた。


 ◇


「何ともないようね、流石耐性男だわ」


 マッドサイエンス幼女、藤崎・キャロル・フランソワーズ。

 コスプレみたいな白衣を着ているが、何歳用なんだろう。


 半裸の俺に無数のナニカをペタペタと装着した後、ギギギギガガガと謎のデータが刻まれた紙を見ながら言った。


「変なあだ名付けんな。てか、何ともないってどういうことだ?」

「あなたが体当たりで防いだ魔法は、いにしえの呪術魔法なの、一般人が食らえば脳が破壊されて即死されていたでしょうね」

「マジかよ……」


 ゾッとする話を聞いて、俺の背筋が冷たくなった。

 闇耐性は、盗賊バンディードの真弓を倒して習得したものだ。


 死にかけで耐性を得る俺だが、即死の場合はどうなるのかわからない。


 まだ……背中が冷たい、いや冷たすぎる。


「いや、冷たああああああああ!?」

「ガウウウッ!」


 待合室で待っていたはずのグミが、甘えん坊のように俺の背中に抱き着いていた。

 続いて、御崎が慌てて駆け寄ってくる。


「ごめん、阿鳥。それで……どうだったの?」


 俺が再び説明すると、御崎はホッと胸を撫でおろす。

 だがその後、キリっとした目で「もう二度と無茶しないで」と怒った。


 はい、ごめんなさい。


 ちなみにおもちと田所は、雨流と外で待っている。


「それであの魔物は何なんだ? 雨流ですら知らないと言っていたが」

いにしえ、遥か昔、魔物が繁栄していた時に生きていた悪魔と言われているけど、詳しくは私にもわからない。今になってなぜ魔石が発掘され始めたのか、そして出現したのか、まだ解析中なの。ただ一つ言えることは、今この状態は世界各地で起きていることなの。残念ながら、今日、初めて……死者が出たわ」

「……そんな」


 俺がいなければ、あの屋台で死人が起きていてもおかしくはなかった。

 それどころか、一番人が多かった時ならとんでもないことになっていたはずだ。


 ……事実は受け止めなければならない。


「ミリアは? この現状を知って黙ってるとは思えない」

「既に対策本部を設立してるわ。情報共有を行う為に、十分後に世界各国同時でリモート会議を行う。もちろん私は参加する。それと、世界で悪魔の討伐報告はあるけど、単体での討伐はあなただけよ。――山城阿鳥、貴方は探索者とはいえ一般人、傍観する選択肢もあるわ」


 白衣のまま腕を組み、俺を真っ直ぐ見つめる。

 答えは、一つだろうが。


「耐性男を舐めんなよ」

「そう、じゃあ行きましょう。すぐに始まるわ」


 ニヤリと笑みを浮かべた藤崎が立ち上がる。

 すたすたと歩くが、その後ろ姿は完全に幼女。

 

 身長も俺の腰ぐらいしかない。多分、雨流よりも小さい。


「いや……ちょっと待ってくれ」

「何? やっぱり怖くなった?」


 溜息をついた藤崎が、後ろを振り返る。


「俺の服はどこだ。このままだと半裸男になるだろう」

「しょうがないわね阿鳥、私の服を貸してあげるわ」

「いや、普通に返してくれ」


 まったく、また面倒なことになってきたな。

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