30話 野菜直売会は出会いの宝庫

「つかりたー……」

 

 ぐでんっと居間で寝ころぶ御崎。

 ここ最近、ダンジョンやランク等級のことで、探索者委員会に行ったり来たりをしてもらっていた。


 俺も今後のことを考えて、食品衛生管理者の資格を取得したりと忙しい日々を過ごしていたが、御崎は経理も担当している分、疲れが溜まっているのだろう。


「もうすぐ飯ができるから待っててくれ」

「はああい、たどちゃんむにゅうううううう」

「ぷいっぷいー!」


 御崎は、田所の体に顔を埋める。タイトスカートからタイツがチラチラ見えて気になる。


「キュイ!」


 するとおもちが、真っ白い羽根で俺の目線を遮った。

 御崎を守っているのか、それとも嫉妬から来るものなのかわからないが、最近は厳しい!


「はいはい、見ないよ」

「キュウキュウ」


 ダメですよと満足そうに頷くおもち。なんかおかんみたいになってきてるな。

 視線を戻し、新鮮なコニワトリの卵をフライパンに乗せる。

 熱を帯びた鉄が美味しいジューという音を立てる。

 もう何度か食べているが、剛士さんの言う通り絶品だ。


 甘味と深みが混在し、塩や砂糖、だしがなくとも美味しく食べられる。


 漬けて置いた大根とキュウリを冷蔵庫から取り出し、白米をよそってテーブルに並べた。

 ちなみにこの野菜もミニグルメダンジョンのもので、市販のよりは小さいが味は詰まっていて美味しい。

 飲み物はミニウシのミルク。

 搾乳はコツが必要だったが、今はもうプロ級。と、思っている。


「よし、ミニグルメダンジョン朝定食の出来上がりだ!」

「わーい!」

「ぷいぷい!」

「キュウン!」


 ちなみにおもちと田所は少し違ってメニューで、ミニうどんを付けている。

 お子様メニューならぬ、魔物様メニュー。


 いただきますをして、コニワトリの卵焼きを口に入れると、御崎は表情を綻ばせた。


「美味しい……最高だあ……」

「だな、ドラちゃんのおかげで野菜の収穫速度も上がってるし、俺も放牧モンスターの扱いにも慣れてきた。そろそろ佐藤さんから紹介してもらったところに行ってみるか?」

「そうね、今日は時間もあるし、午後からもしてるんだっけ?」

「とりあえずお披露目会ってことで。帰りにモンスターランが近くにあったはずだから、そこにも行ってみよう。なあおもち、田所」


 首を傾げる二人だが、どんなものか知ったら後で大喜びだろう。

 想像するだけで笑顔がこぼれた。


「そういえばこの家もそろそろガタがきてるな。リビングの底が抜けそうだ」

「お金を貯めて建て直しましょう。たまにシャワーも水になるし」

「御崎はもっと自分の家に帰れよ」

「だってーご飯作ってくれるから楽なんだもーん」

「まあ、いいけど」


 元々田舎に引っ越そうと思っていたが、ミニグルメダンジョンのこともあってそうもいかなくなっている。

 この家に住み続けるのは強度的にも不安だし、建て直しか……。


「配信は順調だが、いつまで続くかわからないからなあ」


 そして俺たちは朝定食を平らげ、電話をいれたあと、目的の場所に向かうのだった。


 ◇


「キュウキュウ」「ぷいぷいっ」


 はぐれないように、田所はおもちの背中に乗って俺の後ろをついてきている。


「凄いね、初めて来たけど美味しそうな食材ばっかり」

「ああ、こうしてみるとダンジョン産も結構あるんだな」


 御崎が周りを見渡しながら感心している。

 ここは大きな店舗を貸し切って行われている、野菜直売会の会場だ。

 陳列されたものはよく見かける野菜から、めずらしいダンジョン産まで。


 一時期田舎に住んでいるときに行ったことがあって、賑わっている場が好きだった俺はよく連れていもらっていた。


 その中でも、おもちと田所はやはり目立つらしい。


「なんで燃えてるのに熱くないのかしら?」

「私、知ってる! おもちと田所だ!」

「写真とか撮影していいのかな?」


 結局、小さな子供がおもちに張り付いたことがきっかけで撮影会が始まってしまい、俺たちは動けなくなってしまった。

 ようやく落ち着いたと思った瞬間、少し離れた場所から叫び声が聞こえた。


「なんだろう?」

「行ってみよう」


 いや、怒鳴り声だ。誰かが怒っているらしい。


「てめえの野菜がしなびてるのが問題だろうがよ!」

「ああ!? おめえの大根だろうが!」


 声がするほうに向かうと、屈強そうなおじさん二人が争っていた。

 風貌的に二人ともお店の人だろうか。どちらも見た目が怖いし、ガタイが良くて、周りが怯えている。

 流石に目にあまるな。


「キュ――」

「おもち、俺が言うよ」

「阿鳥、気を付けなよ」


 おもちが前に出ようとしたが、危険だと下がらせた。こういうクレームみたいな揉めごとには仕事で慣れている。

 俺の社会人スキルで、できるだけ穏便に済ませよう。


「落ち着いてください。僕が話を聞きますよ」

「引っ込んでろ若造が!」

「萎びた茄子が喋りかけんじゃねえ!」


 ……え?


「キュウキュウ」

「ぷいー」

「萎びた茄子って言われた……」


 凹んだ俺を慰めるように肩をとんとんしてくれるおもちと田所。

 つらい、この前は親子に子供部屋おじさんって言われた気がするし、なんかもう、つらい。


「静かにしろ」


 そのとき、一人の女性が近づいてきた

 見た目は若くて綺麗だ。髪色は長い金髪で、なんというか、ちょっと言い方はアレかもしれないが、ギャルっぽい。

 てか、何でギャルがこんなとこに?


 男たちは聞こえていないらしく、相変わらず小競り合いを続けてる。

 次の瞬間――。


「”縛りあげろ”」


 ギャルが言葉を発した瞬間、陳列されていた一部の野菜がにょきにょきと伸びて、男たちの身体を持ち上げた。

 まるでS&M嬢のように情けない姿で、空中で身動きが取れなくなる二人。

 思わず会場に笑いがこみ上げた。


「ぐっ――み、みどりさん!?」

「今日は一般人も多いんだから。静かにしろっていってんぢゃん」

「す、すみません……」


 ギャルは男たちの顔見知りらしく、素晴らしい手際で争いを治めた。

 ……碧ってまさか……!?


「で、あなたが阿鳥っち?」


 こっちに振り返った瞬間、俺の名を呼んだ。


「あ、はい。もしかして……碧さんですか?」

「そそ、あたしですー。よろしくっちー」


 差し出された手はマニキュアが煌びやかに輝き、まつ毛もビンビンだった。

 でも香水がちょっといい匂いで、鼻を動かしていたら、気付いた御崎に「嗅ぐな」と言われてしまう。怖いよ、お姉さん!


「ごめんねー、このあたりは血の気が多いやつが多くて」

「いや、俺では何もできなかったので」


 実はこの即売会、また佐藤さんから紹介してもらったのだ。販売店舗の空きを作ってもらうのに、責任者から話を聞いてくださいとのことだった。

 そしてその名前が、みどりさんだと聞いていた。


「こんな見た目で!? と思ったっしょ?」

「ええと……少し……」


 にへっと笑う金髪美少女、耳にはピアスがきらりと光る。

 佐藤さん曰く、彼女はダンジョン産の食料に詳しく、この会場の責任者だという。

 失礼だが、人は見かけによらないな……


「にへっ、よく言われるんだよねー。あれ? 隣の人は?」

「初めまして、一堂御崎です。経理担当しています」


 余所行きモードの御崎はとても丁寧だ。

 けれども数秒後、二人が同時に眉を潜めた。


「……一堂って……、ドンタッチミーのミサちゃんじゃない?」

「え? あ! 嘘……キューカンバーのドリちゃん!?」


 え、なに? どういうこと? 何その二つ名? 

 君たちは元、錬金術師なの?


「「えー! 久しぶりー! なになにー、今ここで働いてるの!」」

「「そっちこそー! 何そのスーツー!」」


 意気投合する二人。元気な二人。


「ミサちゃん、めちゃくちゃ真面目になってんぢゃん! 昔はガングロで他校の不良をボコボコにしてたのに!」


 え……御崎ってそんなやばギャルだったの?


「ドリちゃんこそ、食べ物を粗末にした人たちを、焼き野菜土下座させてたのに!」


 焼き野菜土下座ってなに? 俺の知識がないだけ? 常識なの?


 それからも二人はよくわからない単語と、明らかにヤバイ話で盛り上がっていた。

 一つわかったことは、高校の同級生だということ。


 そして二人が食べ物を粗末にしていた奴らを捕まえたという昔話がとてもカオスで、とても聞いていられなくなったので、思わずおもちと田所の耳を塞いだ。


「おもち、田所、聞いちゃダメだ、聞いちゃダメ、聞いちゃダメ」

「キュウ……」「ぷい……」


「――でさーそうそう――顔面がさ――野菜だらけになって――」

「あー懐かし――血が――這いつくば――」


 拝啓、田舎にいたおじいちゃん、僕は大好きだった直売会が少し怖くなりました。


 野菜編、つづく。


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