31話 人には色んな過去があるはずだ。

「ごめんごめん、驚かせちゃったね! 改めてよろしく、新芽碧しんめみどりっす。敬語苦手なんで、そっちも普通でおけ!」


 昔話がようやく終わり、碧は改めて俺に自己紹介をしてくれた。

 ギャルの話は長いと聞いたことはあるが、本当に長かった。あ、元ギャルか。


「山城阿鳥だ。よろしくな。そういえば、さっき男たちを捕まえたのってスキルか?」


 その時、「また聞いてる……」という目で御崎が見てくる。だって、気になるぢゃん!


「あ、そうそう! 植物とか野菜とかを動かしたりできるんだよねー! あんま使えないけど!」


 ぎゃははと笑う彼女はとても明るい。御崎も、ふっと笑う。二人の関係性が少しわかったのは嬉しかった。

 今後長い付き合いになる可能性は高い。見知った顔がいるとでは随分と違う。


「ぢゃあ、そろそろ本題に入ろっか? 販売したいのは自作の野菜とかでいいってこと?」

「ああ、他にも卵や牛乳とかもあるんだが、とりあえず法律に乗っ取って基準値は調べてる。ミルクの瓶とかはまだできないが、ゆくゆくは考えてるな。ただ、薄利多売ではなく、珍しい物だと思うから、単価が高くなると思うんだが、どうだろうか?」


 キャリーに乗せていた品を、ゴロゴロとおもちが押してくれた。

 素晴らしいサポート、帰ったらなでなでしてやるぢゃん!


「見ていい?」

「もちろんだ。味見も頼む。厳しめにチェックしてもらえたほうがありがたい」


 碧はしゃがみ込み、ミニダンジョン産の卵、煮沸して水筒にいれたミルク、そして一般的な野菜に触れて匂いを嗅いだりした。

 試食もしていいと伝えたので、葉を契って食べはじめる。


 驚いたことにあのダンジョンでは野菜がぐんぐんと育つ。大きさは一般的なものより小さくなるのだが、味が濃厚で身が詰まっているのだ。

 一人暮らし歴が長い俺はわかるのだが、冷凍だったりしっかり保存しないと野菜はすぐにダメになっていく。

 なので、小さいってのもある程度需要はあるのだろう。


「美味しい……。こっちはもしかしてコニワトリの卵?」

「ああ、そうだ。ゆで卵にしてみたんだ。どうぞ食べてくれ」


 丁寧に殻をむきパクっと食べる碧。その後、勢いよく平らげた。

 そして立ち上がって――。


「最高ぢゃん! 野菜も新鮮だし、これ全部無農薬でしょ? それでこんなに形も綺麗なの?」

「ああ、ドラちゃんのおかげでな」

「ドラちゃん……? それって道具を出してくれるロボット?」

「ええとな――」


 碧の疑問を答えるべく、俺は精霊のドラちゃんのことを話した。


「なにそれ神ぢゃん……野菜の王ぢゃん……」

 

 碧曰く、無農薬の場合、本来は野菜は不揃いな形になるらしい。

 土壌の問題で品質の管理が難しくなるので不安定になるらしいが、ドラちゃんは俺の知らないところでそれも全てしてくれていた。


 世の中の農家が俺を殴って倒してでも欲しがるとのことで、俺は帰ったらドラちゃんをもっとねぎらおうと誓ったのだった。

 でも殴らないでくれ。


「それで、どう?」


 ずっと傍観していた御崎が、碧に訊ねる。

 碧は、ふっと笑ってマニキュアが綺麗に塗られた手を再度差し伸べた。


「ありのよりのありでしょ!」

「よし! じゃあ、交渉成立ってことで」


 無事に話が決まった。

 とはいえ、ここからが始まりだ。

 後は書類の手続きだったり、衛生管理のことや売り上げの管理など。

 それもあって、まずは碧のところに俺たちが販売という形で卸すのはどうかと話になった。

 

 二人で在中して販売するのも大変だし、スタッフを雇うにしてもすぐにはできない。

 なので、それはありがたかった。

 俺はミニグルメダンジョン内のドラちゃんの手伝い、御崎は経理や探索者委員会での管理がまだ忙しい。

 おもちや田所を寂しくさせたくもないので、まずは卸し先みたいになった。


 とはいえ、驚くほどの買取金額を提示してくれたのだ。

 いやほんとうに目が飛び出るくらいだ。


「こんなに……いいいのか?」

「ぜーんぜん! 質を考えたらこれでも安いぐらいだし」


 こうして無事にいいスタートを切れたおだった。


 ◇


「意外と早く終わったな。にしても、碧とそんな仲良かったのか?」

「そうね。でも、昔はもっとドリちゃん荒れてたよ。実家が農家だったから野菜のことはずっと好きだった所は同じだけど、元気で良かった」


 過去を語る御崎は、今まで見たがないほど優しい表情を浮かべていた。

 そういえば俺はまだ御崎のことは詳しく知らない。人には色んな過去があるはずだ。

 

 それでいうと、魔法スキルも先天性と後天性のものがある。

 生まれながらに備わっている人もいれば、のちに発動する人がいる。

 ある人は事故で死にかけた際に、またある人は、誰かを助ける為に。


 そんな俺は……後者なのだ。

 今でもたまに、あの頃のことを思い出す。


 焼けた家屋の中で死を覚悟したあの瞬間――。


「キュウ!」

「ははっ、どうしたおもち。寂しいのか?」

「ぷいにゅっ」

「田所もか


 おもちが、背中に乗ってくる。田所も一緒に乗り込んできた。

 隣で歩いていた御崎が、ふふふと笑う。


「いま阿鳥、寂しい顔してたでしょ、多分、それがわかったのよ」


 ……今俺にはおもちや田所、御崎、ドラちゃん。


 佐藤さんに……あと雨流。


 まあ、お転婆なヤツが多いが、最高の日々を過ごせてる。


「で、どうしたの? 何考えてたのよ」

「ま、俺も昔のことを思い出してただけだ」

「ふーん、で、なに?」

「たまには俺だって秘密にしたいことがあるよ」

「阿鳥のくせに生意気だー」

「キュウキュウダー」

「ぷいぷいだー」

「お前らってたまに日本語話すよな……よし、この近くにモンスターランってのがあったはずだ。最近配信も出来てなかったし、そこで撮影しないか? 帰りにドラちゃんにお土産を買って帰ろう」

「いいね、賛成ーっ!」


 そうして俺たちは、初めてのモンスターランに行くことになった。


 

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