89話 全てを失って――

 岩崎一は、ゆったりと俺を睨んでいた。


 薄気味悪く、顔が見えづらい。


 驚いた事に、その男の横には小さな黒い塊があった。

 なんだあれは……。


「これは闇の魔物だ。名はない。ただ俺の命令だけを聞く」

「……お前が岩崎一か」


 会ったことはない。一度だけ顔はネットで見たがそれだけだ。

 だが、すぐにわかった。


「そうだ。有名人みたいだな。長い間、刑務所あそこにいたからわからなかった」

「一様、急いだほうがいいです」

「……ああ。山城阿鳥、こっちへ来い。能力を使おうとすればこの女を殺す。嘘じゃないぞ、動作だけでも殺す」


 殺す、という表現が、こいつにとってはまるで挨拶のように思えた。

 嘘じゃない。

 俺はゆっくりと近づく。


 岩崎は、俺に手の平を翳した。だが驚いたことに、普通の手じゃない。

 巨大な黒い塊のような手だ。


 靄がかかっていて形を成してないようにも見える。


「御崎を離せ」

「威勢がいいな」


 すると岩崎は、俺に黒いナニカを飛ばしてきた。

 それは俺にぶつかるが、何事もなく吸収される。


『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』


「はは! 素晴らしい。真弓、これが完全耐性か」

「はい、全ての能力を無効化します」

「……素晴らしい。山城阿鳥、お前が存在していることが、私の幸運だ」

「何を――」


 次の瞬間、両手で俺に黒いナニカをぶつけてきた。


 耐性のアナウンスが、脳内にけたたましく鳴り響く。


『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』

『呪印を確認、闇耐性(極)が自動発動しました』


「何をして――」


 次の瞬間、黒い魔物が、俺の足元にがぶりと食いついた。すると力が段々抜けていく。


「古の魔物は特殊だ。力を奪うことに長けている。本来のお前なら回避は容易いだろうが、弱みがある人間は酷だな」

「何をいって……」


「――お前の能力、ありがたく頂く」


 だが次の瞬間、俺は――意識を失った。


 ――――

 ――

 ―


「――あ――とり、阿鳥!」

「……あ」


 目を覚ますと、御崎がいた。

 思い切り抱きしめてくれて、いい匂いがする。


「良かった……本当に良かった……」

「あーくん!」


 すると後ろから、佐藤さん、ミリア、雨流がやってくる。

 グミも解放されたらしく、ガウガウと吠えてくれていた。


 なんだか身体が重い。


 自分じゃないみたいだ。


「あいつらはどこへ行った……?」

「わからない。ただ、もう私たちに用はないって……それより、阿鳥、身体は?」

「大丈夫だ。ちょっと重いけど……」

 

 だが不思議だった。魔力が感じられない。

 まったくだ。


 直後、思い出す。『「お前の能力、ありがたく頂く」』


 ――嘘だろ。


 充填していたはずの炎が感じられない。

 それどころか、何も出来ない。


「まさかそんな……――おもちは!?」

「……あいつらは言ってた。あなたの能力を奪ったって。嘘だと思った。でも……おもちゃんが、炎の中和が切れて熱波のせいで誰も近づけなくなったって、だから今、施設に閉じ込められてる。たどちゃんも……、今いるのは、グミちゃんだけなの」

「そんな……」



 その日、俺は全ての能力を失った。

 


 ◇


 二日後、都内某所、深夜二時、俺はとあるクラブにいた。


 堅気ではないだろう大柄の男が、俺の体を金属探知機でチェックしている。


「大丈夫だ。そのスーツケースの中身を見せてもらおうか」

「ああ、いいぜ」


 大柄の男は中を改めた瞬間、言葉を失った。

 しかし無言ですべてチェックした後、再び箱を閉じる。


「……てめぇ、イカれてんな」

「褒め言葉、ありがとよ」


 いかつい男からの賛辞をもらった後、何重もの扉をくぐる。

 思っていたより厳重だが、そんなのはどうでもいい。



 俺が能力を失った事件以来、外出禁止とまではいかないが、世界各国で外出自粛が始まっている。

 リモートでの仕事が多くなった世界だからこそ成り立っているが、飲食業界はそうもいかないだろう。


 岩崎一は、あれから日本全国で確認されている。

 何と驚いたことに、悪魔を手なずけていっているらしい。


 理屈はわからないが、俺の能力が貢献している可能性は高いだろう。

 おもちと田所は、今だ施設に幽閉されている。


 一番のニュースは、古代魔石を藤崎が解析したことだ。


『岩崎一の脱獄、そして過去の古代魔石の文献を調べると、呪術が関係していたことがわかった。どうやったのかまではわからないけど、彼自身が魔物をテイムしているということ、貴方の能力を奪ったことを合せて考えると、全てを休止――彼自身が悪魔になろうとしていると思う。そんなことなったら……世界は滅亡する』


 日本最初の凶悪能力者ホルダー

 そんな奴が悪魔になんてなったら……。


「ボス、連れてきました」


 最後の扉を開けると、大柄の男性の半分しかないような男が座っていた。

 年齢は三十代だろうか、顔に覇気はなく、亡霊のような雰囲気がある。


「どこで俺を知った」

「ネットの掲示板。けど、場所を見つけたのは友達だ」

「ははっ、優秀な友達を持ってるんだな。……随分と若いが、一回500万だ。わかってるのか?」


 その言葉を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろした。


「ああ、目当ての能力が出るまで、全部使う」


 俺はスーツケースを置くと、おもむろに箱を開けた。

 札束が、ぎっしり入っている。


「お前……何者だ?」

「ただの一般人むのうりょくしゃだ。――今はな」



 ◇


 25.名無しの探索者


 500万払ったらスキルくれるってヤツもいるらしいけど


 26.名無しの探索者


 なにそれ指定できるの?


 27.名無しの探索者


 完全ランダムらしい

 

 ◇


 ――おもち、田所、待っててくれ。


 

 そして岩崎、俺はお前を許さない。



 

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