46話 狩られる側じゃない。狩る側だ。

「それで、どうして俺が呼ばれたんだ?」


 探索者協会の会議室、円卓の席に大勢が座っている。


 あ、ちなみに上の台詞は俺じゃない。俺はただソワソワしていた。

 

 えーと……。


『C級、カリカリの魔術師』って胸元に名札に書いてある。


 見た目はすげえ筋肉質の色黒おじさんだけど、なんでカリカリなんだろう。

 というか、二つ名の前にランク書かれるの恥ずかしいな。


 周りにはS級の雨流、A級、B級、C級がいる。

 結構バラバラだ。

 ちなみにミリアに呼ばれた。


「キュウ」

「おもち、静かにしなさい」

 

 おもちも連れてきてほしいと言われたので、一緒に来ている。

 御崎は田所とグミと家でお留守番だ。


 俺の胸元には『B級、爆炎の錬金術師』のネームプレート。


 ……うーん、ぱっと見恰好いいけど、恥ずかしいからこれ変えてくれないかな? もしかして誰か配信見てる? 

 よく見るとシールで上書きされていた。急いで張り替えたのだろうか?


 ぺりっと捲ってみると、『C級、熱さに強い男マン』と書かれていた。

 俺は静かに戻した。……マンマン!?


「皆さんわかっていると思いますが、今日集まってもらったのは、組織の件です」


 俺を仕切っているのは、雨流の姉、ミリアだ。

 やはりS級だった。けれども胸元のプレートは豊満な胸で天井を向いているので見えない。

 ちなみに雨流は『S級、最強の妖精』と書いている。


 可愛いなオイ!


「わかったのか!?」

「詳しく教えてくれ」

「頼む、俺の仲間に被害者がいるんだ」


 組織と聞いて周りが騒めく。能力を奪われた被害者は日に日に増えていた。

 あれから俺も調べて見たが(ほとんど御崎が)、襲われて気づけば失っていたパターンと、どこかに連れて行かれたパターンがある。

 どうやら、『BOSS』と呼ばれた人だけしかスキルを奪えないとのことだった。


 その質問に、ミリアの横に座っていた小野真弓おのまゆみさんが資料を読み上げようと立ち上がる。

 彼女は探索者協会の古参で、主に外交を担当しているらしいが、この件でミリアの秘書のように頑張ってくれているらしい。

 ちなみに綺麗なボンキュッボンのお姉さん!


「組織の名前は『盗賊バンディート』、犯罪や命令違反で資格を取り上げられた元探索者で構成されています。ご存じだと思いますが、『BOSS』と呼ばれる男に能力者を献上すれば、能力スキルに応じてお金が支払われる。その金額が莫大なので、ネズミ講のように手下が増えてるのです」


 この情報は、相手の一人を捕まえて聞き出したらしい。

 だがなんとそいつは尋問中に息絶えたとのことだ。理由はわからないが、それも誰かの能力の一つだろうとなった。


 探索者協会は警察のような法組織ではないが、能力に唯一対抗できる団体でもある。法的な制約はまだ弱いが、警察からも一目置かれていて、非合法なことも割と見逃されていたりするらしい。

 噂では上と上が繋がっているとのことだが、法を犯した人間を裁く為なら多少忖度してもいいだろうと俺も思っている。とはいえ権力を持ちすぎるのは危ないだろうけど。


「それでどうしたらいいんだ? 対抗策は?」


 『A級、荒野のオアシス』


 頭に毛が一本生えているが、これが……オアシスなのだろうか。

 いや、流石にそれはないか。みんな能力者だもんな。それに付随しているだろう。

 でも、なんで毛を剃らないんだろう。やっぱりオアシス?


「今のところ明確な対抗策はありません。ですが、一人でいるところを襲われている事が多いです。まずは気を付けるように徹底してください。既にほかの探索者には伝えていますが、資格を持っていない人たちにも当分はスキルを見せないようにとお願いします」


 ミリアの言葉でハッとなる。探索者でなくてもスキルを持っている人はいる。

 一番危険なのはそういった一般人だろう。


「そしてあなた達を呼んだのには理由があります」


 全員が顔を見合わせる。いや、魔物・・に注目した。

 同時に様々な鳴き声が聞こえる。


「キュウ!」

「ギギギギ!?」

「ピピッ」

「ギャギャッ、ピイース」

「ンウンヌンウグウ」

「ワンワン!」

「ナンデヤネン!」

「ニャンニャン!」


 ここにいる人たちは、魔物をテイムして戦っている人たちばかりだ。

 フェニックス、ゴブリン、フェンリル、ガーゴイル、大阪人?、ニャン子。


 そうか、そういうことか。


「BOSSは、魔物の能力は奪えない」

「そう、山城の言う通りです。もしそれができれば、わざわざ人間を狙う必要がないからです。だからこそ、あなた達が一番の対抗手段となりえるのです」


「なるほどな、それで俺のビーバーくんの出番ってわけか」


 カリカリの魔術師が、肩に乗せた小さな前歯が出ているビーバーくんを撫でる。

 筋肉×小動物=正義ジャスティス!

 もしかしてカリカリって、前歯のことか。


 てか「ナンデヤネン」って言ってるやつがいた気がするが、気のせいか?


「ただし諸刃の剣でもあります。テイムできるということは、能力が奪われた瞬間、根本から覆されたりすることも」


 ミリアが俺に視線を向ける。おもちのような特例は俺ぐらいだろうが、確かに危険だ。

 炎耐性(極)が奪われれば大変なことになる。


「もし『BOSS』を見つけた場合、魔物が彼らの弱点だということを理解しておいてください」


 最後に真弓さんが静かに言った。俺たちは皆魔物を見つめて、ゆっくりと愛情深くうなずく。

 それから細かい話もあったが、ほどなくして会議は終わった。


 ◇


 帰宅しながら雨流と話していた。いつもは明るい雨流も、今日はずっと真剣な表情でミリアの話を聞いていた。

 色々と思うところもあるんだろう。


「しかし雨流、ミリアがあんなに偉かったとは知らなかった。そこまで古参ってほどでもないんだろ? 大出世したってことか?」

「お姉ちゃんが探索者になって上を目指したのも……全部私のためなの。一人じゃ危ないでしょって……それで、必死に」


 悲しいような、嬉しいような表情を浮かべる。

 なるほど、まったく、とことん妹想いなやつだ。


「まあとにかく気を付けよう。おもち、俺たちなら勝てると思うが、油断はするなよ」

「キュウ!」

「おもちは私が守るからねっ、ぎゅっー」


 雨流がおもちを抱きしめる。なんだか俺も早く御崎に会いたくなった。


 そして家の近くまで来た時、雨流が突然、足を止める。


「どうした?」

「感じたことのない魔力を感じる。――みーちゃん!!!」


 次の瞬間、雨流は思い切り駆けた。驚いたことに、俺の炎の充填と同じくらいの速度だ。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「おもち、いくぞ!」


 不安を感じて雨流に続く。

 家まで辿り着くと、玄関が開いていたが、雨流が開けたとは思えない。


 なぜなら、ドアが歪んでいるからだ。


 血の気が引いて、心臓が鼓動する。


 御崎――!


 靴のまま勢いよく上がると、リビングから叫び声が聞こえた。


 嘘だろ……やめてくれ。嫌だ、いやだ――


「御崎! 大丈――」

「え? おかえり、阿鳥」

「……え?」

「がうううううう」

「ぷいにゅ!」


「や、やめてくれええ!」

「ひ、ひいい、すまねええ」


 そこにいたのは、空中で逆さづりにされた強面の男二人だった。

 覆面をしていたのだろうが、既にマスクはグミとおもちの手によって引きちぎられている。

 雨流も隣でぽかんとしていた。


 脳裏にミリアの発言が過る『盗賊バンディート』――。


「や、やめてくれえ! そいつらを近づけさせないでくれえ!」


 田所とグミにやられたのだろう。片方は足に火傷を負っているし、もう一人は噛まれた跡がある。


「何が目的? お金? それとも――能力スキル?」

「ひ、ひいい!」


「御崎、俺に任せてくれ」


 俺は二人の足と腕を掴んだ。

 正直、かなり怒っている。


「俺の質問に偽りなく答えろ」

「な、何でも話す!」

「お前らは盗賊バンディートか?」


 しかし男たちは、「ち、違う! 金を盗もうと――」と叫んだ。


 俺は手の平の充填を少し解除させる。次第に肉の焦げた音と匂いが香る。


「ぎゃああああああああああ」

「何やってんの阿鳥!? そこまでしなくても!?」


 許せなかった。家を壊したことじゃない、御崎に危険な思いをさせたことをだ。

 ……下手したら死んでいた可能性だってある。


 強盗? そんな偶然ありえるわけがない。


 本当のことを話すまで――やってやる。


「次に嘘をついたらお前の足を一本もらう」

「阿鳥、本気で言ってるの!?」

「ああ」


 御崎が必死に止めるが、俺は本気だった。


「わ、わかった言うよ!」

「お、おい!? やめろいうな!」


 それが伝わったのか、片方の男が観念した。


「お、俺たちはBOSSの命令でここへ来た。お前の炎耐性を奪えって!」

「……何でスキルを知ってる? いや、違うな。なぜ家がわかった?」

「そ、それは……」


 ジュッと、音が響き渡る。


「ぎゃああああ。た、探索者がいるんだよ! それで、今日会議があるからって! じゅ、住所も渡された!」


 ……最悪な答えだった。ほんの少し頭をよぎった。


 つまり俺たちの仲間に、スパイがいるということだ。


 問いただしてみたがこいつらはスカウトされただけで、BOSSの正体も知らないという。


 さっそく雨流の姉に連絡し、男たちは連れて行かれた。


「山城、ありがとうございます。スパイだなんて……全部、私のせいです……。御崎さんもごめんなさい」

「大丈夫よ、ミリアさんは何も悪くない。悪いのは盗賊バンディードだわ」

「ああ、それにのんびり構えてられなくなったな」


 家がバレている以上、早めに決着をつけなければならない。


 御崎を一人暮らしだ。このまま帰らせるのも怖かったので、ベッドや毛布を移動させ、今日は安全なミニグルメダンジョンで眠ることにした。

 入口はドラちゃんがバリア魔法と感知魔法を張ってくれたので、容易く侵入が出来ない上に、まず入れないとのこと。


 雨流の寝息が聞こえてきても俺はなかなか眠れなかった。

 次は手練れが来ないとも限らない。


 ダンジョンの中にある岩に腰掛けていたら、御崎が声をかけてきた。


「眠れないの?」

「ああ、御崎はゆっくり眠っててくれ」

「ありがと。それより今日、どうしたの? いつもとその……様子が……違うかったから」


 おそらくだが、俺が侵入者に拷問したことだろう。


「何も変わらない……あれが本当の俺だ」

「どういうこと?」


 幼い頃、親がいないことを馬鹿にされ、よくいじめられていた。だがある日、強くなろうと決意した。その結果、俺は暴力を覚えた。

 次第に悪い連中と仲良くなって、悪いことに手を染めて、クズみたいな不良だった。


 大人になって表面上は落ち着いたかもしれないが、本質的にはそうじゃない。

 仲間を傷つけられたら……加減が出来ない……。


「阿鳥、あなたはいつも恰好いいわ。もちろん、今日も。でも、やりすぎたらダメよ。私は弱くない、それにセナちゃんやおもちゃんたちもいるの。だから、もっと頼ってほしい」

「……わかった」


 御崎との距離が、近くなっていく。

 ほんと、綺麗な顔しているよな。


「阿鳥……」

「……頬は大丈夫か?」

「え? 頬?」

「赤くなってる。殴られたのか? ほら、腫れてるみたいだ」

 

 そっと頬を撫でる。とても痛そうだ。


「これ……チークなんだけど。腫れてもないんだけど。一発も殴られてもないんだけど」

「え?」

「……なんでそう思ったの?」

「すみません、間違えました」


 せっかくのムードが台無しになったので、反省しました僕。


 ◇


「今日は一緒に寝ていい?」


 みんなを信頼して寝ようとしたら、御崎が言った。

 肩が震えている。そりゃそうだよな、怖いに決まってる。


「ああ」

 

 簡易ベッドの上の布団を敷いて、背中合わせて横になる。


 ……って、よく考えたらこの状況ヤバいな。


 冷静になった途端、自分の心臓の音が聞こえてくる。

 後ろには御崎の吐息。。


 次の瞬間、ぎゅっと御崎が抱き着いてくる。


 そ、そんな!? 雨流もいるし、みんないるんだけど!?


 そういうのもありか!? ありなのか!?


「阿鳥」

「え、ええと!?」

「むにゃむにゃ……ありがと……たすけてくれて……」

「へ?」


 御崎はどうやら眠っているみたいだ。まさか感謝の言葉を寝言で言われるとは。


 そして俺を抱き枕にしてしまい、身動きがまったく取れなくなった。


 いや、取れるのだが、起こしてしまいそう。


「……おやすみ」


 できるだけ動かないように、静かに目を閉じた。



 明日からは狩られる側じゃない。

 


 狩る側だ。


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