94話 山城阿鳥、一世一代の大勝負、待ち合わせ編。
初めて彼女のことを意識したのは、恥ずかしながら彼女が入社した瞬間だった、
一応、同期という扱いだが、細かく言えば俺のほうが数ヵ月だけ先輩である。
なぜちょっと遅れて入社したのかは忘れたが、引っ越しとか、そんな事だった気がするが、まあそこはいいだろう。
『よろしくお願いします、業界は未経験ですが、やる気はあるので頑張ります』
屈託ないのない笑み、綺麗な長い黒髪、モデルようなスーツの着こなし、全てが完璧に思えた。
もちろんそう思ったのは俺だけじゃないだろう。男たちはみんな嬉しそうだったからだ。
女神が来た、そんな噂も流れた。
だが女神は女神でも、彼女はかなり気が強い女神だった。
大事なことなのでもう一度言おう。
気が強い。
『これ、おかしくないですか?』
『これ、もっと効率よくできますよね?』
『私これ、ちょっと言ってきます』
目がハートになった男たちの前でも猫を被ることなく、彼女はおかしいと思ったこと全てに強気で突っ込んでくる。
間違いを間違いだと言うのは難しい。それは誰だって知っているだろう。
だが彼女は違った。
優秀な成績でメキメキと頭角を現し、すぐにトップクラスの仲間入りになった。
なぜこの職場に来たのかわからないほどに高学歴だったことも驚いたことの一つだ。
その途中で社長が変わってブラック企業に真っ逆さま。
勿論彼女を狙う男性は多かった。
仕事終わりにご飯行かないか、とか休みの日、と、何度もアプローチされているのを見た。
だけど軒並み断れていて、会社の飲み会にしか参加しないくらいに男に興味がない仕事人間、だとすぐにわかった。
そんな時、俺は残業終わりに何気なく彼女を飲みに誘った。
下心なんてなかった、ただ、お疲れ様、という意味でだ。
直後に気づく。ああ、そういえば。 と思い出す。
ハッキリと「ごめんなさい」とはやっぱり言われたくなかった。
俺は彼女を尊敬していたし、そういう目線で見ているんだと思われたくなかった。
慌てて訂正しようとしたが、
『いいですよ、行きましょうか』
と、彼女は言った。
あの日、あの夜、何を飲んだのか、何を話したのか、正直全く覚えていない。
唯一覚えているのは、本当に楽しかった、という記憶だけだ。
それから何度か飲みにいって、お昼をよく食べるようになった。
思えばあの時から、俺は
それから色々あって、俺は毎日といっていほど彼女といる。
そして俺のポケットには今、とっても大事なものが入っている。
御崎と――かぞ――。
「阿鳥、聞こえてる?」
「ん、あ、ああ!? 御崎、いつのまに!?」
待ち合わせ場所の駅近くで待っていると、いつの間にか目の前に立っていた。
びっくりしすぎて後ずさりしてしまう。
「ビビり過ぎでしょ……。お待たせ―って言ったけど、なんか上の空だったから」
「い、色々と考えことをしてたんだ」
「ふうん? で、めずらしいじゃない。行く場所も何するのかも秘密って、そんなサプライズする人だったっけ?」
気づかない程度に、右ポケットのふくらみの部分を、ぽんっと叩く。
頑張れ――俺――。
「ま、まあな」
頬が赤くなっているかもしれない。炎耐性(極)はキチンと働いているだろうか。
御崎の服にふと視線を向けると――驚いた。
俺が、彼女の誕生日にプレゼントしたものだ。
買うのにめちゃくちゃ悩んだことを覚えている。なんか変に距離を取られたらどうしようかなって、一時間ぐらい店を行ったり来たりした。
――ああ、嬉しいな。
「似合ってるよ、その服。流石俺が選んだやつだな」
「あら、ちゃんと覚えてるんだ?」
「当たり前だろ……。よし、じゃあ行こうぜ。ちゃんとお腹空かせてきたよな?」
「あ、ごめん……、なーんて、うそ。お腹空いたー!」
「じゃあ、行こうか」
どうやら緊張耐性は覚えられないらしい。
さて、今日は頑張るぞ。
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