22話 畑仕事は汗水を流して、共同作業で行うが良し。

「すごーい! ひろーい! おもち、田所、おいでーっ!」

「キュウキュウ♪」

「ぷいぷいーっ!」


 庭に出来たミニグルメダンジョン、その利用を申請する為にダンジョン管理委員会に連絡した。

 それから後日、危険性の確認をする必要があるので、人を送るとのことだった。


 だが現れたのは、S級探索者の雨流・セナ・メルエットと、その執事である佐藤・ヴィル・エンヴァルトさんだった。


「なんで雨流コイツが……」


 呆れて声を漏らす。御崎は管理手続きの為に、直接委員会に出向いてもらっているので留守だ。


「魔物については私たちが一番よく知っています。なので、手の空いたS級、もしくはA級が行うことになってるんですよ」

「まあ、理屈はわかるけど……佐藤さんはともかく、雨流はちゃんと見てくれてるのか?」


 佐藤さん、ヴィルさん、いやエンヴァルトさんがふっと微笑む。


「確かに以前の行いは少々悪戯が過ぎましたが、本来は真面目なお方です。それにセナ様は魔力に敏感なので、あれだけ無邪気に遊んでいるという事は、何も問題はないでしょう」

「ま、おもちと田所も喜んでるし、別にいいんだけどね。ただ、もうあんなことにはならないように見張っといてくれよ」

「固く約束させて頂きます」


 深々と頭を下げる佐藤さん。

 てか、この人もS級だったらしい。世界で数十人しかいないんじゃないのか? そんなホイホイ出て来ていいのか……?

 どんなスキル持ってるのか聞きたい、ちょー聞きたい。でも、失礼に当たるって聞いたことがあるからなあ……。


「それでダンジョンの申請は降りそう?」

「問題ありません。むしろフェニックスやファイアスライムの住環境としてこれほど安全な施設もないでしょう。運動も出来ますし、何かあった時の避難場所としても最適です」


 ひとまずほっと胸を撫でおろす。俺もあれから色々調べて見たが、政府から立ち退きを命じられる、なんてケースもあるらしい。

 そうなった場合、叔父からもらったこの家を引き取ることになっていたので、それは嫌だった。


「しかしなんで出来たのかわかるかな? 食材を庭に放置していたら出来る、なんて普通ありえるのか?」

「ダンジョンについては未だにわからない事のほうが多いのが現状です。といっても、この家にはおもちさんや田所さんがいらっしゃいますので、全くの無関係とは思えませんね」

「とはいえ、何もわからないってことか」

「残念ながらさようでございます」


 ま、雨流もおもちや田所も楽しそうだし、最高の形っちゃ形か。


「あれ? なんでセナちゃんとヴィルさんが?」


 そのとき、御崎が戻ってきた。

 手には大量の袋を抱えている。


「一堂様、またお会いできて恐悦至極に存じます」

「お帰り、早かったんだな。どうだった?」

「書類を事前に用意してたから早かったよ。あと、頼まれたもの買ってきたけど」

「さんきゅっ――ってええええええ」


 俺は御崎から袋を受け取ると、あまりの重さにその場で倒れそうになる。


「ぐぎぎぎぎぎ、重っ!」

「スキルで軽くしてたからね、あ、ヴィルさんもありがとうございます」

「力仕事は男性の仕事ですので」


 横目でひょうひょうと持ち上げる佐藤さん。うーん、やっぱりS級は違うのか。

 それから御崎に二人が来た理由を話すと、縁があるねえと呟いた。


 縁か……。だったら最大限利用させてもらおう。


「さんねーん、魔物組ー! 全員集合! ぴぴーっ!」

「キュウ?」

「ぷいっ?」

「なになにーっ?」


 金七先生ばりに前髪をかき上げて叫ぶ。

 その時、荷物を取り出したヴィルさんが、ふと微笑む。


「なるほど、これは面白いですね」

「以前の借りを貸してもらおう。最初が肝心なんでな」


 俺は取り出した小さめのくわを、雨流に手渡した。

 彼女は首を傾げて「なにこれ?」と呟く。


「阿鳥家庭菜園の第一歩だ」


 ◇


『なにこれ、どういう状況?』『セナちゃん回w』『なんでみんな一直線で並んでくわを構えてるの?』

『ここどこ? なにこれ?』『説明はよw』『ミサキかわいい』『ダンジョン?』


 せっかくだからと、御崎に配信をお願いした。

 コメントの対応もしつつ、庭にミニグルメダンジョンが出来た事を説明すると、皆驚いていた。


『すげえw そんなことあるの?』『チョコレート食べ放題だあああ!』『楽しそう、でも今から何するんだ?』


 今から行うことを説明しようと思ったが、もう既にくわを構えている。

 だったら、行動で見せた方がはやい。


「お前ら、アトリリーダーに続け!」

「キュウキュウ!」

「ぷいにゃー!」

「畏まりました」


 いい返事をするおもちと田所、あと佐藤さん。

 だが不満そうな二人。


「おもちと遊んでたかったのにいいー!」

「私は経理担当なんだけど……」


 タイトスカートでくわを持っているミサキは意外に可愛い。

 だが雨流、君だけは我儘を言う資格はないぞっ。


『もしかして……これは……』『始まるぞ! 掛け声の準備だ!』『一直線に並ぶ理由はないだろww』


 コメントをよそに、くわを大きく振りかぶる。

 おじいちゃんの畑を手伝っていたという素晴らしい知識をフル稼働。そう、手伝っていただけだが。


「はい、せーのっ! 1っ! 2っ! 3っ!」


 俺の掛け声で、皆で一斉に土を耕やしはじめる。その絵面はかなりシュールらしく、コメントも盛り上がっていた。


『面白いww』『S級がクワもって農業?w』『アトリ、お前、偉くなったな……!』

『おもちの知能レベルどうなってんだ。可愛すぎるだろ』『田所の体にクワが入り込んでる』


 農業は甘くない。汗水流して一生懸命でようやく実がなるのだ。

 初心者の俺たちが初めから成功するとは思えない。だが、皆で力を合わせれば可能性はある。


「掛け声が小さいぞ!」

「キュウ!」「ぷいっ!」「これはなかなか堪えますね」「もおおっ経理担当なのにい」「しんどいよお……」


 うん、チームワークバラバラだな。


『ダメンジャーズw』『とりあえず眺めとくか』『本人たちが楽しそうならよし』『おもちが可愛ければよし』


 疲れがくると、流石に無言が続いた。御崎はスキルを使いたいと言ったが、俺が却下する。

 決して楽をしてはいけない。


 雨流もスキルを使いたいといったが、よくわからないし怖いので却下した。

 佐藤さんは楽しいと言っていた。この人のことは好きだ。

 おもちと田所は後半泣いていた。魔物も頑張ればしんどいらしい。ごめん。


 

 そうして数時間後、人数のおかげと、そこまで大きくないということもあって立派に土を耕すことができた。


 視聴者に阿鳥家庭菜園を作っていずれは販売したいということを説明。コメントは更に加速した。

 気づけば登録者数は十万人を超えており、同接は現在、5万人だ。約半分の人がリアルタイムで見ているのだから驚いた。


『魔物がいたら災害だったけどいないから利用するってことか』『にしてもそれが畑ってw 斜め上の発想杉w』

『立ってるものはS級でも使え』『ミニグルメダンジョンの需要凄そう』


 中には農業に詳しい人もいて、肥料だったり、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと色々と教えてもらった。

 そのおかげもあって、随分と楽だった。畑は広場の端なので、おもちや田所が遊ぶスペースはきちんと確保されている。


「も、もう動けない……」

「私も……ダメ」


 どさっとその場で座り込む雨流と御崎。そういえば雨流は子供だった。流石にやりすぎたか? と思ったが、おもちを奪おうとしていたことを考えるとこのくらいはいいだろう。うん、いいだろう。


 そして疲れ果てたので、配信も終えることにした。


『ありがとう、今日も楽しかった』『これからの畑に期待!』『コンテンツが増えていくのはいいね』

『セナちゃんと佐藤さんの質問コーナーもしてくれ』『いいね、全員分よろしく』


 質問コーナーか……、なんか楽しそうだな。いつかやってみよう。


 その場に倒れ込むと、佐藤さんが声をかけてくれた。


「山城様、お疲れ様でした」

「いや、こちらこそ。佐藤さんがいたおかげでなんとかチームワークが保てましたよ」

「そう言っていただけると来たかいがありました。しかし、ミニグルメダンジョン、楽しくなりそうですね」

「ひょんなことからって感じだが、上手くいってくれるといいんだがなあ」

 

 俺たちは満身創痍だが、佐藤さんは息一つ切らしていない。何気に一番すごいんじゃないのか?

 そういえば、テレビでも返り血一つなかったもんな……。


「それにセナ様が大人しく言う事を聞くのはめずらしいです。阿鳥様に対して申し訳ないという気持ちと、信頼しているからだと思います。きちんと叱ってくれる人はあまりいませんので」

「そうなのか? でも、あれだけ我儘だと親に怒られたりするだろ」

「……ご両親はいらっしゃらないんです。色々複雑なんですが、養子なので一切身内はいません」

「なるほど……」


 それ以上は聞けなかった。子供がS級で探索者になるだなんて、普通ではありえない。

 佐藤さんは随分親しいみたいだが、それでも家族ではない。

 いずれ話を聞いてみたいが、ゆっくりでいいだろう。


 もっと仲良くなって、俺たちの心が縮まった時に聞いてみよう。


 ……後、ねえどんなスキル使ってるの? はあはあって、聞きたい。

 もうなんだったらすぐに聞きたいけど。我慢我慢。


「よし、じゃあ身体も汚れちまったし、皆でマモワールドいくか。俺がおごってやるぜ」

「キュウキュウ♪」

「ぷいにゅー!」


 御崎も喜んでいたが、雨流は首を傾げる。


「マモワールドって?」

「ふふふ、きっとセナちゃんも楽しいと思うよ。むぎゅー」

「はわわ、御崎さん!?」


 雨流をぎゅーと抱きしめる御崎。姉妹か、それとも親子か――いやこれは殺されるからやめておこう。


 この後、俺たちはマモワールドへ行ったのだが、おもちと田所の人気が凄まじく、更に雨流と佐藤さんがS級ということがバレてしまい、もの凄く大変なことになったのだが、これはまた別のお話。




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