第5話 一堂御崎

「おもち……再生回数、とんでもないことになってるぞ」

「キュウ?」


 昨晩のおもちとの生配信をアップロードしていたのだが、コメントや再生回数が凄まじかった。

 初日でこれは上々じゃないか?


 収益化ってのもしないといけないらしいが、ひとまず大成功としていいだろう。


 ただ、コメントで『おもち可愛すぎるけど、主いる?』みたいなのがあってちょっとショックだった。

 いや好意的なほうが多いんだけどね。


「ツンツン」

「ありがとう、おもちは俺の気持ちをいつもわかってくれるね」


 時計を見ると既に7時を回っている。休みも終わりなので、仕事に行かなければならない。


「おもち、ご飯は置いとくから好きに過ごしてくれ。ただ、外は出ないでくれよ」


 コクコクと頷くおもち。まあ、大丈夫だろう。


 行ってきます!


 ◇


「ぐがあああああああああああ、疲れた」


 午後になって休憩室の机に突っ伏すと自然と声が出る。

 なんだこの仕事の量? ありえなくないか?


「あー! いー! うー! えー! おー!」


 その横で同じように叫んでるのは、同期の一堂御崎いちどうみさき

 発生練習ではなく、ストレス解消だと本人はよく言っているが、俺よりもうるさい。


 ちなみに見た目は黒髪ロング、スタイル抜群で可愛い。

 モデルも出来そうなのに、なぜかこの仕事をやっている。ただ、性格は変人。


「なあ、御崎」

「ううー、なあにー……。会話すると体力奪われるんだけどー」


 俺と同じで、随分とお疲れの様子。というか、この会社にいる人で元気なやつはいない。


「わかった」

「……気になるでしょ」

「いや、いいや」

「はよ言わんかいっ!」

「元気いっぱいじゃねえか……。御崎はいつまでこの仕事続けるんだ? 俺と違っていくらでも働き口あるだろ?」


 御崎はさらに高学歴だ。それなのになぜここにいるのか(二回目)。


「じゃあ、阿鳥は?」

「質問を質問で返すなよ」

「答えてよ」


 なぜか真剣な表情で俺を見つめる。こういうところが、昔からよくわかんないんだよな。


「後輩にまだ仕事も教えないといけないし、今ある仕事を放りだすのもな。もう少し後かな、まあでも、本当にもう少し」

「……ほんとバカ」

「ん? 今、バカって言わなかったか?」

「バカでしょ。阿鳥っていつも自分のこと優先しないよね。口を開けば誰かのために~って」

「そうか? うーん、そうか?」

「そう、じゃあ仕事に戻るね」

「おい、俺の質問は?」


 御崎は俺を無視していく。まったく、あいつも責任感強い癖に。


「……阿鳥がいるからいるに決まってるでしょ」


 去り際、なんか言っていた気がするが、ボソリとしていて聞こえなかった。


 仕事に戻って書類を片付けていると、昼過ぎにうちの社長が現れた。

 出勤時間なんてあってないようなもので、いつも気分でふらっと現れる。


「うす、やっとるかーお前ら」


 そのくせ誰よりも早く帰るので人望はない。ないない尽くしの社長だが、金はある。

 まあ全部、先代社長のおかげだが。


「おはようございます、社長」

「おーう、阿鳥、相変わらずボケっとしてんなー。ん、御崎ちゃんは可愛いねえ、そういえば得意先の接待、場所決めてくれたの?」

「随分と前にメールを送らせていただきましたが」

「そんなの見てないし、気づかないよ。何通メール来ると思ってるの? 電話、してよ、で・ん・わ」


 社長はまず男社員に対して軽い暴言を吐き、次に御崎に対してちょっかいをかけにいくのがルーティン。

 いつもセクハラまがいの言葉をかけているので気になっているが、御崎も弱い女ではないので適当にあしらっている。


 だが今日ばかりはなんだか様子が変だ。

 この匂い……社長こいつマジか?


「御崎ちゃーん、ねえ、聞いてるぅ?」

「社長、もしかして……お酒飲んできたんですか?」


 御崎の言う通りだ。ありえねえ……。ぷんぷんとオフィスに漂っている。

 後輩たちも顔を歪めていた。


「違う、違うよお。昨日は接待でねえ、それが残ってるんだよ。だったら、とりあえず水、水持ってきて、ほーらっ」

「肩を触らないでもらえますか。それ、セクハラですよ」

「セクハラっていうは、こういう――」

「社長、流石にやりすぎです」


 あろうことか社長は、御崎の胸に手をかけそうになった。

 それに気付いた俺は、社長の手を掴む。


「おい阿鳥、何だこの手?」

「水は俺がいれるんで、社長室で待っていてください」

「あ? てめえ、なんだその生意気な口はよお?」


 しかし俺は一歩も引かなかった。社長は舌打ちをする。


「ちっ、急いで持ってこいよ。阿呆あほう鳥」


 俺の肩をポンポンと叩いて去って行く。殴られでもしたら流石に辞めてやるところだったが……そのあたりのラインは絶妙に理解してやがる。


「ねえ、なんで助けたの?」

「俺が我慢できなかっただけだ」

「別に私一人でも対処できたのに」

「そうか、悪かったな」

「……ありがと」


 めずらしく御崎にお礼を言われた。しかし、本当になんでこの仕事を続けてるのかはわからない(三回目)。


 ◇


「失礼します」


 約束通り水を置いて社長室に入る。すぐに出て行こうとしたら、引き留められた。


「阿鳥、お前ダンジョンに行ったことあるかあ?」

「……はい? ないですけど」

「ったく、お前はとことん使えないやつだなあ。せっかく取引先がダンジョン事業で買い取り業始めたのに、どいつもこいつもボンクラじゃねえか」

「それって、広告業をしているうちと関係ありますか?」

「バカだなお前は。取引先からノウハウをパクればそのまま別で使えるだろ。いい加減その脳みそ変えてこい」


 自分もダンジョンに行ったことない癖に……。


「そういえば御崎のやつ、スキルかなんか持ってるっていってたよなあ。後で履歴書見直してみるか。なんだ? 何時までいるんだ? とっとと消えろ」

「わかりました」


 ……あいつ、御崎に行かせるつもりか? それは流石に……。

 オフィスに戻ってみたが、彼女はもういなかった。おそらく仕事先に営業に出かけたんだろう。

 電話でメッセージを残しておいたが、連絡はない。


「あいつ、スキルなんて持ってたのか」


 ますます変だ。何かはわからないが、普通スキル持ちは優遇されるので引く手あまたのはずだ。ただ(俺の炎耐性(極)は別)。

 本当になんでこの仕事を続けてるのかはわからない(四回目)。



 仕事を終えて自宅に戻る前、コンビニでうどんを大量に購入した。

 おもちのことを考えると、思わず頬が緩む。


「めちゃくちゃ喜ぶだろうなあ」


 しかし、ドアの鍵を開けようとしたら、中から音が聞こえた。

 なんだか、悲鳴のような声だ。


 ドアノブをひねると、鍵が開いていた。


「おもち!?」


 めずらしい魔物は、たとえテイムされていたとしても高値で取引されていると聞く。

 もしかして、おもちが!?

 不安で心臓が高鳴る。


 次の瞬間――。


「あっはは、ほらほら♪ ほいっ♪ わーぱちぱち♪」

「キュウ♪」


 だがそこにいたのは、スーツ姿のまま上がり込み、チーズをおもちにあげている御崎だった。


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