35話 耐性を確認、条件が満たされました。

 苦しい、苦しい、苦しい――。


 心のどこかに隙間があった。


 この面子なら何とかなるだろうと。


 だが、そんなことはなかった。


 薄れゆく意識の中で、俺は後悔していた――。


 ◇


 一時間前――。


「ピイイイイイイ!」


 おもちの炎のブレスが、スパイダービーツと呼ばれるどでかいクモを焼き払った。


『一撃粉砕!』『強すぎる』『蹂躙火山じゅうりんかざん』『最・強!』


 クモは一撃で絶命し、御崎は嬉しそうに魔石を取り出す。


「大量、大量、おもちゃん強いねえ」

「キュウキュウ」

「いや、強すぎだろ……」


 ここは既に十層、わかっていたことだが、ほとんどの魔物は相手にならない。

 おもちのブレスで一撃か、田所の体当たり、もしくは田所ソードで一撃粉砕だ。


「強いねー! 簡単だー!」

「まあ、簡単……だな」


 しかし心配は拭えなかった。

 苦労をしないということは、何かあった時にどうしても油断してしまうからだ。


 命は一つしかない。油断はできな――。


「ピイイイイイイイイ!」


 あ、また二体死んだ。


『進め進め―』『倒せ倒せー』『最下層までいっちまえー』


 うーん、やっぱり簡単か……?


 そして御崎は小さな鞄を持っている。

 ポイポイ魔石をいれていくが、これは大和会社から譲ってもらった”魔法袋アイテムバック”だ。


 とあるダンジョン産のもので、中に魔力が埋め込まれている。。

 通常の鞄よりも多く荷物が入るので、魔石や荷物を入れておけるのだ。


 といっても、最近の御崎は普段から愛用しているが。


「ねえアトリ、これって」


 魔石を拾っていた御崎が、目の前の何かに気づく。

 前にに目を向けると、螺旋階段があった。覗き込むと下へと続く道だ。

 底は暗くて見えない。


「これはやばそうだな……」


『暗すぎて怖いな』『物を落として確認は?』『確かにありあり』


 視聴者さんのアイディア通りに石を落としてみると、少ししてからコンっと音が聞こえた。

 どうやら思ったよりは浅いらしい。


「どうする?」

「魔石の集まりはどうだ?」

「数は多いけど、大きさはそれほどでもないかも。ドラちゃんが言っていた感じだと、少し大きいのがあれば……」

「そうだよな……」


 ここへ来たのはミニグルメダンジョンを安定させるためだ。

 ちなみにB級以上のダンジョン入場は政府が仕切っているので、入場にそれほど安くない金額もかかっている。


 相談した結果、もう少し進もうとなった。

 もちろん気を付けた上で。


「俺が先頭、おもちは上から様子を見ながら異変が起きたら教えてくれ。田所は御崎の頭の上で、何かあったら擬態で臨機応変に頼む。それで、御崎は最後だ」

「わかった。気を付けてね、阿鳥」

「ああ、楽しいダンジョン配信だからな。ピンチは誰も望んでないだろ」


 覚悟を決めて、階段をゆっくり下って行く。

 どこからか水の音が聞こえている。


 足音は響いているが、魔物が現れる様子はない。


『緊張感があるw』『こええええ』『これぞダンジョンって感じだな』


 視聴者のみんなも固唾を飲んでいるのか、コメントも普段より穏やかだ。


 そして中盤に差し掛かった時、今まで歩いてきたはずの上から何か音が聞こえた。

 ガコンガコンと、石がぶつかるような音だ。


「なんだ!?」


 急いで上を見上げると、階段だったはずの段差が、綺麗に平らになっていっていく。

 まるで滑り台のように滑らかに変化しているのだ。


「嘘でしょ……」

「おいっっっ! 走るぞ!」


 恐怖から声を漏らしながらも、思い切り叫んだ。


『やべえええ逃げてくれえええ』『罠だったんだ、はやく!』『怖い怖い怖い』


 同時に壁からおもちを狙っているかのような魔力の光が、壁から放たれている。

 何かしら飛んでいるものに狙っているのだろう。

 おもちはそのすべてを回避しているが、俺たちを見ている余裕がなく下降していく。


「クソ、これじゃ間に合わねえ――」

「きゃあああああああ」


 やがて階段が全て滑り台のようになると、俺と御崎は抗う事もできずに転がっていく――。


「田所、御崎を頼んだぞ!」

「わかったー!!!」

「ちょっと、アトリどうするのよ――」


 地面に槍でも刺さってたらアウトだが、少なくとも御崎は助かるだろう。

 とはいえ、そんなことはあってほしくないが――!?


「水!? いや、川だ!」


 次の瞬間、俺たちはドボンと水の中に入った。

 身体が沈んでいくと同時に、流れが凄くて顔を出すのでやっとだ。


 おもちはビームの光を避けるので精一杯だ。


「おもち、俺のことはいい! 御崎を見ててくれ!」

「キュウ……キュウウウウウウ!」


 溺れかけた状態で御崎に目をやると、田所が浮き輪に擬態していた。だが波が早くて流されてしまう。

 するとおもちが、俺の言う通りに御崎を田所ごと嘴で引っ張ろうとしている。


「頼んだぞ!!!」

「おもちゃん、アトリが!」


 やがて流れに抗うことできなくなり、身体が沈んでいく。


「く……」


 苦しい、苦しい、苦しい――。


 油断していたわけではないが、心のどこかに隙間があった。


 この面子なら何とかなるだろうと。


 薄れゆく意識の中で――。


 アナウンスが聞こえはじめた。


『耐性を確認、耐性を確認、条件が満たされました。新たなスキルを習得しますか?』


 なんだ……くそ……はいに決まってんだろうが!


『承認。水耐性(弱)を習得しました』

 

 くそ……なんだって? 


『承認。水耐性(中)を習得しました』


 何だ、身体が……。


『承認。水耐性(強)を習得しました』


 息が……、楽に……。


『承認。水耐性(極)を習得しました。続けてスキルを習得することが可能です』


 ああくそ、もうなんでもイエスだ!


『承認。水を”充水”することが可能になりました』


 次の瞬間、俺の体に新たな魔力が宿っていくのを感じた。

 赤いナニカと青いナニカが交わっていく。


 そして――。


「ゴホゴホっ……ふう、なんだ、なんで生きてたんだ……」


 長時間流され続けたあと、なんとか陸地に辿り着いた。

 地下の空洞のような場所だが、かなり広い。


 御崎の姿は当然ない。

 だがおもちと田所が居れば……流石に大丈夫だろう。いや、そうであってくれ……。


 少しだけ落ち着いたあと、頭に流れていたアナウンスを思い出す。


『水耐性(極)。水を”充水”』


 ……嘘だろ?

 俺のスキルは炎耐性(極)だ。ありとあらゆる炎を無効化、だがそれが進化した……?


「ははっ……まだまだわからねえことばっかりだな」


 思わず笑みを零した瞬間、ピチュンっと何かが飛んできた。

 それは魔力が込められた鋭いビームのようなもので、咄嗟に回避したが、地面が鋭くえぐれている。


「なっ――!?」


 ビームの方向、そこに目を向けると鱗が輝き、かぎづめが光る龍がそこにいた。

 背びれが動くと、まるで水が跳ねるように鱗から水が弾け飛ぶ。


 咄嗟に、神話のドラゴンを思い出した。

 いや――水の龍、水龍か!


「ガウウウウウ」

「クソ、水って相性最悪じゃねえか……」


 いや……ちょっと待てよ。


 俺さっき、水耐性(極)を習得したんじゃなかったっけか?


 

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