55話 若くしてマイホームを手に入れた山城阿鳥のモーニングルーティン。

「凄いな。雰囲気はそのままだが、細かいところが綺麗になってる」

「ほんと、これでのんびりできそうね」

「そ、そうだな。のんびりできるな」


 俺の家だが会社の事務所でもある。御崎の複雑な物言いに少し引っかかるものの、その言葉は飲み込んだ。

 希望通り外観は瓦の一軒家そのままだが、修繕がしっかりされている。

 完全オートロック完備で、草木で荒れ果てていた庭もしっかりと手入れがされていた。


 玄関を開けて中に入ると、おもち達を洗える簡易シャワー室が隣に付いている。

 足や汚れた身体を玄関で洗えるのは凄く良い。


「あーくん、おもちの足洗うねー!」

「ああ、頼むよ」


 ちなみに当然の如く雨流がいる。君、うちの子供だっけ?


 新しい木材を使ってくれたので、いい匂いがする。

 温泉でもそうだが、俺はやはり日本人気質、和が好きだ。


 一階は以前よりも二倍ほどのスペースがあり、キッチンはアイランド型、トイレは二つ、風呂も綺麗になったが、ほとんど温泉に入るだろう。


「がうう!」

「ああ、ここがグミたちの寝床だよ」


 一階には低いベッドが並んで置かれている。

 キングサイズなので、みんなで眠る事も可能だ。

 トイレもようやくウォシュレット、二階は俺の部屋、そして一応? 御崎の部屋もある。まあ、雨流はここで眠ると言っていたが。


「後日動画でルームツアーでもするか、今日は疲れたよ」

「そうね、私もすぐ寝よう……」


 これからは最高のライフが始まる。頑張るぞ!


 ◇


 それから数日後、快適な家、快適な温泉、快適な食事(ミニグルメダンジョン産)を手に入れた俺は――すっかりニートライフを満喫していた。


「ふう、お腹いっぱいだ……」


 朝食を食べた後は、綺麗な庭園を見ながらお茶を頂き、その後、縁側でお昼寝。

 これが俺の求めていたスローライフ! おもち布団も忘れないゾ! むぎゅっ!


「キュウ?」


 ――――

 ――

 ―


「阿鳥、起きて」

「むぐ?」


 目を覚ますと、おもちの羽根が頬に当たっていた。

 御崎が手におもちを抱えている。これは目覚めの羽根アタック。


「最近寝すぎじゃない?」

「朝早くに野菜の収穫やらなんやらしていると、眠くなるんだよな」


 ふわあああと欠伸をして目をを擦って時計を見ると、12時を回っていた。


「よし! もう一回寝るか――いてえ!?」

「ニートおじさんはもう終わりよ」

「なんで――お、もしかして許可が出たのか?」


 一枚の紙を手渡してくる御崎、それはA級ダンジョンの許可証だった。

 申請はしていたがようやく手に入ったのか。。


「B級の時よりも随分と大変だったわ。後、誓約書が鬼のようにあるから覚悟してね」


 チラリと見せてくれた書類には、政府指定の魔法具を発見した場合は持ち帰らないことや、死んでも責任は問わないみたいな探索協会からの文言が書かれていた。

 不安はあるが、それだけ良い魔法具もあるのだろう。


 英雄さんとの約束もあるし、何かいいものを見つけたい。

 

 ということで一気に気合が入った。顔をパンパンと叩いて、今までのんびりしていた気持ちに終止符を打つ。

 盗賊バンディードとの戦いで耐性は増えたが、何が起こるかなんてわからない。


 気合を入れて服を着替えようと立ち上がった。戦闘モード、山城阿鳥だ!


 だがその時、御崎をよく見ると何か違う。


 なんか、いつもより……化粧が丁寧だ。


 おかしいな、今からダンジョンに行くはずだろう?


「御崎、どうしたんだ」

「え? 何が?」

「いや、なんというか……いつもより綺麗だ」


 流石の俺も学習している。ここで化粧が濃いな、と言えば頬を思い切り殴られるのだ。

 そんなことは言わない。そう、俺も女心がわかってきた。阿鳥バージョン2とでも呼んでほしい。


「ふふふ、ありがと。人前に出るんだからこのくらいはね」


 なるほど、配信用か。確かに御崎の人気は日に日に上昇している。

 掲示板で彼女のことが大好きなおじさんがいるくらいだ。


 俺も身だしなみはしておこうかと洗面所に移動したら、雨流が鏡の前でおもち達のブラッシングをしていた。

 鼻歌を歌いながらご機嫌だ。


「みんな、キレイキレイにしようねー」

「キュウキュウ♪」

「ぷいにゅっー」

「がうがう!」


 よく見るとおもちは蝶ネクタイを付けけている。

 慌てて手に持っていたA級ダンジョンの項目を見てみたが、正装が必要なんて書いていない。いやそんなわけないが。


「雨流、いやお前たち何してんだ?」

「だって、人前に出るんだし綺麗にしないとね」

「は、はあ、まあそうだけど」


 様子がおかしい、いやでも確かに登録者数が増えると配信者がお洒落になるのは常識の一つでもある。

 美容クリニックに通ったり、服がブランドものになったり、歯を矯正したり。


 となると、やはり俺の美意識が問題なのだろう。

 確かに汗だくでダンジョンを駆けまわるよりは、綺麗な白い歯で爽やかに敵を倒すほうが恰好いい。


 といっても会社時代のスーツはよれよれだったので捨ててしまった。


 何か俺も配信映えがないかと探していると、結婚式の二次会で着た真っ赤なスーツが出てきた。

 炎耐性(極)と書かれたテープが巻かれている。


「たまにはこういう笑いもいいか」

 

 ダンジョンは命がけなので、どうしてもシリアスな動画になることが多い。

 たまには和みも必要だろう。


 そして家を出る前、俺以外はみんなどこか入学式のような服装だった。


「阿鳥、マジでそれで行くの?」

「ああ、いいだろ」


 ドヤ顔で炎耐性(極)と書かれたテープを見せると、苦笑いで答えられた。

 ちなみに雨流も新一年生みたいな服を着ている。


 ダンジョンに辿り着くまでは少し恥ずかしいが、まあいいだろう――と思っていたら、近くの高校の校門で止まった。

 いや、御崎が入ろうとしている。


「お、おいどこいくんだよ!?」

「え? 何が? ここだけど」

「ふえ?」


 学校にA級ダンジョンが!? と思ったが、どう見ても普通の学校だ。

 魔力も感じないし、学生の声も聞こえる。


 訳が分からなかったが、雨流やおもち達のほうが首を傾げていた。

 おかしいのは俺だと……いうのか?


「もしかして忘れてたの?」

「忘れて――あ!?」


 その瞬間、校門の横に貼られたポスターに気づく。


『配信者アトリたちのダンジョンとテイムモンスターの今後について』


 そういえば前に講演してほしいと頼まれたことを――。


「ほら、行くわよ」

「え、ええ!?」

「キュウキュウ」


 そうか、だからみんな正装してたんだ。

 チラリと自分の姿に視線を向けると、真っ赤なスーツに炎耐性(極)と書かれていた。


 ……俺、終わった?


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