72話 もう少しこのスローライフを楽しませてほしい。
「あっはっはっは、いーひっひっひひひっ、あなたのさっきの顔最高だったわ」
車椅子のまま運ばれた先は、ただの部屋だった。
大手術されるのかと怯えていたが、どうやら大がかりな冗談だったらしい。
魔女みたいな高笑いをしながら、藤崎幼女が俺の手を掴む。
これが解析をするために本当に必要な手順らしい。
「性格悪いんすね」
「そうかしら? 愉快な人だとは良く言われるけど」
ちなみに佐藤さんとミリアもグルだった。怒るより呆れたので何も言わなかったが、俺の心をいたわってほしい。
この冗談で御崎はなぜか藤崎さんを凄く気に入ったらしく、まるでお姉さまを見るかのように幼女を見つめている。
「本当だったらあなたを死ぬまで痛めつけて色々調べたいんだけど、道徳的に許されなくてね」
「俺もう帰っていいか?」
「冗談よ、ただ興味深いだけ」
名前をマッドサイエンティスト幼女に変更。もう二度と会いたくねえ!
「それで解析はどうやって――」
「今やってる」
気付けば両手が熱を帯びていくような感覚に陥っていた。
その熱は腕を通ってお腹、足、足先、顔、心臓――。
『解析スキルを確認、秘密保持の為、自動的に解析耐性(弱)を習得しました』
その時、脳内でアナウンスが流れる。
次第に、熱が消えていく。
同時に藤崎幼女が、眉をひそめた。
「……おかしいわ、もう一度する」
「あ、いや多分……」
『解析スキルを確認、秘密保持の為、自動的に解析耐性(中)を確認』
まずい、これでは余計に!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一旦停止――」
「静かにして、もう少しなの」
『解析スキルを確認、秘密保持の為、解析耐性(極)を確認しました』
完全に熱が消えたと同時に、藤崎幼女の手の平から何も感じなくなる。
幼女は焦ったように何度も能力を流し込んでいるが、もはや俺には効かないだろう。
「だから言ったじゃん……」
「はい?」
それから俺は、脳内アナウンスのことを説明した。
「そんなのありえない。今まで私の解析スキルが使えなかったことなんてないのよ」
「って言われてもなあ……」
「ベクトルが違う……? 確かアメリカでは……ううん、でも状態無効化とは違う……あーもう! わけわかんないわ! あなた何者!?」
「俺が聞きてえよ……」
結局、アメリカから来てもらったにが、俺のことはさっぱりわからなかった。
藤崎幼女曰く、生命の危機に瀕した時に自動発動するスキルや、能力の
だが解析スキルを無効化したり、本来とは全く無関係のスキルを習得するのはありえないだとか。
「例えばあなたが魚だとする。陸に上がったことで肺呼吸ができるようになるのが進化よ。でもあなたは違う。陸に上がった途端に人間に進化してしまうほどだわ。……ありえない」
「勝手に人を魚人化するな。まあでも、わからないことがわかっただけでも良かったぜ。これでもう諦めがつくってもんだ」
今までずっと悩んでいた。俺の本当の
でも、もう悩まなくてもいい。
「はあ……あなた、何もわかってないわね。この結果で考えうることを想定できてないの?」
「想定? 何がだ? 風邪を引かないってことだろ?」
「あなたは生命の危機に瀕した時、抵抗を習得する。おそらくそれが進化して、私の解析のスキルをも無効化した。でもこれはあなたが望んだことじゃない。自動よ。なら、どうなると思う?」
「頼むから俺に返答を求めないでくれ。わけわかんねえよ」
すると後ろにいたミリアがハッとなる。藤崎幼女よりも、先に声をあげた。
「もしかして……死なない……不死って……事ですか?」
「ふし……ふし? って、不死!?」
あまりの驚きで俺も同じ言葉を繰り返す。たが、藤崎幼女は静かに言う。
「可能性は高いわ。いえ、ほぼ間違いなくそうでしょうね。寿命を迎えた時、老衰が停止しておじいちゃんのまま耐性を獲得するか、もしくは――私みたいに若返るか」
「嘘だろ……」
不死、不死身、不死、不死身……。
「キュウキュウ?」
「おもち……」
俺、おもちと同じってこと?
◇
結局、老衰になってからお楽しみね、と怖い事を言われた。
不老ではないが、不死ではあるかもしれない、それが藤崎の見解だった。
といっても、俺はまだ20代だ。男性の平均寿命は81歳、今すぐにわかるわけじゃない。
けどもしそうだったら……怖い……。
「大丈夫よ、阿鳥」
「……顔に出てたか?」
「トランプのババを引いた時みたいな顔してたわよ」
「それ、大したことないな」
「ふふふ、でも、本当に大丈夫。ダンジョンが現れてから世界は目まぐるしく変わってる。藤崎さんだって、ダンジョンで若返ったのよ。今後どうなるかなんてわからないじゃない」
「まあ、それもそうか……。もし不死だったとしても、漫画と永遠とゲームが出来るのは嬉しいな」
「それに、おもっちゃんはきっと傍にいてくれるでしょ」
御崎に言われてハッとなる。そうかおもちは不死身だ。
永遠に一緒なら……寂しくないか。
「キュウ?」
「ぷいにゅ」
「がう」
そういえば、田所とグミの寿命ってどんなものなんだろうか。
魔物は長生きだと聞いているが、詳しく調べたことはない。
「それにもしあなたの細胞を取り込んで不死になれるなら、私も飲んであげるわ」
「ははっ、そうなったら一生、俺と一緒だぜ」
「……悪くないかもね」
振り返った御崎の笑顔は、とても綺麗だった。
それこそ、
古代魔石についての解析はまだかかるらしく、後日連絡するとのことだった。
ただ驚いたことに、世界各地で様々な形、色の魔石が発見されているらしい。
もしかすると、何かの前触れかもしれないと、藤崎は言っていた。
だが俺は今、守りたい人が大勢いる。
例え何があっても、諦めることはない。
「よし、帰りにうどん食べて帰るかー!」
「賛成ー! さぬきがいいなー」
「キュウ!」「ぷい!」「がう!」
まあでも今は、もう少しこのスローライフを楽しませてほしい。
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