78話 最終戦、佐藤・ヴィル・エンヴァルト
「不戦勝?」
「はい、二回戦目の予定していた極道くんが、お腹壊して自宅に帰りました」
係員にそう言われた俺は、まさかの決勝に駒を進める事になった。
名前からして超強そうだったので、少しホッとする。
その時、「あ」と思い出す。
「すいません……なんだったかな、四道? 五道? みたいな人いませんでしたか?」
「ええと……六道さんでしょうか?」
「あ、その人で合ってると思います」
『俺はてめえをぶっころしにきた』と言ってたやつだ。
あれほど自信満々だったのだ。一体どうなったのだろう。
「一回戦で、中学生の
「あ、そうですか。ありがとうございました」
ということで、空き時間が空いた俺は、控室でおもちと戯れていた。
羽根をもふもふしたり、ほっぺすりすりしたり、頬にちゅーしたり。
「おもちいいいいいい頑張ったねええええええ」
「キュウキュウ~!」
てか、よく考えたら……次、決勝じゃないか?
「おもち、絶対勝つぞ。応援してくれてる皆の為にも」
「キュウ!」
◇
『決勝おおおおおおおおおせええええええええええん!』
ステージに上がった瞬間、歓声が凄まじいことになっていた。
野外コンサートの先頭にいるような感じだ。
声の振動で体や服が震えて、ビリビリと電気を浴びせられているような。
だが不思議と緊張はない。
いつも生配信をしているおかげか、心臓の鼓動は落ち着いている。
「おもち、これで最後だ」
「キュウ!」
ただの会社員だった俺が、こんなことになるだなんて誰が想像しただろう。
けど今は、そんなセンチメンタルに浸ってる余裕はない。
目の前の強敵、最強おじさんが俺を真っ直ぐ見つめているのだから。
「阿鳥様、手加減をするつもりはありません」
「俺もだよ、佐藤さん」
佐藤・ヴィル・エンヴァルト。
S級探索者の中でもトップクラスの実力を誇り、七色の武器と呼ばれる最強の能力を持っている。
近距離、中距離、遠距離、全てが佐藤さんの攻撃範囲だ。
類まれな身体能力にくわえて、圧倒的な頭脳。
正直、今まで戦った相手の中でもピカ一だろう。
そしてテイム魔物は――魚!?
「不思議な魔物だな」
「ええ、でも、私と相性がいいんですよ」
佐藤さんの頭の近くで、
見たこともない魔物だが、異様な魔力を感じる。
深呼吸して、御崎たちがいる観客席に視線を向ける。
すると、思わず頬が緩んだ。
何処から持ってきたのか知らないが、大きな紙に、阿鳥頑張れと書いている。
御崎、住良木、雨流が、大きな声を出しているのだろう。
口を開けて、叫んでくれている。
――負けるわけにいかない。
「佐藤さん、俺は今まで必死になったことはない。のんびり生きて、のんびり暮らしてた。しいて言えば、人より少し社畜だったくらいだ。でも、今日は違う。本気で勝とうとしてる」
「いいですね。私もその方が嬉しいです」
佐藤さんの手の平はまだ光っていない。弓か、剣か、斧か、それとも全く別の武器か。
そして――。
『最強不死身のフェニックスをテイムした男、アトリvsS級探索者の最強おじさん、佐藤! 勝利の女神はどちらに微笑むのか、試合、開始いいい!』
佐藤さんは微動だにしなかった。
黒鯉も異様な魔力は放出しているが、何かをする素振りはない。
余裕の表れか、それとも罠を仕掛けているのか。
「おもち、いつも通りのコンビネーションで行くぞ!」
「キュウ!」
だが俺たちは、あえていつも通りの連携で戦うことにした。
炎のブレスを照射、敵がそれを防いでいる間に距離を詰めて叩く。
単純明快だが、シンプルで強い。
「ピイイイイイイイ」
高温の炎のブレス。
佐藤さんはまだ能力を発動していない。
一直線に発射されると同時に、俺は地を駆けた。
だがその時、黒鯛が遂に動きを見せる。
「クロちゃん、宜しくお願いします」
「ミルミルミルミル!」
めずらしい鳴き声と共に、口から水を吐き出す。
それは徐々に形を変えると共に、薄い水の壁を精製した。
炎がぶち当たると水が蒸発して、煙が立ち込める。
だが俺はそんなこと関係なく、炎の剣を漲らせて佐藤さんがいたであろう位置に剣を突き出す。
「いない……!?」
手ごたえがない。水壁の後ろには佐藤さんの姿はなく、クロちゃんもいない。
ただ水壁だけが空中に残っている。
慌てて振り返った時――。
「ピイ!」
「くっ――」
空中から、佐藤さんが手の平に握った斧を振りかぶって落ちてくる。
寸前のところで回避したが、おもちが教えてくれなければ一撃で頭を粉砕されていただろう。
HPもゼロになっていたかもしれない。
「素晴らしい反応です。――いいコンビですね」
地面に斧がぶち当たった瞬間、佐藤さんの手の平が再び光る。
七色の武器が発動、斧はゴムの棒のようなものに変化し、その反動で回避した俺を追ってきた。
クロちゃんはその手助けをするかのように、佐藤さんの周りを水壁で囲む。
おもちが炎を照射しても、水の壁で佐藤さんには届かない。
攻防一体のコンビ、それも高速で移動しながらだ。
佐藤さんはそのまま手を伸ばす。棒は、ぐんぐんと伸びて一本の槍に変化していく。
回避すしようとしたが、予想外の攻撃に肩に一撃を食らって、HPバーが大きく減少した。
「頭を狙ったつもりでしたが」
これが本当の闘いなら、俺は右腕が動かせなくなった。
何とかおもちが炎を地面に照射し、壁を作ってくれて距離を取る。
『ここで佐藤の七色の武器がアトリの右肩に直撃したあああああああああああああ! 何と言う奇妙な動き! 相棒のクロちゃんとの阿吽の呼吸は、もはや手が付けられないのかああああああ!?』
「ふう……ふう……」
痛みはないが、右腕が鈍く感じる。
炎の壁が途切れたらまた攻撃してくるだろう。それまでに何か考えなければ――と、思っていたら光りの矢が飛んでくる。
身体をねじって回避するが、頬を掠る。
HPバーが再び減少、壁の向こう側から、佐藤さんは弓を構えているに違いない。
――七色の武器、厄介すぎる。
「ピイイイイイイイイイイイイイイイ、ピイイイイイ――」
「おもち、無理するな!」
それでもおもちは、俺の為に時間を稼いでくれている。
頑張ってくれているのだ。何か手は――。
その時、一か八かを思いつく。
――これしかない。
声は出せない、おもちに視線を向けるが、わかってくれているかはわからない。
チャンスは一度きりだ。
佐藤さんきっと俺の水蒸気爆発を恐れている。
だからこそあまり近づかず、遠距離で攻撃してくるのだ。
そこを――逆手に取る。
「阿鳥様、おもち様のブレスはそう長く続かないはずです。私の勝ちですよ」
炎の壁の向こうから、佐藤さんの声が聞こえる。
俺は心の中で、おもちに声をかけた。
きっと、わかってくれている。
――おもち、今だ!
「炎の壁、終わりですね。――その恰好は何を!?」
「必殺技だよ」
俺は吸収剣の柄を、佐藤さんに構えていた。
炎、クロちゃんの水、そしてミリアから吸収した氷をブレンドしたトリプル属性だ。
佐藤さんの唯一の弱点は、応用が利きすぎること。
近接が弱いと思えば遠距離に徹するし、その逆も叱り。
俺は遠距離攻撃が出来ないと思われていただろう。事実、そうだった。
炎と水を手の平から放つことはできるが、ダメージは著しく低い。
だが今なら、ミリアの氷も同時に放つことができる。
氷で筒を作り、その中を炎と水を爆発させる。そしてそれを――撃つ。
次の瞬間、吸収剣から炎と水が放たれる――同時に、氷が筒のように精製された。
ピキピキと割れそうになるが、その前に直線の爆発、まるで弾丸のような魔法が、佐藤さんに向かっていく。
「クロちゃん!」
「ミルミル!」
佐藤さんは、再び水壁を精製させる命令を下した。さっきと違って、遥かに魔力が強く、幅も大きい。
更に七色の武器で盾を精製した。防具まで出せるとは予想外だったが、どちらのが強いか勝負だ。
「凄まじいパワーですが――負けませんよ」
だが、佐藤さんは耐えていた。凄まじい威力にも拘らず、そのすべてを防ぎ切ろうとしていた。
俺は全魔力を放出、脳内に魔力切れのアナウンスが流れる。
だが――俺は一人じゃない。
これは全部、佐藤さんに防御に徹してもらうための伏線だった。
「おもち、最後だ! 死ぬほどの魔力を叩きこめ!」
「ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
次の瞬間、静かに上空で隠れていたおもちが、佐藤さんに炎のブレスを放った。
防ぐことはできない。HPバーがみるみるうちに減少、そして――俺の頭の上が、『WINNER』と表示される。
『……な、なんと、勝利したのは、アトリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 最後の攻防を防いだはずの佐藤でしたが、まさかのおもち選手が、上空に隠れていたああああああああああああああああああああああ』
大の字になって、地面に横たわる。
魔力を使い果たした……。
観客の声が、耳をつんざくほど聞こえる。
そして俺を覗き込む佐藤さんの顔が見えた。
「やられました。最後の攻撃が囮だとは思いませんでした。考えすぎる私の悪い癖です」
「闘技場だからこそできただけだ……ほんとなら、最初の肩の攻撃で負けてたさ」
「そうですね、でも、今は違いますよ。――あなたの勝ちです。さあ、名乗り上げましょう」
佐藤さんは、にこやかな笑みで手を差し出し、俺をぐいっと引っ張ってくれた。
歓声に応えるのです、と右腕を天高くあげさせてくれる。
「阿鳥ー!!!! あんた、すごいわよー!!!」
「あーくん!!! かっこよかったー!」
「師匠ーーーーー! 最強っすううううううううううううう!」
誰よりも通る三人の声が聞こえて、思わず笑う。
おもちが上空から降り立ち、身体を擦りつけてくれた。
功労者は、おもちだ。
「キュウキュウ」
「ありがとな、いつも助けられっぱなしだよ」
だが今日ばかりは、自分も褒めてあげよう。
「阿鳥様、落ち着いたらまた戦いましょう」
ちなみに最後の佐藤さんは、結構悔しそうだった。
「嫌です」
なので俺は、笑顔で答えた。
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