20話 グルメダンジョンで、A級グルメを楽しもう!

「準備はいいか? 武器は持ったか? 防具は完璧か? そして――お腹はペコペコか!?」


 俺の問いかけに、おもち、田所、御崎は左手をお腹に、右拳は天高く上げた。


「ぺこりんちょーッ!」

「キュウキュウ!」

「ぷいぷいっー!」


 配信は始まっているので、コメントが鬼のように流れていく。


『腹減り軍団w』『グルメダンジョン編きたあああああああ』『セナちゃんはいないのか』

『おもちおもちおもち!』『田所の活躍が楽しみ』『お腹を鳴らせー!』『てか、予約よく取れたなw』


 テンションは最高潮。いま俺たちはグルメダンジョンの前に立っている。

 入口からは既に甘い香りが漂っていた。ものすごく食欲がそそられ、胃袋が暴れそうだ。


「コメントにもあるが、よく取れたな御崎。予約でいっぱいなんじゃないのか?」

「動画の撮影も兼ねてるっていったら是非にって。おもちゃんとたどちゃんのおかげっ!」


 グルメダンジョンとは、世界各地の中でも類を見ない珍しいダンジョンだ。

 その名の通り、中は美味しい物が山ほどある。なんと、魔物でさえも食べられるとのこと。

 だがそ土地を所有しているのは、大手食品会社なので、誰でもウェルカムというわけではない。

 完全予約制で、何年も先も埋まっており、更に入場料も高い。

 ただそれでも人気は凄まじく、難易度が低いこともあって子供から大人が行きたいベスト3に毎年ランクインしている。


「とにかく細かいことはお腹が空いてるのでもいいだろう。よし行くぞ!」


 入口の甘い匂いがする水晶に手を翳す。そして俺たちの視界が切り替わった。


 ◇


「ここが……グルメダンジョン?」

「なんか……普通だね?」


 俺と御崎が唖然とするのも無理はなかった。

 所謂、一般的な狭いダンジョンという感じだ。以前の始まりのダンジョンよりも随分と普通だ。

 いや……くんくん、くんくんっ。違う、いい匂いが鼻腔をくすぐっている。


 一体どこから――。


「キュウキュウペロペロ」

「ぷいにゅーっ!」


 そこには、一心不乱に壁を舐めているおもちと田所がいた。


「え、な、何してるんだ!?」


『何してるんだww』『なんちゃ茶色い?』『二人して可愛いw』『狂っちまったのか!?』


 しかし俺はすぐに気づいた。映像では匂いが伝わらないが、確信を得た。

 御崎と顔を見合わせ、無言で頷く。

 二人で近づいて、舌をんべっと伸ばした。


「ぺろ……これは……うまいっ、チョコレートだ!」

「んまっ……最高っ!」


 理由はわからない、いやそんなのは必要ないのだろう。

 壁の上から下までチョコレートが滝のように流れている。名づけるなら、チョコレートウォール。

 濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。少しだけ苦味があるのは、大人味なのだろうか。

 試しに違う壁を舐めてみると、また別の味がした。甘いっ。


 なるほど、場所で味が違うのだ。


「んまいっペロペロペロペロ、ここは天国だな、ぺろぺろペロ」

「そうんね、ぺろぺろぺり、最高っぺろぺろ」


 俺たちは一心不乱に壁を舐めていた。多分、凄いシュール。

 もちろん、おもちと田所もだ。


『何この映像wwww』『面白過ぎw』『壁舐め一族』『楽しそうw』


 一通り舐め終わると、満足して先に進むことにした。

 当然のことかもしれないが、俺たちの服はもうチョコレートまみれだ。


 だがこんなこともあろうかと前掛けをしていた。

 ありがとう前掛け、ありがとう前掛け!


『赤ちゃんかよw』『伏線回収早かったなw』『もうお腹いっぱいなってそう』


 その時、悪魔的発想が脳裏に過る。


「……でも考えると、別の人が舐めてる可能性ってあるんじゃないのか……?」


 しかし、御崎は微笑みながら首を横に振った。


「グルメダンジョンは雑菌も全て排除されるらしいわ。だからこそ人気で、安全も考慮されてる。だから、いくらペロペロしても大丈夫。注意項目にも、ペロペロし放題と書いてあったわ」

「最高だな、誰だよこれ作ったやつ……」


 なんともまあ都合のいいダンジョン。だが最高のダンジョンだ。


 狭い通路を渡っていくと、微量だが、魔力を感じた。


 ――魔物だ。いくら美味しいとはいえ、ダンジョンなのだ。


「油断するなよッ!」


 俺はリーダーとして仲間に声をかけた。

 誰一人欠けてはいけない。そう、円を描くピザのように美しくありたい。

 ……なんか変なことばっかり言ってないか?


「阿鳥、よくみて!」


 御崎が叫び、俺は注意深く魔物を見つめた。スライムだ。だが、なんだか黄色い……もしかして、はちみつか!?


「ハチミツスライムだわ、身体が全部濃厚な蜜で出来ていて、ここでしか食べられない希少価値の高い魔物よ」

「最高じゃないか、でも……」


 俺は田所に視線を向けた。これって、あれじゃないか?

 共食なんちゃらってやつになるだろ? 流石にそれは倫理的に――。


「ぷいぷいっー!」


 次の瞬間、スライムを一撃で倒す田所。そしてしぼんだハチミツをペロペロと舐めはじめた。


「ぷいぷいっっ♪」

「あ、そういうの気にしないんだね。そうだよね、美味しかったら関係ないよね」


 至高な表情を浮かべる田所。おもちも駆け寄り、とても微笑んでいる。


『弱肉強食すぎるw』『美味しそうな田所が何より』『お腹空いた……』


 続いて何体かハチミツスライムが出てきたので倒してみたが、驚くほど弱かった。

 味は最高。このダンジョンの人気も頷ける。ちなみに持ち帰りは有料だが、可能だ。


「次だ! 行くぞお前たち!」

「キュウ♪」


 そして段々と俺たちのお腹が満たされていく。


「何だこのキノコ……んまいぞ!」


 マグマキノコ - ダンジョン内部に生息するキノコの一種。外見は通常のキノコと似ていますが、赤黒い色をしており、触れると熱くなります。食べると、ピリッとした辛さと独特のコクがあります


「キュウキュウ! キュウー!」


 アイスバター - ダンジョン内の寒冷地帯に生息する昆虫から採れるバター。風味は濃厚で、口の中でとろけるような感触があります。また、寒さに強く、保存性にも優れているため、バターを使った料理に最適です。


「この果実、美味しいわあ」


 エンチャントベリー - ダンジョン内部に生える小さな実の一種。食べると、心地よい甘さと香りが広がり、食後にはリフレッシュ効果があります。また、特別な魔法がかかっているため、食べた後に一時的に魔力が高まるとされています。


 ◇


「ふー、満腹だ」


 それから数時間後、お腹は何倍にも膨れ上がっていた。

 地面に倒れ込み、なでなでといたわってあげる


「キュウ……」「ぷにゅー」「苦しい……」


 みんなも同じなのか、一歩も動けなくなっていた。

 袋には食材がいっぱい詰め込んである。


「これだけあれば当分は幸せに浸れそうだな」


『シンプルに羨ましいw』『白ご飯食べながら配信見てました。僕もお腹いっぱいです』『バターまみれになってるところが面白かったw』『飯テロ動画すぎた』

 

 そのとき、またもや赤スパチャがポップした。それも連続で。

 名前は――『USM』。


 50000円『ズルい』『USM』

 50000円『なんで誘ってくれなかったの?』『USM』

 50000円『私も行きたかった』『USM』

 50000円『うぇえええええん』『USM』


『メンヘラキター』『なんで誘ってくれないって、もしかして繋がってる?』『女性っぽい』


 ちなみにUSMは、やはり雨流だと佐藤さんから教えてもらった。

 もしかして親の金をつぎ込んでいるのかと思ったが、きちんと自身で働いたお金らしい。

 S級はそれこそ億万長者もいると聞いたことがある……ズルい。


 苦笑いしたあと、配信を閉じることにした。

 家に来ていいとはいったが、できるだけ面倒に巻き込まれたくないしな……。


「さて、今日は帰りますか」

「はーい」「キュウキュウ」「ぷいっ!」


 ◇


「ふわああああ、ねむ……」


 翌朝、ダンジョン疲れもあってすぐに眠っていた。

 あまりの重たさに、庭にダンジョンの食材を無造作に置きっぱなしだったことを思い出す。


 ……あれ?

 しかし探しても探しても見つからない。


 ……盗まれた? その時、脳裏に『USM』が過る。


 まさか……いや、でもそんなことするか?


 そのとき、いい匂いがした。


「昨日……の匂い……」


 俺の家は古ぼけた一軒家だが、庭はそれなりに広い。

 手入れをさぼっているので木々が生い茂っているが、そこにぽかんと無造作に空いた穴を見つけた。


 そこから、良い匂いが漂っている。


「……嘘だろ?」


 微量な魔力を感じる。おそるおそる中を覗き込むと、そこは出来たてほやほや、けれども間違いなく――ダンジョンがあった。


 しかも普通のじゃない。


 ――グルメダンジョンだ。


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