14話 役立たずとは呼ばれたくありません

「調べさせてもらったところ、田所さんはやはり最下層の魔物で間違いないそうです」


 小さなキャリーに入ってスヤスヤと眠っているスライム、もとい田所。

 俺は大和会社の紹介で魔物研究所に来ていた。


 ファイアスライムの情報がネットでは載っていなかったので、詳しく調べてもらったのだ。

 世界でもテイムした人の情報はなく、更にいえば言語を喋るなんて考えられないとのことだった。


「魔力が満ちた状態だとしても、声帯模写なんて高等技術は普通ありえませんよ。おもちさんもわからないことだらけですが、田所さんはもっとわかりません」


 正直、田所さん田所さんと真面目に発言する研究員には少し申し訳なく、ちょっとおもしろかった。

 いや、申し訳ない。


「そうですか……わかりました。いえ、色々とありがとうございます」

「田所さんから許可を得てサンプルも頂いたので、もう少し調べてみます。あと、頼まれていた部屋ですが、許可が下りたのでご自由にどうぞ。おもちさんは既にいらっしゃるみたいですが」

「本当ですか!? ありがとうございます! よし、田所! いくぞ!」

「すぅすぅ……ぷいっ?」


 ◇


「よし、まずは準備運動。ラジオ体操第一はじめーっ!」

「キュウキュウ」

「ぷいぷいっ」


 スマホから流れる音楽に合わせて、念入りに柔軟運動を始める。

 スライムは、ほとんど液体なので必要ないと思うが、本人がやる気なのでいいだろう。

 

 今いる場所は研究所内にある大型訓練室だ。

 体育館ほどの大きさで、無機質で真っ白な箱の中という感じ。


 元々は大型の魔物を研究する際のスペースだったらしいが、使わせてほしいと無理を言って頼みこんだ。

 前回の初ダンジョンで、俺は思い知らされたからだ。


「キュイキュイっ♪」


 器用に羽根を動かして運動をしているおもち。

 適応能力、ほんと化け物だだな。


「ぷーいぷいっぷいぷいー!」


 うん、このスライムも変だ。

 

 ◇


 準備運動を終えて、本格的に特訓を開始した。


「おもち、最初は軽めに攻撃を頼む。徐々に慣れてきたら威力を上げてくれ」

「キュウ!」

「田所、合体だ!」

「ぷいーーーっ!」


 おもちは羽根を羽ばたかせ、高く舞い上がった。

 炎中和スキルを少し解除したので、熱波が周囲にまき散らされて、壁に付けられた温度計が上昇していく。


 田所は俺の指示通りに手に巻き付い後、イメージ通りに変化していく。


「ぷいぷいっ」


 姿かたちを変えて、徐々に手に馴染んでいくと、メラメラと燃え盛る炎の剣となった。


 命名『田所ソード』。


 昔やっていたゲームの剣にそっくりで、それこっそりを田所に見せてお願いしていたのだ。


 ダンジョンの外なので、田所の魔力は少し弱く感じるが、それでも高密度な魔力量で漲っているのがわかる。


「よし、田所ありがとな。――準備オーケーだ! おもち、いいぞ」


 俺の掛け声に合わせて空中で飛び交っているおもちが、もの凄い速度で下降しはじめた。

 その直後、嘴からとんでもない威力と笑えない速度の炎のブレスが発射される。


「ちょ、ちょっとタンマ!?」


 あまりの強さに驚いてしまい回避、ブレスは地面に直撃してメラメラと燃えた。

 しかし数秒後、何事もなかったかのように元に戻って行く。


「すげえな……これが最新の施設か」


 ここはダンジョンに使われているテクノロジーを利用しているらしく、自己修復機能を持つ生きている建物らしい。

 研究員は形状記憶みたいなものだと言っていたが、俺にはさっぱりわからない。


 ただ一つ確かなことは、おもちが全力を出しても、周りに影響しないということだ。


「キュウキュウ……」

「すまねえおもち、ちょっとびびっちまった。もう一度頼む! もう逃げねえから!」


 以前のダンジョンで俺は思い知らされた。

 おもちの強さ、田所の破壊力、御崎のスキルと冷静さ。


 そのどれもを持ち合わせていない俺は、本当に役立たずだった。


 いくらスローライフが送りたいと言っても、何かも他人任せで生きられるほど能天気じゃない。


 炎耐性を持つ俺は、田所の擬態にデメリットなしで合体することができる。


 更に田所と合体したことで、魔力が何倍にも膨れ上がることを知った。


 つまり俺も、努力次第でやれる。

 いつおもちや御崎が危険な目に合うかもしれない。その時に、ただ指を咥えて立ってるなんてありえない。


「キュウウウ! ――ピイイイイイイイイイ!」


 おもちが下降。鋭い炎のブレスが、俺目がけて発射された。

 マジで手加減なし。風圧と熱が、乾いた空気を切り裂いていく。


「望むところだっ! これでも、ジュニア時代はホームランバッターだったんだッぜッ!」


 そして俺は逃げずに、勢いよくブレスを打ち返した。弾き飛ばされた炎は天井にぶち当たると、拡散して燃え散っていく。

 しかし続く二発がうまくさばききれず、肩に当たってしまった。


「く――がぁっあああっっっ!」


 あまりの威力に吹き飛ばされてしまう。炎耐性(極)があるとはいえ、物理的なダメージは防げない。

 田所によって防御力を底上げされていなければ、骨折していたかもしれない。


 剣を杖にして、よろよろと立ち上がる。


「キュウ……」

「へへ、すまねえ。よし、もう一回だ。田所、そのまま頼むぜ」

(ぷいぃ~……)

 

 テレパシーのように田所が心配してくれているのもわかる。

 けど、ここで諦めるわけにはいかねえ。


「よしこい、おもち!」

「キュ、キュキュウ!」

 

 俺の気持ちに呼応したおもちは、再び舞い上がる。

 そうして俺は、何度も何度も特訓を重ねた。


 ◇


「阿鳥っー、ここにいるって聞いたけど」

「キュッ!?」


 おもちの放ったブレスが、突然現れた御崎に直撃しそうになる。


「おらよっおおおおおおお!」


 しかし俺は急いで地を蹴り、炎を田所ソードで見事に弾き返した。

 特大ホームラン、満塁サヨナラだ。


「ふう、あぶねえ……」

「びっくりした……。って、阿鳥、服どうしたの!?」

「え? うおおおおおおおおお!? な、なんだこれ!?」


 気づけば炎に焼かれてしまっていたのか、服が穴だらけになっていた。

 大事なところはかろうじて守られているが、もはや全裸に近い。


「キュウ……」


 申し訳なさそうに近づいてくるおもち。

 気にするなと頭を撫でる。


「ありがとな。おもち、田所、おかげで強くなれたぜ」

「ぷいっ」


 その様子を見ていた御崎が口を開く。


「もしかしてずっとここで特訓してたの?」

「ああ、って、もうこんな時間か」

「ぷいっ♪」「キュウキュウ!」


 田所はスライムに戻ると、少し疲れたのか俺の肩に乗る。おもちはぐでんとその場でしゃがみ込んだ。


「魔石はどうだった?」

「一つ一つはそこまで高くなかったけど、数が多かったからまとまったお金になったよ」


 見せてくれたスマホの画面には、それなりの金額が振り込まれていた。

 税金関係もあって会社を作る予定だ。御崎と金銭で揉めたくもないし、それが一番だろうと話し合った。


「このまま法人化の手続き進めておくけど、いい?」

「ああ、何もかも悪いな」


 スローライフを目指すほど忙しくなってる気がするが、これも仕方ないことだろう。


 そういえば、さっきから体がなんだかむず痒い。


「なんか阿鳥、もじもじしてない?」

「ああ、なんか痒くて――」


 その瞬間、俺の脳内にアラームが響き渡った。今まで聞いたことがない、電子音だ。


『ピンポロンピンポロン、経験値を得たので、炎耐性(極)のレベルが上がりました♪』


「何だこの声?」

「え? どうしたの? 声って?」


 どうやら御崎には聞こえてないらしい。レベル? 何の話だ?


『新たな耐性スキルを習得完了。山城阿鳥は、炎を”充填”出来るようになりました』



 ……はい?




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