第56話
そこは叔母の家の近くにある公園で、遊具も滑り台と鉄棒、そして砂場しかない小規模だが、美しい花を咲かせる花壇や木々などの緑豊かで、心地良い癒しスポットになっている。
俺も学生の頃は、ここのベンチに座って、ぼんやり空を眺めていたことを思い出す。
そんな憩いの場からの子供の泣き声。見れば、五歳未満の幼女が砂場でペタリと座り込んで泣きじゃくっていた。
周囲を見回すが、大人というか保護者らしき人の姿がない。
……これはどうするべきか。
大人としての対応をするなら、泣いている子供に寄り添うのが普通なのだろうが、今のご時世で、見知らぬ大人が幼児に近づくのは何かと誤解を生みかねない。下手をすれば事案まっしぐらで、誰かに見られると通報される恐れだってある。
「……けどさすがに見過ごすのはダメだろ」
これでも一応、異世界で勇者をやっていた身だ。自分の正しいと思うことを貫いて世界を救った者としては、ここで幼気な子供を放っておくなどできない。
むしろそんなことをすれば、自分の矜持も崩れるし、何よりも鈴音に嫌われてしまうかもしれない。それだけは断じて許容できない。
俺は軽く意を決しながら、砂場の方へと歩いていく。
「えと……どうかしたのか?」
子供に刺激を与えないように、務めて穏やかな声音を意識する。
すると子供は俺の方へ顔を向けると、少しキョトンと、また泣き出した。
マズイ……このままじゃ、明らかに俺が泣かせている感じだ。
「あー……そ、そうだ! ほら、見てろ!」
俺はすぐさま身体から出した魔力を実体化させると、砂へと流し込む。そして砂を纏わせた魔力を操作して形成していく。すると、瞬く間に大きな砂の塔が誕生した。
「わぁ、すっごぉ~い!」
見事なまでの砂上に築かれた、京都名物の五重塔。
京都といえば寺社仏閣が有名なのは周知の事実だろうが、観光名所として京都には四大五重塔と呼ばれる建物があるのだ。
【東寺】、【法観寺】、【醍醐寺】、【仁和寺】のそれぞれに存在し、誰もが思い浮かべる五重塔でいえば、一番有名なのは【東寺】のソレであろう。国宝にも指定されているし、古都京都の文化財として、世界文化遺産にも登録されているのだ。
ちなみに今作ったのも、【東寺の五重塔】である。まあ、子供にはどの塔も見分けがつかないだろうが。
「ねえねえ、おにいちゃん、いまのどーやったの?」
「ん? はは、こう見えてお兄ちゃんは、砂場遊びの名人なんだよ! ちなみにこんなのも作れるぞ!」
喜んでくれていることが嬉しくなって、ちょっと自慢げに、またあるものを作り上げた。
「あーっ! まじかるチョココだぁ!?」
幼女は、目を輝かせながら、俺が作った模型に駆け寄っていく。
おお、想像以上に食いつきが良いな。
砂で作ったのは、あるアニメの主人公の模型。
チョココという名の通り、チョコレートをイメージしたドレスを着込んでいる女の子であり、主人公らしく元気で明るい性格らしい。
魔法少女もののアニメで、タイトルは――『魔法少女まじかるチョココ』。
今、子供――特に女の子たちに大人気だと、鈴音に聞いたのだ。さすがに高校生にもなった鈴音は、ドハマりすることはないようだが、中には大人でも、そのストーリーやキャラクターが良いと注目しているらしい。
実際、本当に子供向けなのかと思うほどに、重いシーンがあったり、血が出るようなバトルシーンも多い。しかし魔法少女たちが愛らしく、その独特な変身方法や、ロッドを使っての魔法をマネする子が世界中に存在しているようで、玩具やゲームなども人気が高い。
「ねえ、カカさんつくれるぅ?」
物欲しそうな顔で俺を見上げてくる。
彼女が言うカカさんというのは、『まじかるチョココ』に出てくる、いわゆる魔法少女ものにありがちな、主人公が魔法少女になるきっかけになるマスコットキャラクターだ。
本当の名前は〝カカオウム〟という、チョコレート色をしたオウムで、主人公をサポートする役目。本人は執事のような佇まいと喋り方で、妙な風格を持つ鳥である。
主人公もそう呼んでいることから、〝カカさん〟という相性が女の子たちの間で広がっているようだ。
俺は幼女の無邪気な要求に対し、微笑を浮かべながらカカさんを作り上げると、幼女はまたもキャッキャッと大手を振る。
涙が枯れたかのように笑う幼女を見てホッとした。
これで幼女を泣かせる変質者として認識はされないだろう。
ただその時だ――。
「――――
突然響いた声音に、反射的に俺と幼女はそちらへ意識を向けた。
ただその声の持ち主は、こちらに向かって全力疾走してきており、そのまま幼女を庇うように前に立ち俺と対峙した。
どうやら俺よりも年下の少女のようで、少年が被るような野球帽を目深に装着し、その下に見える黒ぶち眼鏡の奥から、鋭い眼差しがこちらへ向けられていた。
俺は突然の少女乱入+超警戒態勢に、「え、えっと……」と焦ってしまう。
「おねえちゃん! ねえみてこれ! すっごいの!」
「氷華、ちょっと下がっててね。……この子に何か用ですか?」
これは完全に俺のことを、幼女に変なことをするろくでもない野郎って誤解してそうだ。
まあ、どうもこの子の保護者というか姉らしいから、一人きりの幼女に大人の男性が近づいていたら警戒するのも当然かもしれないが。
俺がどう言い訳したものか逡巡していると、あろうことか少女がスマホを取り出したのだ。
ちょ、まさか通報!?
これは一刻の猶予もならないと思い、俺は咄嗟に両手を高く上げて叫んだ。
「聞いてほしいっ! 俺はただ、その子が泣いてたから近づいただけだぁっ!」
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