第76話
「俺は、お前たちがどれだけ頑張ってきたのか知ってる。確かに努力が確実に報われる世界かっていえばそうじゃないだろうな」
実際努力したら、それだけ報われるなら誰もが幸せになれるだろう。しかし現実はそんなに甘くない。特に芸能界といった海千山千のような世界だと猶更だ。
でも、何事もチャレンジしてみなければ分からない。結果が出なくて打ちのめされるかもしれない。トラウマになってしまうかもしれない。だがそれでも、その経験は必ず次に活きると六道は思っている。
それに喜ばしいことに彼女たちは一人ではない。
「けど少なくとも、お前たちを応援してる人たちはいるんだぞ」
会場には、彼女たちを応援しようと駆けつけた者たちだっている。身内以外にも、動画配信を見て興味を持ってくれた人も少なからずいるだろう。
「お前たちの努力は、応援してる人たちにきっと届く」
届かないわけがない。全力で頑張る人の輝きは唯一無二の魅力があるのだから。
六道の言葉に、徐々に表情に強さが戻っていく彼女たち。最後に一言添えておこう。
「それにだ。奪われた客は、お前たちの魅力で奪い返してやれ!」
それが挑戦者としての戦い方だ。結局は見せつけるしかない。自分たちのすべてを。そうして自ら望んだ結果を勝ち獲るしかないのだ。
すると、やはり最初に反応を返したのは、フフンと鼻を鳴らした空宮だった。
「当然じゃない! 何ならアタシだけの魅力で【ブルーアステル】のファンを全員虜にしてやるわよ!」
それに続いたのは小稲。
「わ、わたしも……その……不安ですけど……緊張してますけど……でも、ここまで頑張ってきましたから! だから、背一杯やっちゃいましゅ!」
相変わらず愛らしいほどの宣言だ。
そこへクイクイと袖を引っ張られる。見れば、しるしが見上げていた。
「しるしも……負けない」
いつも通り無表情ではあるが、どことなくやる気に満ちているように見える。頭を優しく撫でてやると、猫のように目を細めて、くすぐったいのか軽く身体を震わせていた。
「私だって! ううん、私たちの歌で、踊りで、お客さんを楽しませて見せます!」
いつだって前向きの月丘らしい言葉だ。
そして最後は――。
「……君はどうだ、夕羽さん?」
少し挑発的に尋ねると、彼女は静かに閉じていた瞼を上げて見つめてきた。
「元より人事を尽くすだけよ。これまでもそうしてきたし、これからも貫くのが私の信念だもの」
真っ直ぐ強い眼差しで見返してくる。どうやら心配は無用だったようだ。
(俺がいなくても、この子たちなら勝手に乗り越えたかもな)
そう思えるほどの強さを彼女たちから感じた。これなら大丈夫だ。
だからもうこちらから言えることはこれだけ。
「さあ、【マジカルアワー】の魅力を見せつけてやれ!」
今度こそ揺るぎない意思を宿した瞳を持って、乙女たちは本物(アイドル)としてのスタートを踏み出していく。
送り出したあとは、六道にできることは成功を願うだけ。
「ありがとね、六道くん」
「十羽さん?」
隣に来た彼女が嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「君のお蔭で、あの子たちもやる気が出たみたいだから」
「俺はただ、どんな結果になろうとも、悔いの残らないパフォーマンスをしてほしいと思ってるだけです」
「たとえミスをしても次に繋がるように、今の全力をってことでしょ?」
「はい。もっとも今の彼女たちなら最高のステージを作ることができると思いますけど」
「ふふ、本当に君って不思議よね。い・ろ・い・ろ・と」
最後の言葉だけ耳元で言われたので、思わずビクッとなってしまう。そういうのは止めてほしい。美人にされると照れるし恥ずかしいから。
「とにかくあとは見守りましょう。きっと、素敵なものを見せてくれるわよ、あの子たちなら」
その言葉に、六道も賛同すると、始まるまで少し時間があるので、その場から観客席に座っている妹のところへ向かった。
「やっほー、お兄ちゃん!」
まるで今あったばかりのようなテンションで手を振ってくる。
「お前な…………まあ色々言いたいことはあるけど、とりあえずよくやった」
そう言いながら頭を撫でると、嬉しそうに「えへへ~」と笑う鈴音。
「あ、でもどうなの? お客さん、めっちゃ少ないよ?」
「……それはあの子たち次第だな」
実際ここからは実力の問題だ。こればかりは夕羽たちが、どれだけ客を魅了できるかにかかっている。
「……うん、そっか。じゃあ目一杯応援するね!」
「ああ、頼もしいよ」
そう言うと、今度はサイン会が行われている場所へと足を伸ばしていく。そこで六道の姿を見た原賀が当然のように近づいてきた。
「これはこれは、【マジカルアワー】のドライバーさんじゃないかぁ」
嫌みたっぷりな表情だ。つい顔面を殴りつけて陥没させてやりたくなる。
「サイン会なんて予定ありましたっけ?」
「ああ、こう見えてもこちらも人気取りに必死なんでねぇ。まさか卑怯とは言わないよね?」
「いえいえ、立派な戦略かと。まあ大手事務所のプロデューサーなのに必死過ぎて笑いそうになりますけどね」
ピクピクと頬をひくつかせるが、勝利を確信しているということもあって、感情のままに噛みついてはこない。
「それにしてもこれだけの会場で、これから行うデビューライブにしては物寂しいよねぇ。まあ肩を落とすことなんてないよ。これは当然の結果なのだからねぇ」
愉快気に笑う原賀に対し、六道もまた笑みを浮かべる。それが気に障ったのか、「何がおかしいんだい?」と怪訝そうに尋ねてきた。
「いや何、ただちょっと言いたいことがあってね」
「は?」
「……アンタが見放したのは、ただの石なんかじゃないんだってことさ。彼女たちは磨けば光り輝く原石なんだよ」
「……ぷっ、それ本気で言ってる? だとしたら見る目ないよ、お前」
「そうかな。これでも人生経験の密度に関しては自信あるんだけどな」
何せ異世界で勇者やっていたのだから。芸能界とは比べ物にならないほどの修羅場渦巻く戦場で駆け回っていた。コイツとは比にならないほどの策略家とも相対したことはある。
あの経験からいって、見る目がないのは明らかにコイツの方だと確信していた。
「なら今日、その目で見ることになるさ。将来性もない小娘たちの無駄な足掻きってヤツをなぁ」
そう言われては言い返しておくしかない。
「なら今日、その目で見ることになるさ」
「は、はあ?」
同じ文句を言われて目を丸くする原賀に構わず続けて口にする。
「これから始まる【マジカルアワー】の伝説の幕開けをな」
それだけを言い放つと、再び鈴音がいるところへと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます