第77話

 ちょうど鈴音のもとへ戻ってくると、そこにはもう一つ見知った顔があった。


「おおー! 我が心の友じゃねえか!」


 こんな公衆の面前で大声を出しながら手を振ってくるオタク満開の服に身を包んだ青年がいた。


「お兄ちゃん、知り合い?」

「いや、知らん」

「でも、明らかにこっちに向かって手を振ってるよ?」

「目を合わせるな。そうすればすぐに諦め――」

「おいおーい! 聞こえてねえのか! 俺だよ俺! お前の同志だぞー、大枝ろっくみっちくーん!」

「……今、お兄ちゃんの名前……」

「大丈夫だ。まだ知らないフリすれば何とか……」

「もう無理じゃないかな。だってあの人、こっちに来るよ?」

「何!?」


 せっかく顔を背けていたのに、反射的に青年の方へ顔を向けると、バシッと目が合ってしまい、青年――卍原竜二が笑顔を近づいてきた。


「何だよもう、やっぱりお前じゃんか! 呼んでんだから応えてくれよぉ!」


 そんな目立つ格好で大声をかけられれば、誰だってドン引きしてしまう。

 何せ両手にはペンライトに、額には〝アイドル命〟と書かれたピンク色の鉢巻き。また祭りのような派手な法被を着込んでいるのだから明らかにこの場では浮いてしまっている。


「……はぁ。やっぱ来てたんだな、卍原」

「とーぜん! アイドル在るところに卍原竜二在り、だぜ!」


 黙っていればイケメンなのに、彼はこの行き過ぎたアイドルオタクのせいで女性から忌避されている。


「お、てかそっちの子は誰だ? もしかして彼女なのか!? おい六道! お前だけは俺の味方だと思ってたのにぃぃぃ!」

「勘違いするな。コイツは俺の妹だ」

「へ? 妹?」

「そう。だから涙と鼻水垂らして近寄ってこないでくれ」

「えへへ、こんにちはー! お兄ちゃんの妹の大枝鈴音っていいまーす」

「何と……っ、よく見りゃ、この子のアイドル並に可愛いじゃねえか!」


 そう言われ満更でもないのか、鈴音は「そんなことないですよー」と言いながら嬉しそうだ。


「それより卍原、お前はサイン会に行かなくて良かったのか?」


 ここに来たということは、てっきり【ブルーアステル】を観にきたと思ったからだ。


「んあ? いーやいや、今日の目的は【マジカルアワー】だぜ。もっちろん、すでにサインはもうもらったけどな!」


 そう言いながら、色紙を見せつけてくる。どうやら真っ先にサイン会に並んでゲットしていたようだ。何という迅速な行動だろうか。最早感心しかしない。


「動画配信とか観てて、彼女たちならきっと最高のデビューライブを見せてくれるだろうって思ってな!」

「! ……お前の目で見ても彼女たちは立派になれると思うか?」


 コイツのアイドルに対する分析力は舌を巻くレベルだ。だから聞く価値はある。


「んー立派になれるかどうかは分かんねえけど、少なくともライブを楽しむことができたら、その子たちは未来があるってことだぜ!」


 本当にアイドルに関することだけは説得力がある発言をしてくれる。

 するとその時、周囲の灯りが落とされ暗くなっていく。


「お、始まるぜぇ! うっしゃ、目の前で応援だー!」


 卍原はそう言いながら、誰よりも先にステージ前へと駆けて行った。


「お兄ちゃん、いよいよだね。緊張してる?」

「俺よりもあの娘たちの方が緊張してるだろうさ。俺にできることは応援と……邪魔をさせないことだけだ」


 チラリと鋭い眼差しを、サイン会が行われている場所に佇んでいる原賀を見る。奴は、しょせん大したことないだろうと言わんばかりの表情を浮かべていた。


(――さあ、度肝を抜いてやれ、お前たち!)


 直後、ステージにスポットライトが当たると、そこにはいつの間にか夕羽たちが立っていた。

 アイドルらしく煌びやかな衣装を纏い、その姿を観客たちに見せつけている。

 そんな中、センターに立っている夕羽が、手に持っていたマイクを口元に寄せた。


「初めまして。今日はアイドル事務所【マジカルアワー】に所属する私たちアイドルのデビューライブのために集まって頂き本当にありがとうございます」


 夕羽の言葉を継ぐように、他のメンバーも「ありがとうございます!」と感謝を述べる。同時に拍手がちらほらと起きる。

 ここまでは【ブルーアステル】と比べると、賑やかさは月とすっぽんだろう。原賀もまた愉快気に笑っている。


 他の行き交う客も一瞥はするものの足は止めない。まったくもって夕羽たちに期待していないということだろう。

 それでも夕羽たちは笑顔を崩さずに、ジッと会場に集まってくれている人たちを見据えている。


「今日のこの日のために、私たちは全力で取り組んできました。曲名は――『始まりのマホウ』。私たちのスタートにピッタリの曲です。どうかその目で、耳で、身体で感じてください。私たちのすべてを!」


 夕羽の言葉の終わりと同時にイントロが流れる。そしてデビューを迎えた雛鳥たちが舞い始める。


 彼女たちの曲――『始まりのマホウ』。これはあの子たちの最初に相応しい曲だと六道も思っていた。


 一人の女の子がキラキラした夢を叶えるため、毎日努力し、それでも失敗して泣いたり、悲しんだりしながらも、それでも負けじと立ち上がり、自分だけのステージへ上がって、皆を笑顔にする魔法を振り撒く歌詞だ。

 それは諦めずに夢を追いかけている彼女たちのデビューに寄り添った良い曲である。


(うん、みんな良い顔してるな)


 ステージで踊る少女たち。笑顔といっても、それぞれ個性溢れるその表情。何よりも全員が楽しんでいる様子が伝わってくる。

 ダンスも最初は緊張からか、少し固い印象を受けたが、慣れてきたのか練習通りに踊れていた。


 そんな中、大して興味がなかった客たちの視線が、アイドルたちを捉え始める。


「なあおい、結構凄くね?」

「うん、可愛いわ。それに歌も上手~」

「あれ? あのセンターの娘、もしかして八ノ神夕羽じゃない?」

「え、嘘! あの読者モデルのか!?」


 想像以上のクオリティに、徐々に人が集まってくる。さらにモデルとして一定の人気を誇っていた夕羽に気づいた人たちが、どんどん人の波を広げていく。


(よし、いいぞ。……ん?)


 その時、ふと気づく。忌々し気に彼女たちを睨みつけていた原賀の存在を。そして何を思いついたのか、ステージへと向かおうとし始める……が。


「むぼっ!? な、何だ? う、動けないぞ!?」


 まるで狭い箱にでも詰められたかのように、突然原賀が行くことも引くこともできなくなった。できるのは身振り手振りだけだ。何もないのに、パントマイムのようなことをし始めた原賀に気づいた【ブルーアステル】の子たちが不思議そうにしていた。


 しかし原賀は自らの意思で固まっているわけではない。そして当然、それは普通では起こり得ない現象である。


(……お前に邪魔なんかさせないっての)


 六道は、素早く魔力を原賀の周囲に走らせ四方を壁のように固めて閉じ込めたのだ。無論周囲の人たちには魔力は目視できないので、原賀がおかしく見えるだろう。


(そこで黙って見てろ。彼女たちの羽ばたきをな)


 まさしく雛鳥が、力一杯翼を広げて飛び立たんとしている瞬間だ。

 見れば、【ブルーアステル】や、サイン会に集まっている人たちも、聞こえてくる歌やダンスに見入っている。


 まだまだ粗削りだし、評価的には【ブルーアステル】の方が上だろう。しかしながら夕羽たちの持つ魅力は、決して他アイドルに劣るものではない。



『泣きそうなほど 辛くても 悲しくても

 それでも信じたい きっとそこにマホウはある

 いつだって どこだって わたしを輝かせてくれる

 だからきっと 手に入れてみせるから

 それは 始まりのマホウ』



 サビが終わり、最後は五人全員がシンクロするダンス。息がなかなか合わなくて、一番練習した大変なパートだったようだが、見事にそれぞれがミスなく踊っている。


 そして曲の終わりとともに、彼女たちの動きがピタリと止まる。

 明るい曲調であり、ダンスも激しい。たった一曲だけだが、全力で踊ったことで、夕羽たちの肩はかなり上下している。それでもよろめくことなく、五人が時を止めたようにステージに立っていた。


 ――静寂。


 もしかしたら失敗したかとも思うほどの静けさの中、


「「「「わあぁぁぁぁぁああああっ!」」」」


 突如として割れんばかりの歓声が会場中に響き渡った。




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