第78話
彼女たちの努力が報われた光景だ。
六道は、たった一曲だがすべてを尽くして息を荒らげている夕羽たちを見て頬が緩むのを感じていた。
「可愛い! サイッコー!」
「俺、あのセンターの娘、推し決定だな!」
「ていうかこの娘たちってどこの事務所?」
「【マジカルアワー】かぁ。よし、覚えておこ」
などなど、口々に夕羽たちを称賛する声が聞こえてくる。そんな客たちの声に、夕羽たちも笑顔で手を振りながら応えている。与えられた持ち時間が許す限り、彼女たちはマイクを通して客たちに感謝の言葉を投げかけていた。
ステージ横では、ホッとした様子の十羽や、感動で涙ぐんでいる社長がいる。彼女たちもこの日のために寝る間も惜しんで頑張ってきたのだ。納得以上の結果を得ることができて喜んでいることだろう。
「ねえねえ、お兄ちゃん! すっごいじゃん、あの娘たち!」
「はは、だな。何だ、ファンになったか?」
「まあ、お兄ちゃんがどうしてもなってほしいっていうならなってあげてもいいよ?」
「コイツ、調子が良いんだよ」
そう言いながら、軽く額を小突いてやると「えへへ」と舌を出す鈴音。
「イヤッフーッ! もうサイッコー! サイッコー! ドームライブにはこの卍原竜二、必ず応援に参りまーすっ!」
少し離れた場所で、完全に熱狂的ファンと化したオタクがはしゃいでいた。何故だろうか。身内ではないがこちらが恥ずかしくなるほど舞い上がりだ。
(……さて)
六道も心から成功を祝福しているが、少し気になることもある。その原因へと視線を向けると、一人の男が忌々し気な表情で外へ向かうところだった。
先ほどまで何か邪魔立てしようとしていた様子だったので、魔力で四方を囲む壁を作り動きを封じていたが、今はそれも解除していた。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ん? 別に何でもないぞ。それよりも何してんだ?」
鈴音がスマホを真剣にいじっていたので尋ねてみた。
「SNSに上げてるんだよ。ほらほら、他の人もこーんなにたくさん」
見せつけられた画面には、夕羽たちの写真やらライブの動画や感想やらが投降されている。それらの閲覧数がどんどん増えていっていた。
これが世界的に広まっていけば、おのずと夕羽たちの知名度も上がっていく。なるほど。さすがはネット社会。昔と違ってほとんどリアルタイムで視聴者の反応が確認できるのはありがたい。
ただし中にはアンチだっているので夕羽たちに閲覧させるのも考えものかもしれないが。
まあ彼女たちなら、そんな悪評だって乗り越えてくれると信じているが。
「……鈴音、ちょっとここ離れるな」
「え? どっか行くの? あの娘たちんとこ?」
「いや、用足しだ」
「…………空気読んでよ、お兄ちゃん」
何だか冷めた瞳で睨みつけられたが、六道は苦笑を浮かべながらもその場から離れた。
※
「――――――結果は?」
スマホから聞こえてくる第一声。野太く、それでいて氷のような冷たい声音が鼓膜を震わせる。威圧感すら覚えてしまい、原賀の喉がゴクリとなり額から汗が滴り落ちた。
声の持ち主は、原賀の上司である【スターキャッスル】の絶対権力者――大城星一郎だ。
「え、えっとですね……【ブルーアステル】は新たなファンも獲得できたかと……」
「……原賀」
「は、はい」
「私が無駄な時間を費やすのが嫌いなのは知っているな?」
「う……はい」
「なら分かるな? 結果は?」
背筋が凍り付くような感覚が走りつつも、原賀は意を決して答える。
「……奴らを潰すことは……………できませんでした」
まるで電源でも切られたかのような沈黙が続く。ほんの数秒だったかもしれないが、原賀の感覚では長い長い拷問の時間のように思われた。
「……つまりお前は負けたということだな?」
「い、いえ! た、確かに想定以外にはなりましたが、【ブルーアステル】のライブは完璧にこなし――」
「――黙れ」
ゾクッと、全身を震わせる切れ味抜群の声音が原賀を黙らせた。
「いいか、常々お前たちには勝者であれと教えてきたはずだ。お前をスカウトした理由も、お前のその貪欲なまでの勝利への欲求を買ったからだ。たとえどんな手段を用いようとも、己が勝利者となることを望む者。だからまだ若手ながらお前にプロデューサーを任せた。これは信頼の証だ」
「も、もちろんです! 社長にスカウトされた日から今日まで感謝をしてこなかった日などございません! 社長のお考えは重々承知しておりますし、これからもその体現者として粉骨砕身で――」
「では、私が敗北者に対してどう処置するのか理解しているな?」
「っ……そ、それは……」
原賀の脳裏には、大城がこれまで行ってきた政策が過ぎる。その中で、敗北を突きつけられ処断された者たちの顔があった。
エリートや才能在りとされる者たちが一度の失敗で、どん底まで突き落とされていく様子を。
そしてそんな者たちを、原賀は〝愚かなヤツ〟としてほくそ笑んでいた。せっかく将来が約束されているというのに、しょうもない失敗ですべてを失った者たちを侮蔑していた。そして自分は決してああいう連中にならない、なるはずがないと確信していたのだ。
何故なら自分は選ばれた人間だからと信じていたから。
「原賀、貴様はもう私には必要ない」
「お、お待ちください! ま、まだ! まだ手は残っております!」
「ほう……聞こうか」
まだ命綱は繋がっていると思い、原賀は必死な表情で言葉を吐く。
「しょせんは小さな事務所です。トラブルでも起きればこの業界で生きてはいけない。ましてや所属アイドルに何かあれば、すぐにでも消える存在です!」
「貴様はそれをしようとして失敗したのではないのか? 私が何も知らないとは思うなよ?」
恐らく何かしらの方法で、自分のこれまでしてきたことを耳にしているのだろう。その情報網に薄ら寒さを感じつつも、平静を保ちながら原賀は続ける。
「安心してください。最後の手段が残っておりますので。ですから期待してお待ちください。必ず……必ず吉報をお伝えしますので」
「……………次は無い」
そう言って、通話は切られた。
ドッと押し寄せてくる疲弊感に、思わず壁を背にして尻もちをついてしまう。気づけば全身が汗でびっしょりと濡れている。
「っ…………俺はまだ……終わらない。これからなんだ、俺の時代は……っ」
歯を食いしばりながら立ち上がり、原賀は歪んだ笑みを浮かべる。
「ククク、お前らが悪いんだ。全部持ってるくせに……まだ欲しがって……俺の邪魔をしやがってぇ……っ!」
何かしら強い覚悟を決めた原賀。
しかし原賀は気づいていない。その傍にある茂みの中から、真っ直ぐ原賀を見つめるネズミがいたことを。
そして少し遠目に、それを操作している六道がいたことを。
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