第75話

 六道が会場へ辿り着くと、【ブルーアステル】のステージが終わる頃だった。最後の方しか見られなかったが、思わず見惚れるほどにステージで舞う彼女たちは素晴らしかった。


 特に格が違ったのは、センターの銀堂雪華だ。クールな立ち振る舞いの中に確かな努力と才が見て取れた。異世界でそれなりに美少女と呼ばれる子たちを見てきたが、まったく遜色のない輝きを放っている。


 初めて出会ったのは公園だったが、その時と比べても別人かと思うほどの変わり様だ。アイドルとしての彼女は、実に見事と呼ぶほどの存在であった。


 そして彼女らのライブが終わり、六道も早々に夕羽たちの所へ向かおうとするが、その直後に起こった原賀によるサイン会の呼び込み。

 その時、原賀と目が合うと、彼はこちらを見下したように鼻で笑った。


(サイン会なんて予定されてなかったよな。……なるほど、どこまでも姑息というか徹底的というか)


 拉致が失敗したことで、こちらのライブを中止させることができなくなった。そこで彼は急遽、サイン会を催して、ライブで心を奪った観客たちをステージから離れさせようとしたのだろう。


(まあ戦略としては上々だろうけど、あまり好きなやり方じゃないな)


 そもそも普通なら二部構成にしているのだから、こちらのライブが終わってからサイン会を行うのがマナーではあろう。しかし別に違反行為をしているわけではないし、こちらも時間は限られていて必死だからと言い訳されてしまえばそれまで。


 原賀はステージから離れた場所にあるサイン会場で、勝利を確信したように笑顔を振り撒いている。そこへ少し慌てた様子の雪華たちが現れると、客たちは一気に色めき立つ。


(彼女たちにとっては良いことなのは確かだしな)


 さらに名を売るチャンスではあるし、アイドルたちにとっては悪くないイベントだ。だから体面的には原賀のファインプレーとも取れる。

 六道は彼女たちを一瞥してから、夕羽たちのもとへ向かう。するとステージ裏で見つけた夕羽たちを見て状況を察した。


 恐らく満潮から干潮したような客の引き具合にショックを受けていたのだろう。気持ちは分かるが、このままではベストパフォーマンスなんてできるわけがない。 


 だから――。


「――――こらこら、アイドルがそんな顔しちゃいけないだろ?」


 頬を緩めながら、まるで親が子を叱るような感じで優しさを持って声をかけた。

 すると全員が六道を見て目を見張る。


「ろ、六道くん!? もう、どこに行ってたのよぉ!」


 先に言葉をかけてきたのは社長だった。頬を膨らませ、ハッキリいってあざとい。


「すみません、ちょっと私用がありまして。でも今はそれよりも……」


 六道はアイドルたちに近づき、再び問いかける。


「どうした? 何か困ったことでも起こったか?」

「困ったって……アンタね、この状況を見て何とも思わないの?」


 やはり最初に噛みついてきたのは空宮だった。


「ん? まー客入りは少ないよな」

「っ……そうよ。だったら分かるでしょ?」

「けど、デビューライブってそんなもんじゃないのか?」


 そんなあっけらかんとして言い放った六道の言葉に、皆が「へ?」となった。


「おいおい、お前たちはまだこれからのアイドルだぞ。最初から満員の客とか逆に違和感あるしな。それに月丘さん」

「ひゃ、ひゃい!」


 突然自分に振られて驚きながら返事をしてきた。


「前に教えてもらった、憧れのトップアイドルの話。覚えてる?」


 それは事務所で、何気なくアイドルを志望した理由を彼女に尋ねた時に教えてもらったことだった。


「え……あ、はい。で、でもそれが……?」

「そのトップアイドルのデビューって、確かどんなんだったっけ?」

「…………っ!?」


 問いに対し小首を傾げた月丘だったが、すぐにハッとなったかと思うと、次に大きく深呼吸をして、自分の頬をペチンと両手で叩いた。


「ひ、姫香、いきなりどうしたのよ? ていうかこれからステージに立つのに、顔を腫らしてどうするのよ!」


 突然の行動に若干引き気味に尋ねる空宮。

 ただ、皆に振り返った月丘の表情には、すでに陰りはなかった。


「えへへ、ごめんね! でもみんな、聞いて! えっとね、私の憧れのトップアイドルなんだけど、その人の最初のライブ、その時に来た人たちって何人だったと思う?」


 そう尋ねられて、口々にトップアイドルになるポテンシャルがあったのならと、百人以上を提示した。しかし月丘はおもむろに首を左右に振る。


「全部でね…………三人だったんだ」


 夕羽たちは一瞬驚くものの、そういう相手を知っているのか頷きを見せた。

 それはアイドル界でも有名な話らしい。現在トップライドルに君臨しているその人物は、地下アイドルとしてデビューし、当初まったく人気を得られず、最初の頃はライブをしても数人程度の客入りだったそうだ。


 しかしそれが……。


「そんな人が、今では世界の歌姫って呼ばれるほどになってる。私はね、私に夢をくれたその人みたいに輝きたいって思ったからここにいるんだ」


 全員が月丘の言葉に耳を傾けている。


「忘れちゃダメだったのに、忘れちゃってた。アイドルは、ステージを楽しめなくなったらアイドルじゃないって! だからみんな、目一杯楽しもうよ!」

「姫香、アンタ……」


 空宮だけでなく、夕羽たちもまた胸を打たれたような顔をしている。

 そこで「俺は……」と口を開くと、再び全員が六道を見る。



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