第74話

「ああくそっ! 何でアイツらが間に合ってんだよっ!?」


 ライブが行われているステージ裏にて、一人指の爪を噛みながら憤っているのは原賀馬玄である。

 つい先ほど控室に入っていく夕羽と十羽を見て、己の策が失敗に終わったことが確定し怒りを覚えていたのだ。


 原賀にとって一番腹立たしいのは、想定外なことが起こること。特に自らが考案した流れ通りにならないことが我慢ならないのだ。

 何故なら原賀という男は、これまで自身の思い描いてきた道を誰にも邪魔されずに突き進んでこられた。そして現在、この若さで大手アイドルプロダクションのプロデューサーという立場を得たのだ。


 これもすべて自分が計画した未来が結実した証であり、己の想定に絶対の自信を持っているからこそである。

 だから想定内が起こったことで計画が悪化するのは原賀にとって許されない。


「っ…………まあいい、どのみちこの俺が担当してる【ブルーアステル】には敵わないしな」


 そもそもデビュー前のアイドル候補生に負けるつもりなどない。そんなことはありえないと思っている。

 何せ、【ブルーアステル】は自分が推しているグループであり、次期エースになるはずの存在だ。いや、そうなるのが当たり前。自分が担当しているのだから。


「それにこの観客の反応を見ろ。大成功じゃないか」


 実際にモール内の客は、老若男女問わずステージに目を奪われている。それもそのはずだ。今回の新人ライブだが、特に力入れて宣伝したのだから。

 SNSはもちろんのこと、テレビCMやラジオでも紹介し大々的に発表した。さすがにメインではなくサブ扱いの紹介ではあったものの、それでも新人には有り得ないほどの待遇であろう。


 これも大手事務所だからこそできる手法である。つまり成功は約束されたライブだった。

 それに加えて、銀堂たちにも最高のパフォーマンスができるように、一流のレッスンを受けさせたし、ステージの演出だって派手で煌びやかだ。人々の目を惹くためのあらゆることを行っている。


 ハッキリ言ってこんな小さな会場ではもったいないほどの金のかけ方だ。

 すると控室がある方角から出てきた集団を見て、原賀はにやつく。


 そこにいたのは【マジカルアワー】の連中だった。皆が皆、年も然程変わらない新人である銀堂たちのライブを観て言葉を失っている様子。

 自分たちと銀堂たちとの練度の差、あるいは才能の差に打ちのめされているのだろう。

 これぞ原賀が望んだ展開。圧倒的な力量を見せつけて絶対的勝利を得る。


「クハハ、あぁ、やっぱりその顔は最高だぁ」


 弱者が敗北感を覚えているその表情こそが、原賀の見たかったもの。


「そうだ、そうなんだ。弱者は何もできない。力こそすべて。権力こそ王道。結局最後に勝つのは選ばれた者だけなんだからな」


 喉を嬉しそうに鳴らしながら、その視線は夕羽と十羽へと向けられている。そして彼女らもこちらに気づいたのか、キッと恨めしそうに睨みつけてきた。だがそれもすぐに視線を切ってステージに注目している。

 そんな彼女らを見て、原賀の胸中は優越感が膨らんでいた。


「お前らが悪いんだ。恵まれた環境で育って、才能も優れて挫折なんかとは無縁……忌々しい」


 ギリギリと歯を鳴らし、明らかにその瞳には暗い澱みが浮かんでいる。しかしすぐにその表情は綻び笑みが浮かぶ。


「けどもう昔とは違う。今は俺は成功者で、あっちは将来性も何もない惨めな弱者。さあ、俺が手にしてる宝石たちに見惚れろ。そして愕然とすればいい。あれが本物の選ばれた存在だ」


 銀堂たち【ブルーアステル】の歌がさらに盛り上がりを見せ、同時にステージが派手に輝く。それに呼応するかのように湧く観客たち。

 この素晴らしい作品を見て、また事務所の門を叩くアイドル候補生たちが集うだろう。これでさらに原賀の評価は上がり、事務所にもまた潤っていく。


 するとその時、スマホに連絡が入り、見ると社長である大城からだった。「どうだ?」という端的過ぎる質問だが、当然その意味は今回のライブについてなのは明白。


 原賀は「我らの勝利は揺るぎません」と返すと、すぐに既読になったが返答はなかった。それだけで納得してくれたのだろうと理解した。


「……そろそろ終わりか。このままでも勝利は間違いないが、念には念を入れておくか」


 怪しい含み笑いを浮かべつつ、原賀はステージ裏へと向かって行った。



     ※



 ステージの近く、関係者以外通行お断りをしている控室がある通路から、【マジカルアワー】の全員が圧倒されていた。 

 その対象は、当然現在ステージに立っている者たちだ。


 先ほど夕羽は自分の目で見て、その魅力を痛感していたが、他の者たちは初めて実感している様子。

 まだ新人なのにもかかわらず、こんなにも多くの人たちを笑顔にできるのは、決して事務所だけの力ではない。彼女たちが才に溺れず努力をし続けた結果である。


 完璧ともいえるダンスに、聴く者を魅了する歌声。そこにアイドルとしての本物の姿を感じた。

 だからか、いつも強気で反骨精神バリバリの空宮タマモでさえ表情を強張らせている。恐らく自分たちと彼女たちとの力量差を感じ取っているのだろう。


 確かに胸を張れるほどの努力はしてきた。それでも今の彼女たち――【ブルーアステル】のようなパフォーマンスができるかと言われれば、素直に首肯することはできないのだ。

 それほどまでに彼女たちの輝きは眩かった。


 不意に遠目に原賀の姿が映り、つい睨みつけてしまう。それは傍に立つ十羽も同様のようだ。しかし今はそんな悪感情に支配されている暇などない。すぐに視線を切った。


 そして程なく【ブルーアステル】のステージは終わりを告げ、盛大な歓声と拍手が周囲からこだまする。まるでドームライブのような盛り上がりだ。

 そんな熱冷めやらぬ中、【ブルーアステル】の人たちは笑顔でステージを去って行った。そしてすぐに舞台変換が行われ、【マジカルアワー】のステージへと変わっていく。

 その度に、どんどん緊張感と不安が増していく。


「うぅ……わたしたち、ほんとに大丈夫……でしょうか……?」


 そんな中、一番気弱な福音小稲が口を開いた。両手をすぼめるように胸の前に置き、身体を小さくして震えてしまっている。


「っ……大丈夫に決まってるでしょ、小稲」

「タマちゃん……でも、でもぉ……」

「ていうか今更何をしたって、今のアタシたちにしかできないことを背一杯やるしかないじゃない!」


 どこか自分にも言い聞かせているような感じだが、まさしく彼女の言った通りだ。


「そうだよ、みんな!」


 皆が少なからず不安を覚えている最中、明るい声が場の空気を転換させた。


「私たちはこれからデビューするアイドルなんだよ! だったらみんなで全力で楽しまないと! そうじゃなきゃ、ここに集まってくれてる人たちにも失礼になっちゃうよ!」


 月丘姫香の言葉が、皆の心に真っ直ぐ突き刺さる。

 彼女もまた不安を感じていないわけではないだろう。けれどその表情は、本当に楽しそうで、まるで遠足気分の子供のように思えた。


 その太陽のような笑顔と元気な声音のお蔭か、重苦しかった空気がどことなく軽くなる。


「そうね……そうよ、空宮さんの言う通り、私たちは今私たちにできることをやるだけ。ここまで……送り出してくれた人たちのためにも」


 夕羽が言いながら十羽と社長を見ると、ニッコリと笑みで返してくれた。そして夕羽の脳裏には一人の青年が浮かび上がっている。

 あの人が助けてくれなかったら、ステージに立つこともできなかったはず。こうして少し先輩であり、圧倒的な力を見せつける【ブルーアステル】にも挑戦することはできなかっただろう。


(考えてみれば、これは良い機会よ。相手は格上。だからこそ今自分たちの立ち位置がハッキリするもの)


 どこまで本物のアイドルに近づけたかが分かる絶好の機会だった。こんなこと普通のデビューライブでは有り得ないだろう。だからこの状況をありがたく思わないといけない。


「そうよぉ、今までい~っぱい頑張ってきたことをステージで出すだけだわぁ。大丈夫大丈夫ぅ。何があっても私や十羽ちゃんがついてるんだしぃ、空母に乗ったつもりでやりきっちゃってねぇ」

「はぁ……空母って社長、別にこの子たちは戦争に行くわけじゃないんだけど……おほん、まあいいわ。いい、あなたたち? 私からはたった一つだけ」


 社長の物言いに呆れる十羽だが、改めて真剣な眼差しを夕羽たちに見せながら言う。


「――思いっきり楽しんできな!」


 ニカッと白い歯を見せて笑う十羽を見た全員は、それぞれ意を決したかのような表情を浮かべ――。


「「「「はいっ!」」」」


 確かな気持ちの籠った返事をした。

 このままの勢いで全力で今まで築き上げてきたものを見せようと奮い立ったその時だ。


 それまでステージに注目していた人たちが、次々とその場を離れていく。

 それと同時に、今はもう耳にしたくないほど嫌悪感が襲う声が響く。


「こちらで【ブルーアステル】のサイン会が行われるので、興味のある方々はどうぞお越しくださいませ!」


 少し離れた場所へと観客たちを誘導していくのは――原賀馬玄。そこにはいつの間にかテーブルが設置されていて、サイン色紙が大量に用意されていた。

 二階、三階にいた人たちも、そのほとんどが移動を開始し、サイン会か、もしくは自身の買い物などに戻っていく。

 耳を澄ませばいろいろキツイ真実が聞こえてくる。


「なあ、次の第二部のアイドルって知ってる?」

「いーや、興味ねえよ。ここには【ブルーアステル】観に来ただけだし」

「だよな。事務所の名前も聞いたことねーし、どーせデビューしたってすぐに消えるんだしよ」


 などと辛辣な言葉が夕羽の胸に痛みを走らせる。ただ実際、デビューしたものの、それで終わってしまうアイドルたちは後を絶たない。だから彼らの言っていることも一理あるのだ。


 見れば先ほどまで笑っていた姫香も辛そうな表情を浮かべている。どうやらどんどん減っていく観客たちの正直な声に対し悲痛な気持ちが込み上げているのだろう。

 当然こちらも宣伝はしたが、結局は名も知られていない事務所からデビューするアイドルだ。【ブルーアステル】のような客入りを期待する方がおかしい。


 しかもそれに加えて、原賀の強引とも言えるような手法だ。サイン会など予定はされていなかったはずなのに、そのせいか会場にいた人たちは、こぞってその場から消えていく。


 気づけばステージの前には、寂しいくらいに数える程度しか観客はいなくなった。恐らくそのほとんどは自分たちの身内や友人などだ。その人たちでさえ、急激に減った観客を見て不安がっている。何だか申し訳なくなってくる。



「――――こらこら、アイドルがそんな顔しちゃいけないだろ?」



 そこへ突如として聞こえてきたのは、他でもない夕羽を救ってくれた青年――大枝六道だった。



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