第80話

 最高のステージが終わり、そのせいで興奮しまくりの卍原を相手にするのをうんざりとしながらも、そろそろ皆も着替え終わるころだと思い控室へと向かうことにした六道。


 扉の前には十羽が護衛のように立っており、彼女曰く社長は挨拶回りに行っているとのこと。

 部屋の中からは、嬉々とした声音が聞こえてくる。そのほとんどは月丘ではあるが、あんなライブのあとなのだから興奮冷めやらぬ感じなのだろう。

 全員の帰宅準備が終わるまで、六道は十羽と並んで壁を背にして待っていた。


「――――ねえ」


 沈黙を破るように十羽は声をかけてきた。何となく彼女が聞きたいことを察していたが、とりあえず「何でしょうか?」と尋ねてみる。

 すると彼女は顔も目線もこちらには向けずに淡々とした様子で言う。


「君って……一体何者なの?」


 まあ当然の質問だろう。


「ううん、君だけじゃないか。君の妹さんだっけ? あの鈴音ちゃんのことも」


 恐らくは鈴音の人間離れした力をその目にしたのか、もしくは夕羽に事の事情をタクシー内で聞いたか。


 そもそも浅くない怪我を負っていたにもかかわらず、目が覚めてると完治はしているわ、誘拐犯から助け出されているわで混乱したことだろう。

 あの時は、いろいろ切羽詰まっていたこともあり状況整理すらできなかったはずだが、こうして落ち着いて考えれば、自分の身に起こったあらゆることに疑問が浮かんでもおかしくない。


 しかもその原因が同じ事務所で働く青年なのだから、問わずにはいられないのは当然。


「まあ……いろいろと」

「へぇ、この期に及んで誤魔化すのね」

「いえいえ、そういうわけではなくて。どうせならもう一人にも話さないといけないし」

「二度手間は困ると?」

「困るというか面倒というか」

「ハッキリ口にするわね……」

「こういう性分でして……はは」


 別に省エネで動きたいわけではないが、それでも同じ話を何度もするのは非効率ではある。どうせなら一気に済ませたいと思うのは誰だって同じだろう。


「……ふぅ。そうね、こっちは助けられた側だし、話してくれるまで待つわ」

「それは助かります。……その代わりにちょっと聞きたいことがあるんですけど?」

「……スリーサイズ?」

「そんなこと聞いたら妹に殺されかねないので勘弁してください」

「ふふ、あなたも妹には弱いのね」


 あなたもと来たかと内心苦笑する。

 実際女性に失礼なことをしたなどということが妹に露見すると、百パーセント長時間説教が待っているし、さらにはそこに叔母まで追加する危険性だって高い。


 二人に嫌われたくもないし、この歳でガミガミと叱られたくもないので、できるだけ女性に対して言動には気を付けるようにしているつもりだ。


「それじゃ、何を聞きたいの?」

「…………原賀について、です」


 それまで小悪魔的な笑みを浮かべていた彼女だったが、すぐに不愉快そうな表情を見せる。


「……アイツの何を知りたいって?」


 少し尖った言い方。原賀のことがどれほど嫌いかよく伝わる。


「あの男は幼馴染だったんですよね?」

「ええ、そうよ。認めたくないけどね」

「……でも昔は仲が良かった?」

「…………そうね。そうだと思っていたわ」

「違うんですか?」

「少なくとも、私や夕羽は仲が良いって思ってたわ。でも……多分向こうは違ったのね」


 若干自嘲気味に言う十羽。そのまま思い出すかのように視線を上へ向けながら語り始める。


「アイツとは小学生から一緒だったの。たまたま隣近所に住んでてね。親も仕事関係で親しかったから家族同士で繋がりがあったわ」


 六道は幼馴染という相手には恵まれたことがないので気持ちは分からないが、どことなく羨ましいとも思っていた。

 特に異性の幼馴染なんてラノベみたいで正直憧れさえあったから。


「だからよくお互いの家に遊び行ったりもしてたわ。アイツ、人当たりが良かったせいか、人見知りの夕羽もすぐに懐いてね。よくお兄ちゃんお兄ちゃんって抱き着いてたりしてたわ」


 それは……今の夕羽を考えると想像しにくい光景だ。


「中学高校と一緒で、しかも私はいつも同じクラス。あのバカの面倒をいつも見させられてたかな。まあでも頭も口もよく回る奴だったから、クラスのリーダー的存在になってたと思うわよ」


 確かに詐欺師でも大成できそうな人格ではある……とは言わないでおこう。


「けど高校に入ってからかな。何となくアイツがよそよそしくなってたように思う。今思い返せばだけど。夕羽も寂しがっていたから、ちょっと強引に家に連れてきたりとかあったけど」


 ちょっととは口にするが、きっとかなり強引だったのだろうと思う。彼女の豪胆な性格を考えると。


「ん? 今、何か変なこと考えなかった?」

「あ、いえいえ! そんなことないですから!」


 どうしてこういう時、女性というのは勘が鋭いのか本当に謎である。


「けど……高校を卒業してからはしばらく音沙汰は無かったわね。何でもアイツはどこかの会社に就職したとかは聞いたけど」

「そうだったんですか」


 勝手にずっと一緒だったと思っていたが、どうやらそれなりにすれ違っていたようだ。


「私も大学に行ってたから忙しくてね。なかなかアイツの足取りも追えなかった。でもそんな時かな。夕羽がウチの事務所の社長にスカウトされたのよ。まさかウチの妹がって思ってビックリしたけど、本人も乗り気だったから家族全員が応援することにした」


 なるほど。夕羽がオーディションではなくてスカウトだったことを初めて知った。


「ウチの両親てば仕事人間で海外を飛び回っていてね。だから保護者として私が夕羽と一緒に事務所へ挨拶に行ったんだけど、そこでまたまたビックリよ」

「? ……! まさか、そこに原賀が?」

「ええ、就職した会社っていうのが、ウチだったわけ」


 何それ。まるで運命の出会いみたいではないか。


 しかしそれは十羽たちも感じたようで、何よりも夕羽が喜んだそうだ。あれだけ会いたかった人に再会できたのだから。しかもこれから自分が世話になる事務所で一緒に仕事ができる。それは本当に運命のように感じたことだろう。


「そこでせっかくだから私もバイト感覚で事務所の世話になろうと思ったのよ。夕羽のことも心配だったし、アイツのこともあったからね」


 それで三人が【マジカルアワー】でともに仕事をこなすことになったわけだ。



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