第81話

 当然原賀も二人に再会するとは思っていなかったようで、最初はよそよそしい態度だったが、少しずつ打ち解けていき、また前のような仲の良かった三人へと戻っていったそうだ。少なくとも十羽や夕羽はそう感じていた。


 事務所には新しいアイドル候補の娘たちも入ってきて、これから皆で盛り上げていこうとしていた矢先だ。

 前に聞いた通り、原賀の裏切りが発覚した。彼はいつの間にか【スターキャッスル】にスカウトされており、【マジカルアワー】にスパイとして潜入していた。


「……はは、結局信じていたのは私たちだけ。アイツはもしかしたら最初から……」


 悲痛な面持ちで目を伏せる彼女の姿を見て思う。

 もしかしたらまだ完全には原賀のことを見切っていないのではないのかと。


 簡単いうと吹っ切れていない。恐らく過去に存在した原賀を美化しているのか、はたまた優しかった原賀に戻ってほしいと願っているのか……。

 原賀にも、そんな善性がまだ残っているのか……。


「…………ちゃんと見極めないとな」

「へ? 何か言った?」

「いえいえ、辛い話をさせてしまいすみませんでした」

「いいわよ別に。君になら話してもいいって思ってたし。ううん、聞いてほしいって思ったから」


 その心遣いはありがたいと思った。それはきっと少しくらいは認めてくれた証だろうから。だからこそ向けられら信頼には応えたい。それを裏切りたくはないと思う。


 しかし彼――原賀は彼女、いいや、【マジカルアワー】の皆の信頼を裏切った。一体そこにどんな理由があるのか知らないが、たとえそこに譲れないものがあろと、彼女たちを傷つけた罪だけは必ず贖ってもらう。

 そこへ扉が開き、中から我らがアイドルたちが姿を見せた。


「お待たせしました! あっ! ドライバーさんもいたんですね! どうですか、見てくれてましたか! 私たち、全力でパフォーマンスできたと思います! どうでしたか!」


 真っ先に六道に詰め寄ってきたのは月丘だった。

 シャワーも浴びたようで、どこか髪が艶っぽく、それでいて顔も上気しているように感じる。


「ああ、レッスンの成果がちゃんと出てたと思う。立派なアイドルの姿だったぞ」

「えへへ、そうですかぁ、私……アイドルになれてたんですね! ブイブイです!」


 褒められたことが嬉しいのか、両手でブイサイン作って満面の笑みを見せてきた。

 そこへクイクイッ、服を引っ張られたので視線をやると、こちらを見上げているしるしがいる。両手でしっかりとぬいぐるみのニオを抱いていた。


「……しるしは……どうだった?」


 相変わらずの無表情で尋ねてくるしるしの小さい頭を優しく撫でながら言う。


「おう、可愛かったぞ」

「! ……ん」


 ほんの少し頬を緩めて嬉しそうに眼を細める。


「ちなみに会場にはちゃんと団十郎さんたちも来てたし応援してたぞ」

「ん……見てた。……嬉しかった」


 やはり両親に応援されるのは何よりも励みになるだろう。まあ団十郎さんはあの図体なのに感動したようで涙を滝のように流していたので少し怖かったが。

 月丘の後ろから次いで出てきたのは空宮と小稲だ。


「お疲れ。二人とも楽しそうだったな。見ててこっちも楽しかったぞ」

「フン、当然よ! 見てなさい、これからどんどんファンを増やして、そのうち世界すらも魅了してやるから!」


 空宮は本当に自信家だ。しかし言葉にすることが彼女の原動力にもなっている。だからもしかしたら将来、本当に世界的に有名なアイドルになるかもしれない。


「あ、あのあの、お兄さん……わたし……どうでしたか? ちゃんとできてましたか?」


 この中で一番不安を感じていたのは小稲だろう。元々消極的で自分に自信がないタイプだから。でもレッスンを見てて誰よりも頑張っていたように思う。健気で儚げで、それでも必死に皆についていこうとする姿はとても胸を打った。

 だから六道も素直にこの気持ちを言葉にできる。


「うん、しっかりやり遂げたな。いっぱい練習したもんな。とても良かったぞ、小稲」


 そう言ってやると、一瞬呆けたようになったがすぐに顔を真っ赤にして、「はやや!」と言って顔を隠すように空宮の背後に移動する。


「タ、タマちゃん、わたし、ほほほほ褒められちゃったよぉ~!」

「はいはい、良かったわね」


 空宮は半ば呆れながらも、明らかに嬉しそうな表情を浮かべている小稲にそう声をかけてやっていた。

 そして最後に夕羽が出てくる。その顔はかなりの疲労感を覚えるが、それでもやり尽くした充実さも感じ取れた。


 しかし何かを発するわけでもなく、彼女はジッと六道を見つめたまま。


(え? 何? これ俺から何か言った方がいいパターン?)


 若干戸惑っていると、口火を切ったのは十羽だった。


「最後のダンスのターンで、少しぐらついてたわね」


 いきなりのダメ出しを告げたのである。

 いや確かにレッスンでは完璧にターンを見せていたが、最後の最後で少しぐらついたのは六道も気づいていた。しかしそれも仕方のないこと。


 何故なら彼女はその前に、いろいろあり過ぎて、心も身体も整理することなく本番を迎えたのだから。

 しかし注意をされた夕羽は軽く溜息を吐くと、特段感情を表に出すでもなく発言する。


「そうね、言い訳はしないわ。だから次は――完璧な八ノ神夕羽を見せてみせるわ」


 この子もこの子で心が強い。普通あんなことがあったのだから言い訳をしても悪くないはず。しかしそれもまた自分の責任ともいうように背負うつもりのようだ。


(これは……マジで次は完璧過ぎるパフォーマンスが見れそうだな)


 彼女にとっては不甲斐ない、完全には納得のできないデビューにはなってしまっただろう。しかしこれで確実にアイドルとしての一歩を踏み出せた。

 失敗したと思うなら、次に挽回すればいいだけのこと。彼女なら、いや彼女たちなら、たとえ何に躓いたって立ち上がって前に進んでいけるだろう。


「……そうだな。俺も楽しみしてるぞ、夕羽さん」

「っ…………夕羽でいいわ。だから…………これからもよろしく」


 どこか気恥ずかしそうに視線を横にずらしながら言ってくる。これはまた一歩、認めてもらえたということでいいのだろうか。


「ああ、よろしくな、夕羽」


 いろいろあったものの、こうして我が【マジカルアワー】の雛鳥たちは全員が無事に、アイドルとしてはばたくことができたのであった。



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