第18話

 見れば、団十郎さんの後ろに小柄な人物が立っており、その手には振り抜いたであろう巨大なハリセンがあった。

 それにしても誰だろうか。見た目はしるしに似ているし、もしかしたら姉妹という線が濃厚か……。


「あ、おはようございますっ、おばさん!」


 またも口火を切ったのは、月丘である。


 ……え? おば……さん?


 月丘の言葉に激震走る。

 何せ、目の前に立つ幼女に見える存在が、まさかまさかの……。


「……あらもう、素敵な挨拶ね、姫香ちゃん! こちらこそ、おはようございます。みんなもおはよー」


 月丘に匹敵するような明るさで笑顔を振り撒きながら挨拶をしてきた。


「あ、ていうか姫香ちゃん、おばさんは止めてっていつも言ってるでしょ! 愛を込めて、かもめさんって呼んでよー。でもでもぉ、かもめちゃんでもいいわよぉ~」

「はーい、分かりました、かもめさーん!」


 月丘は、「いい子ね~」と言われて、「えへへ」とはにかんでいる。


「……ママ……パパが…………死んでる」

「え、あらそう? 邪魔だったから弾いただけなんだけどね~」


 気軽に物騒なことを言うが、やはりしるしの母親らしい。

 それにしても……と、改めてしるしと母親を見比べる。

 少ししるしよりは大きいものの、まだ小学生と言われても疑われないほどのルックス。


 もしかしてエルフか? いや、小柄だし、エルフとドワーフのハーフとか……?


 そんな有り得ない妄想を膨らませていると……。


「あ、君だよね、今度の新しいドライバーさんっていうのって」

「え? あ、はい、そうです。大枝六道といいます。以後お見知りおきをお願い致します」

「あらあら、これはご丁寧にどうも。わたしは百合咲かもめっていうのよ~。この子のママでーす!」


 しるしにギュッと抱き着きながら笑顔を見せた。


「むぅ……ママ……くるしい」

「あ、ごめんごめん! ていうか、あなた、いつまで寝てるの? 他の人の邪魔になるでしょ、もう」


 いまだに痙攣している団十郎さんに向かって、その状況を生み出した本人が冷たく言い放った。

 フラフラになりながらも立ち上がると、そんな団十郎さんに対してかもめさんが説教し始める。


「もう、初対面の人に失礼なことはダメっていつも言ってるでしょ!」

「うっ……し、しかし……しるしの身を預けるドライバーが貧弱では……安心できん」

「あの篝さんが選んだ子なんだから大丈夫よ!」

「だが一度……失敗している」


 その言葉に、俺以外の全員の表情に陰りが生まれる。特に空宮は顕著だ。

 あの社長に失敗……? やはり過去に何かがあったようだ。


「……えい!」


 大きくジャンプし、またもハリセンで、団十郎さん頭をはたくかもめさん。見事な音が周囲にこだまし、団十郎さんが顔が下を向く。


「い……痛いではないか……ママ」

「いい? 誰だって失敗するの! でも、失敗からたっくさん学べる。篝さんはおんなじ失敗を繰り返すような人じゃないことは分かってるでしょ?」

「そ、それは……うむ」

「そんな人が選んだ人だもん。今度はきっと大丈夫よ!」


 ブイサインを作りニカッと笑顔を見せるかもめさんを見て、若干釈然としない様子ながらも、団十郎さんは諦めたように溜息を吐くと、再度俺に身体ごと向けてきた。


「……突然……失礼をした」

「あ、いえ。こっちもその……すみませんでした。それに、父親として娘を想う気持ちは分かるので」


 仮に俺でも、不安になるだろう。まあ、初対面でいきなり握力勝負するなんてことはしないだろうが。


「しかし…………君は強いな。これでも……ここ何十年も負けたことはなかったのだが……」


 俺は「あはは……」と乾いた笑いを届けただけ。沈黙が流れる。


「……ねえ、六道、時間はいいの?」


 まるで助け船のように声をかけてくれたのは空宮だ。


「おっと、そうだ。では、娘さんをお預かりします。大切に送迎致しますのでご安心ください」


 ペコリと団十郎さんたちに礼を尽くすと、俺は車へと走る。アイドルたちもこぞって乗り込んでいく。

 手を振るかもめさんたちに見送られながら事務所へと向かった。




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