第19話

 事務所に到着すると、そこには見知らぬ女性が二人、横森さんと話をしていた。


「お疲れ様でーす!」


 開口一番、元気よく挨拶をしながら月丘が横森さんたちに向かって声を上げた。それに気づいた横森さんもまた、笑みを浮かべて出迎える。


「おはよう、姫香ちゃん。今日も元気ですね! あ、皆さんもお揃いですね、おはようございます!」


 横森さんの挨拶に、空宮たちもそれぞれ対応し、俺もまた「お疲れ様です」と返した。

 だがその時、不意に敵意のような冷たい視線を感じ、その先に顔を向けると、こちらを睨みつけている少女がいた。


 先程和やかに横森さんと談笑していた女性の一人。歳は月丘と同じくらいだろうか。


 腰まで届く艶やかなストレートヘアを有し、険しい顔つきながらも、モデル顔負けのような整った顔立ちとスタイルだ。可愛いというよりは美人という方が正しいか。美男美女で構成されるエルフの集落にいても、何ら不思議ではないほどの美貌であろう。


 しかし何故敵意を向けられているのか……。

 そんな少女の様子を見て、少女の傍にいるスーツを着込んだ女性が苦笑を浮かべている。こちらもまた美人であり、どことなく少女と似通っている風貌だ。ただし、こちらはスポーティな短髪であり、どこか愛嬌のある顔立ちである。


 もしかしてこの人たちが……。


「アイドルたちのお迎えお疲れ様です、大枝さん! あ、そうそう。昨日お話していたもう一人のアイドルの子と、そのマネージャーさんをご紹介しますね」


 やはり思った通り、彼女たちがそうらしい。

 ちなみに月丘たちは、荷物を手に持ったまま、すぐに事務所を出て行った。すぐにレッスンを始めるらしく、地下へと向かったようだ。


 残された俺は、いまだ睨みつけてくる少女と対面しながら立ち尽くしている。

 そんなピリピリした空気の中、あわあわとしながらも仲介に出たのが横森さんだ。


「え、えとえっと、大枝さん、この子が八ノ神夕羽ちゃんで、こっちが――」

「――八ノ神十羽よ。お話は社長と香苗から聞いてるわ。これからよろしくね」 


 横森さんの言葉を取り、十羽が一歩前に出て自己紹介をした。夕羽とは違い、こちらは明確な敵意というものはそう感じないので、俺もまた柔和な笑みを浮かべて応える。


「大枝六道です。こちらこそよろしくお願いします」


 新参者として印象を悪くしないためにも、やはりここは丁寧に対応することにして頭を下げた。


 しかし――だ。


「――――私はあなたなんて認めませんから」


 そんな言葉を残し、俺の脇をスッと通り過ぎていく夕羽。そのまま事務所を出て行った。恐らく他の子たちと同じようにレッスン場へと向かったのだろう。


「はは……ごめんね、あの子にはあたしから言っておくから」


 申し訳なさそうに笑う十羽に向かって、俺は首を左右に振る。


「いえ、気にしていません。どうも、前に何かあったようなのは理解していますから」

「っ……まあ、ね。けど、あの子の態度はやっぱり𠮟るべきだし」

「けど十羽さん、一番の被害者はあの子ですし、あまり強く叱らないであげてくださいね」

「分かってるわよ、香苗。でも、いつまでも引きずってちゃ、仕事にも影響するでしょ?」

「それはそうですけど……」


 困ったように肩を落とす横森さんを不憫に思って俺が口を出す。


「あの、本当に気にしてませんよ。何があったか分かりませんが、無関係であるはずの俺に対し、あそこまで毛嫌いするということは、相当根の深い問題を抱えているんでしょう。あまり強制すると、それこそアイドルとしてパフォーマンスが落ちてしまうかもしれませんし、今はそっとしておく方が良いかと」


 そう言うと、横森さんは感動したように目を輝かせ、十羽の方はポカンと呆気に取られたように固まっていた。なので、つい「何か変なこと言っちゃいましたか?」と尋ねてしまう。


「い、いいえ! さすがは社長のお墨付きの方です! ほらね、十羽さん! 大枝さんならきっと大丈夫ですって!」


 賛同を求める横森さんに対し、十羽はというと「ふぅん」と面白そうな目つきを見せる。


「なぁるほどぉ、確かにアイツとは違う感じね。……けど」


 スッと今度は見定めるように目を細めてきた。


「裏に悪魔を飼ってないことを祈りたいわね」


 どうやら過去に事を起こした奴というのは、相当醜い裏を持ち得ていたようだ。

 まあ、こんな短時間で信用してもらえるとは思っていないので、それはこれからの仕事の取り組みで証明していくしかないだろう。


 しかしまったく、そいつのせいで苦労しそうなので腹が立つ。

 すると、十羽が笑顔を浮かべると、俺に近づいてポンと背中を叩く。


「ま、とりあえずドライバーとして仕事をきっちりしてくれたら文句はないわ。あーけど、当分のところはあの子――夕羽はあたしが面倒みるからね」

「分かりました。俺も信用してもらえるように力を尽くしますよ」

「お、言ったねぇ。それじゃそれじゃ、さっそく先輩であるあたしのために、ビールとおつまみを買って――」

「――十羽ちゃん、まだお仕事中よねぇ?」


 突如、十羽の背後に現れた社長。背筋をも凍る声音にビクッとした十羽は、ゆっくり振り向き引き攣った笑みを浮かべる。


「や、やだなぁ、じょ、冗談だってば冗談! あはははは!」


 本当に冗談だったのだろうか? 目はマジだったが。


「全くもう、あなたは! それよりもそろそろオーディションに向かう時間でしょ?」

「あ、そうだった! じゃあ夕羽を連れて行ってくるわ! そうそう、大枝くん?」

「はい? 何でしょうか?」

「……一応、期待しといてあげるからね!」


 男ならドキッとするようなウィンクを投げると、そのまま楽しそうに外へと出て行った。


「ごめんなさいね、六道くん、悪い子じゃないんだけど」

「はは、サバサバしてて面白い方ですね。どこか叔母さんに似てますし、大丈夫ですよ」

「あー確かに、あの性格は希魅先輩に似てるかも。フレンドリーなとことか、人をからかうのが好きなとことか」


 叔母さんも、コミュニケーション能力が高く、よく俺や妹をからかったりする。本人の能力自体も高いこともあり、他人から好かれるし、愛される性格と言えよう。


「まあでも、私生活は男っぽいせいで、いまだに彼氏一人いないけどねぇ」

「美人なのにもったいないですよね」


 社長に横森さんは笑って言うが……。


「お二人はパートナーはいらっしゃるんですか?」

「「!? …………」」


 二人の笑顔が一気に凍結し、今度は項垂れる。

 どうやら地雷を踏んでしまったようだ。これはマズイ。


「あ、あーっと……ちょっと飲み物買ってきまー……っ!?」


 背を向けた瞬間に、肩を掴まれてしまった。しかも両肩。二人それぞれが俺を逃がさんとばかりに手に力を込めている。 


 あれぇ、団十郎さんよりも握力強くなぁい?


「うふふ、乙女の傷を抉るとどうなるか、今からじっくり教えてあげるわぁ。ね、香苗ちゃん?」

「はぁい。まだ未成年の大枝くんには、人生の先輩として教育をしっかり施さないといけませんもんねぇ」


 その直後、俺は奥の方へと引きずり込まれ、延々と女性の扱いについての、ありがたい説教を受けたのだった。



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