第17話

 ……………………え?


 そのまま男は、ドスドスを大股で近づいてきて、月丘をチラリと見たあと、今度は俺の方へ寄ってきた。


 ……で、でけぇ……!


 これでも百八十センチメートルはある俺だが、その俺を容易く上から見下ろしてくる。

 恐らくは二メートルを超えているであろう巨躯で、ガタイも日本人離れしていて、どうも堅気には見えない。まるで戦場で銃を乱射する傭兵のようだ。


 もし俺が気弱な青年ならば、震えて声も発せられないような威圧感である。

 しかしそこは異世界勇者。この程度の威圧感の持ち主なんて腐るほどいたし、実際に殺し合いもしたことだってあるので気圧されることなどない。


「あー初めまして。自分は大枝六道と言います。昨日からこの子たちの送迎を担当するドライバーとして仕事をすることになりました」


 ペコリと一礼をすると、男は「……ほう」と小さく溜息に近い声を出した。


「あ、おじさん! しるしちゃんはまだですか?」


 まるで一触即発のような緊張感の中、月丘の和やかな声が響く。


 おじさん……ということは、この人がしるしの父親……か?


 にしてもデカイ。というか似ていない。あの小さく儚そうなしるしと似ている部分を探すのが難しい。

 すると、そこへ扉の奥からゆっくりとした足取りで小さな影が姿を現す。


 ――しるしだ。


「もう、おっそいよー、しるしちゃん!」

「ん……ごめん」


 ぬいぐるみのニオを抱きながら、相変わらずの無表情でしるしが答えた。

 そのまま彼女は、トテトテと俺の傍までやってくる。


「……おはよ…………ロク」

「おう、おはようさん、しるし」


 俺がしるしと呼んだその時、父親からの圧力が膨れ上がる。そして何を思ったのか、スッと右手を差し出し、


「……俺は、この子の父……百合咲団十郎だんじゅうろうだ」


 短く自己紹介してきた。どうやら握手を求めているようだが……。

 ここでスルーするわけにもいかないので応じることにした。


 ――ギュッ。


 まるで熊と握手しているかのような手の分厚さ。それに比べて、徐々に握りが強くなっていく。それは万力と思うような力強さである。


 これは…………試されてる?


 父として娘を安全に運ぶことができるのかと身体に聞いているのかもしれない。

 もしここで痛みにもがくようなら、資格なしということでドライバー資格を剥奪しようと動き出すのだろうか。まあ、娘のために屈強な男が傍にいた方が安心するのは分かるが……。


「…………娘は……やらんぞ」


 ああ、違った。コイツは単なる親バカだ。


 ただ単に、娘に近づく男が気に食わないだけのようだった。

 もしかしたらここで俺の貧弱さをアピールさせて、しるしにがっかりさせることが目的だったのかも。


 仮にそうだとしたら、父親にとっては相手が悪かったであろう。そもそも、こんな巨漢の握力に対抗できる相手が少ないだろう。特にヒョロヒョロに見える俺のような相手ならなおさらだ。


 しかしながら、父親――団十郎さんが敗北を与えようとしている相手は、異世界で英雄と称された雄なのである。


「……む?」


 いつまで経っても、俺が痛がらないどころか平然と立ち続けることに、団十郎さんは怪訝な表情を浮かべ、さらなる力を込めてくる。

 ミシミシと筋力がうなりを上げるが、俺は微笑を浮かべながら佇む。


 その異様な空気感に、月丘はそわそわとし始め、何事かと思った様子の小稲たちまで車から降りてきた。しるしはというと、感情の分からない目で、俺と団十郎さんを交互に見つめている。


「……ぐ……ぬぬぬぅ」


 団十郎さんが、今度は少し足幅を広げて、本格的に俺を打ちのめそうと握力を増してくる。


 ……そろそろ、いいかな。


 どうも諦める様子がないので、今度はこちらから動くことにした。


「……っ!?」


 表情を歪め、額に光る汗を滲ませ始める団十郎さん。明らかに何かに耐えている様子だ。

 それもそのはずだ。俺が勇者としての身体能力を発揮し、逆に握力を込めているからである。


 以前、ダイヤモンドスネークというモンスターと対峙したことがある。その名の通り、全身がダイヤモンドのような光沢と硬度で、太さはそれほどでもないが、全長が十メートル以上もあり、巻き付かれたら一瞬にして、全身を潰されてしまう恐ろしい怪物。


 俺はそんな奴相手に、握力だけで逆に握り潰してやったことがある。

 いくらこの男が、体格に恵まれていて握力がとんでもないといえど、ダイヤモンドを握り潰せるわけがない。精々が百キログラムから二百キログラムの間であろう。

 その程度で、勇者の力を上回れることはできない。


「ぐぬっ……ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」


 とうとう堪らずといった感じで、片膝をつく団十郎さん。

 その様子を見て、その場にいる誰もが驚愕の表情を浮かべている。全員が俺が勝つと思っていなかったようだ。まあ、実際に体格から見ても俺に勝機を確信する人はいないはず。


 ただそれでも、まだ負けじと力を込めてくる。どうやら相当負けず嫌いのようだ。いや、というよりも先に仕掛けた手前、娘の前で負けることなどありえないと思っているのだろう。


 ……けど、これ以上はなぁ。


 チラリとしるしに視線をやると、少し不安そうな目で団十郎さんを見ている……ような気がする。


 さすがにやり過ぎかと思い、降参しようかと力を緩めると――パァァンッ!

 突然団十郎さんの頭が弾かれたように横に跳ねた。


 ……はい?




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