第16話

「あぁ……それはですね……」


 何やら言い難そうな表情を浮かべる横森さんに、あまり良くない事情が絡んでいる気がしたので……。


「あー別にただの好奇心ですから気にしないでください。すみません、不躾に踏み込んでしまったようで」

「い、いえいえ! このことはいずれお話するべきだと思ってますけど、それはその……私の口から言っていいのかどうか迷いまして……被害者はアイドルたちですし……」


 消え入りそうな最後の言葉だったが、やはり困らせてしまっているようなので話を終わることにした。


「分かりました。じゃあその話はいずれということで。とりあえず、八ノ神さん以外のアイドルたちを連れてくればいいんですね」

「あ、はい。一応こちらから連絡しておきますので、時間になったら迎えに行ってあげてください」


 自分の仕事を把握したあと、時間が来るまで、横森さんと事務所やアイドルについて何気ない談笑をしていた。


 横森さんは本当にアイドルが好きなようで、過去に名を馳せたアイドルや、現在売れっ子のアイドルたちのことを、目を輝かせながら語っていた。その姿に、アイドル業界に興味がなかった俺としては圧倒されっ放しだったが。


 そういえば妹の鈴音も、幼い頃はアイドルが歌って踊っている姿を見て一緒に真似をしていたことを思い出す。

 やはり女の子というものは、ああいうキラキラした舞台に一度は憧れるものなのだろうか。


 ただ、今はアイドル業界も厳しいらしく、やっとの思いでデビューを果たしても、すぐにテレビ画面から消える子たちも少なくないそうだ。

 まだ会って間もないが、できれば空宮たちには、アイドルとして成功してほしいと思う。


 そして、そろそろということで、俺は駐車場へ行き、そのままアイドルたちの迎えに行く。

 まずここから一番近い月丘の自宅へ。彼女は、父親と母親との三人暮らしく一軒家に住んでいるらしい。


 渋滞などにも捕まることなく、真っ直ぐ月丘の自宅へ到着すると、すでに家の前に彼女は待っていて、俺の到着に対し嬉しそうに手を振っていた。


「おはようございますっ、ドライバーさん!」


 扉を開けた月丘から、元気な挨拶が飛び込んできた。


「ああ、おはよう。朝からテンション高いな」

「はい! いつも元気が取り柄のアイドルの卵ですから! えへへ!」


 本当にこの子は笑顔がよく似合う。人を引き付けるような無垢さが伝わってくる。

 月丘が乗り込むと、すぐに車を走らせた。


「ドライバーさん、次は誰を迎えに行くんですか?」

「ここから一番近い小稲だな。まあ、彼女の近所に住んでる空宮も一緒にいるらしいけど」


 二人は同じ高級マンションに住んでいる。


「あの二人って、ほんっとーに仲良いんですよ! 歳は離れてるのに親友って、何か良いですよね!」

「はは、月丘さんにはそういう子はいないの?」

「私ですか? うーん……友達は多い方だと思うんですけどぉ……小稲ちゃんたちみたいな関係の子はいないかもです。だから羨ましいんです……」


 どことなくシュンとなる月丘。もし獣耳があったなら、間違いなペタリと垂れていることだろう。


「まあ親友なんてもんは、一生に一人見つければいいと思うぞ」

「一生に一人……ですか?」

「ああ、本当に大切な存在ってのは、そうそう見つかるわけがないし、簡単に見つかってもありがたみがない。だからこそ、じっくり付き合っていって、心から寄り添えるような友を見つける。たった一人でいいんだ。そう考えれば別に焦る必要もないだろ?」

「…………なるほどです。あの、ドライバーさんって、意外にロマンチックなんですね!」

「悪いな。何か恥ずかしいことを言っちまったようで」

「いえいえ! とーっても素敵なお考えかと思います! ……よし! じゃあ私、絶対にいつか、親友を見つけてみせますね! そしてドライバーさんに紹介しちゃいます!」

「おう、その時を楽しみにしているよ!」


 満面の笑みで「はい!」と答えた月丘は、小稲の家に到着するまで、いろんな話を振ってきた。全然途切れない会話に、月丘が喋るのが大好きだというのがよく分かる一面である。


 そうこうしていると、小稲たちが住むマンション前に辿り着き、そこに小稲と空宮が立っているのを確認できた。

 二人を拾い、今度は最後の一人である、しるしを迎えに出発する。


 車内では、昨日と同じようにアイドルたちがひっきりなしに言葉を交わしている。ここでもやはり一番多く喋っているのは月丘で、彼女の話をリアクションをしっかり返しながら聞く小稲と、窓の外を眺めながら時折厳しくツッコむ空宮といった感じだ。


 そして、いよいよしるしの家に辿り着いたはいいが、月丘と同じ一軒家の玄関前にはしるしの姿はない。


「じゃあ私、しるしちゃんを呼んできますね!」

「あ、待ってくれ、月丘さん! 俺も一緒に行くよ」

「え? ドライバーさんもですか?」

「うん、昨日は親御さんに挨拶できなかったからな。今後のためにも、できれば顔を覚えてもらいたいし一緒に行かせてくれ」


 昨日、俺は車に残って、横森さんがしるしを家族のもとへ送り届けたのだ。だから彼女の親に会わなかった。だから今日、できれば挨拶くらいはしておきたい。

 俺は月丘と一緒に車を降りて、彼女がインターホンを押した。


 すると、「……ハイ?」と物凄く野太い声が響き、月丘が「しるしちゃんを、お迎えにきました!」と明るい声で答える。

 しばらくすると、玄関の扉が開く。


 そこからてっきりしるしが出てくると思ったら、何故か迷彩服を着込んだスキンヘッドでサングラスの巨漢の男が姿を現した。



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