第15話

 ――翌朝。


 起床してスマホを確認したら、怖ろしいことにメッセージが五十件も入っていた。

 普段そんなに入ることはない。プライベートでは、基本的に鳴らない電話として伝説を築いているというのに。しかも、だ。


「……何で鈴音から?」


 我が妹からメッセージが入るだけでも珍しいのに、四十七件も彼女で埋め尽くされていた。


 だからこそアプリを開いて、メッセージを確認するのが怖い。何だかとてつもなく嫌な予感がするからだ。しかし、ここで逃げては異世界勇者が廃ってしまう。そうして意を決し確認して、さっそく後悔してしまった。


『バカ! 変態! シックスロード!』


 久しぶりにどうした妹よ。できればもっと愛を感じるやり取りが良かったぞ。

 それにシックスロードというワードも懐かしい。よく鈴音が機嫌が悪い時に、俺をそう呼んでいた。まあ、単純に〝六道〟を英語表記にしただけのものだが。


 つまりは『バカ! 変態! 六道!』となる。あれ? 俺の名前って悪口だっけ?


 つい懐かしさと悲しさで涙が出そうになりながらも、粛々と続きを確認していくが、ほぼほぼ愚痴や悪口だらけだった。


 何でコイツがこんなにも怒ってんのかサッパリだし。最近は会ってもないしなぁ。まさかまた就職の面接落ちたことか? でも一応昨日、アイドル事務所でドライバーできることになったって叔母さんには送ったし。叔母さんから、その話を聞いてないのか?


「いや、それにしても変態ってのは何?」


 面接に落ちた理由にセクハラとかはなかったぞ、いやマジで。そもそもこれ……。


『エロ魔人! どうせ鼻の下伸ばしてんでしょ! マジでキモイ!』


 読むだけで心が砕け散りそうになるが、どうにもおかしい。

 こんな文言を言われるようなことをした覚えがないからだ。こういう言葉が出るということは、そういう事件を起こしたか、日頃から誤解されそうなことをしているか、だろう。


 だが、さっきも言ったように、俺は最近鈴音とは会っていないし、一緒に住んでた時も、アニメや漫画にありがちな、ノックもなしに扉を開けて、妹が着替えている場所に出くわすなんていうラッキースケベ的な展開もなかった。それなのに何故……?


「まあ、向こうにいた時は、危ない場面もあったけど……」


 勇者をやっていた時は、周りにそれこそアイドルや女優にもなれるほどのルックスの女性たちがいた。

 何故か夜這いをされかけたり、風呂に入っていると侵入してきたり、必要以上にスキンシップをしてきたり、モテない男たちが嫉妬でどうにかなりそうな展開は多々あった。


 ただいずれ元の世界に戻る俺としては、下手に手を出すわけにはいかず、涙を飲んでいつも耐えていた。

 けれどそれも異世界での出来事で、それを知っているのはこの世界では俺だけだ。当然誰にも喋っていない。つまりあの時のイヤ~ンな諸々は関係ないということ。


「だったらどういうことだ? ……って、いつまでもこうしちゃいられないな」


 今日から初出勤だ。昨日から仕事したので、初と言っていいかどうか分からんが。

 俺は手早く準備を済ませると、すぐに事務所へと向かった。

 事務所には、すでに横森さんが出勤していた。


「おはようございます、大枝さん! 早いですね!」

「おはようございます。横森さんこそ、めちゃめちゃ早いじゃないですか」

「実は私、向かいのマンションに住んでるんですよー」

「あーなるほど。それは便利ですね。俺だったらギリギリまで惰眠を貪るけどなぁ」

「あはは。私ってば、寝るの早くて。だから起きるのも結構早いんですよ。それで家にいても暇なので、こうして早めに来てお掃除とかしてるんです」

「そうだったんですか。ていうか何時に寝てるんですか?」

「夜の九時過ぎ……くらいですかね」


 ……おばあちゃんかな?


 思わず口に出しそうになったが、想像以上の早寝でビックリした。


「け、健康的でいいじゃないですか。あ、だから肌とか綺麗なんですね」

「ふぇ? そ、そそそそんなことないですよ! 綺麗だなんて……えへへ」


 うん、凄い可愛らしい人だ。特に笑顔が魅力的である。


「ところで、いつ頃アイドルたちを迎えに行けばいいですかね?」

「あ、そうですね。今日のスケジュールを伝えておきますね!」


 そう言って一枚の紙を手渡された。そこにはアイドルたちのスケジュールが記載されている。

 とはいっても、仕事という仕事はなさそうだ。ほぼ全員がレッスンで、一人だけがオーディションと書かれていた。例の夕羽という子のことだ。やはり彼女だけは他の子たちよりも一歩抜きん出ている様子。


「まずは午前九時までに全員を事務所に連れてきてください」

「了解しました。あ、でもこの八ノ神やのかみって子の家は知らないんですが……」


 昨日少し話題に出た夕羽のことだ。


「そうでしたね。けど夕羽ちゃんについては問題ありません。実は夕羽ちゃん、お姉さんと一緒に暮らしていて、そのお姉さん――十羽とわさんはアイドルたちのマネージャーなんです」

「へぇ、そうだったんですね。じゃあ彼女については送迎はいらないってことですか?」

「今のところは、ですね。アイドルたちがもっと忙しくなると、お願いするかもしれませんけど。それに元々十羽さんは、私と同じただの事務員でしたし」


 現在、アイドルらしい活躍をしているのは、その夕羽という子だけ。だからマネージャーである十羽さんも、今は夕羽だけに集中できている。だが、他の子たちも仕事をし始めたら、マネージャーとしてフォローする場面も増えるので、夕羽だけに付きっきりというわけにはいかないのだ。ただ元々事務員だったという話が気になった。


「あの、そのマネージャーさんの十羽さん、でしたっけ。事務員だったのに、どうして今はマネージャーを?」


 最初からマネージャーもしていたというのなら兼任という形で納得できるが、どうもそうでないみたいだから少し気になったのだ。



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