第83話
「確かにあなたの持つ力は異常ね。世間に知られれば確実に騒ぎになるわ」
その通りだ。異世界と違い、この力は強過ぎるし、異端扱いされても不思議ではない。いや、異世界でも六道の力は畏怖されていた。だからこちらに戻ってきたという理由の一つでもあるのだが。
「けれどもそれで確かに救われた人たちはいるでしょう? 聞いたわよ、まだ事務所で面接する前に、小稲ちゃんたちを助けたって。もしあなたに力がなかったら、あの子たちも無事じゃすまなかったんじゃない?」
「それは……」
もしもの話をしても仕方ないが、あの状況では普通の人間では対処できないだろう。たとえ出て行っても、数人の男性にボコボコにされる未来しかない。
「それに今回のこともよ。あなたがいてくれたから私たちは助かった。ううん、アイドルたちは立派にデビューを果たせたのよ」
「そうね。その通りよ。あの時、あなたが来てくれなかったら、きっと私は……」
スラム地区のことを思い出したのか、夕羽は身体を震わせる。
「きっと私は……無事ではなかったはず。だから……辞めるなんて言わないで」
「十羽さん……夕羽…………ああ、ありがとな」
正直覚悟はしていた。自分の力を見せてしまった手前、彼女たちからどんな言葉を投げかけられようと仕方ないと。
実際に異世界でも、強過ぎる力は庶民を怯えさせてしまっていた。手を差し出しそれを払われたこともある。異端な存在は恐怖の象徴でもあるから。
だからこそもし怯えられるなら、せっかく手にできたドライバーという職を放棄してでも、彼女たちの前から去ろうと。
しかし嬉しいことに、夕羽たちからは一切の拒絶を感じなかった。
「だから……だから二度と言わないでほしいわ。辞めるなんて」
「そうそう。せーっかく人見知りで扱いの難しい妹も気に入ったドライバーをまた見つけるなんて大変だしね」
「ちょ、ちょっと姉さん! わ、私は別に……気に入ったとか……言ってはいないのだけれど……」
どんどん尻すぼみになっている言葉。最後の方はまったく聞き取れなかった。
どちらにしろ六道にとっては好ましい結果になってくれたようでホッとする。
それと同時に、彼女たちの自宅前までやってきたので、そこで彼女たちを下ろした。十羽からは異世界についてまだ話を聞きたいと言われたが、それはまた今度ということでお開きになった。
※
自宅前まで送ってくれた六道とは別れ、夕羽は十羽と一緒に彼の車がいなくなるまで見送ると、少しその場で佇んでいた。
正直今日はいろいろなことがあって疲れた。このまますぐにベッドに横なって眠りたいくらいだ。
それに加え、やはり衝撃的だったのは六道の話である。
まさか彼が異世界で勇者をしていたなんて思いもしていなかったから。
けれど彼が嘘や誤魔化しを言っている様子は見当たらない。そもそも嘘を吐くならもっと可能性のあるようなことを口にするはず。
だから突拍子もないことだけど、彼の言うことを真正面から受け止めることができた。
十羽は半信半疑な様子ではあったが、そうでもなくては説明できない事実を目の当たりにしているのだから信じるしかないという感じだった。
「……想像以上に凄い子だったのね、あの子」
「ええ。何だか今日は心も身体も使われたわ」
「私もよ。でも……今日聞いたことは秘密にしないとね」
「そうね。いくら私でも恩人を裏切るようなことはしたくないもの」
そんなことをすればアイドルとして以前に、人として許されないことだと思うから。
「恩人が勇者かぁ……。ていうか誰かに話しても信じてもらえないだろうけど」
「ええ……けれどあの人がどんな人であろうと、私たちのドライバーであることに変わらないわ」
「ん? あれあれ~? 何だか熱い眼差ししちゃって。もしかして……もしかするのぉ?」
「な、何言っているのかしらこの姉は? 姉さんこそ、昔は白馬の王子様を本気で信じてたって聞いたわ! 今日のあの人なんてまさしく王子様なのではなくて?」
「っ……な、なななな何でそのことを!? 誰に聞いたのよ!」
「お母さんよ」
「お母さんっ、何で言っちゃうのよぉぉぉぉっ!」
余程恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして頭を抱えてしまう十羽。これで先ほどのお返しはできたみたいだ。
しかしそのせいで魔法少女に憧れていることを六道に知られたのを思い出し、自分も頭を抱えてしまう。
そうして二人してしばらく黒歴史に唸っていた。
「……はぁ。こんなところでいつまでもバカやってらんないわねぇ。そろそろ帰るわよ。お母さんたちにも連絡入れないといけないし」
両親とは離れて暮らしているが、別に仲が悪いというわけではない。両親は海外を飛び回っているので、そのほとんどを姉と一緒に暮らしているだけの話だ。
ちなみに両親は自分たちの仕事を応援してくれているが、やはり心配もしていることから、定期的な連絡を互いに入れるようにはしている。
今日も本当なら観に来たいと言っていたが、残念ながら仕事で来られなかった。一応撮影したライブ映像を送る手筈にはなっているので、それで我慢してもらうつもりだ。
先に高層マンションの入り口まで歩いていく十羽のあとをついていく……が、
「ん? ちょっと姉さん、急に立ち止まらないでほしいのだけれど?」
突然ピタリと動きを止めたので、彼女の背中にぶつかってしまった。
一体何があったのかと思い、十羽越しに前方を確認してギョッとする。
そこには一人の男性が立っていた。しかもその人物は自分たちがよく知る相手だった。
「――――よぉ、ついさっきぶりだな、二人とも」
聞き慣れた声音が耳朶を打つ。
「………………原賀馬玄」
夕羽はその男の名を無意識に呟いていた。
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