第23話

「でもデビューって、いつ頃やるか決まってるんですか?」

「社長の方針としては、レッスンでしっかり地力を鍛えてからのデビューをさせるつもりですね。今どきのアイドルたちは、踊りも歌も上手ですから、彼女たちに負けないためにも」

「まあ正当ですね。中途半端じゃ、その他大勢に埋もれてしまいますし」


 自力……つまりレベルを上げるのは必要不可欠だ。どんな世界も中途半端では、絶対にトップは獲れない。それもまた異世界で身に染みている経験則からくるものだ。

 異世界にはハンターと呼ばれる職種があるが、この者たちの仕事は多岐に渡るものの、モンスター討伐など最も危険に塗れている。


 その中でも稼げる者というのは、やはりレベルの高い連中だ。常に向上心を持ち、努力し続けられる奴らが上にいる。

 己のレベルが低ければ、底辺ハンターとして埋もれるか、自身の能力以上もの依頼に身を投じた結果死んでしまうことだってあるのだ。


 俺も、自分の能力を過信して死にそうになったことがある。そのせいで、仲間にも多大な迷惑だってかけた。

 だから厳しい世界で生き抜くためには、今の自分を理解し、地力――レベルを上げないといけない。


 もちろんハンターと違い、失敗したからといって実際に死ぬわけではない。しかしながら、アイドル生命という目で見ると、失敗することで死――終わってしまうことは十分あり得る。


 社長はそんな悲劇を空宮たちに背負わせたくないのだろう。故に、まずはアイドルとしての地力を上げることにしたのだ。

 そんな話をしていると、社長室から絵仏社長が「お腹減ったぁ~」と言いながら出てきた。


 そのままテーブルの上に置かれた袋を直視すると、一目散に駆けつけ漁り始める。


「どれにしよかなぁ~、お肉? お魚? あ、カレーもある! う~悩むぅ~」


 彼女が口にしたように、三種の弁当があったので振り分けて買ってきたのだ。


「もう社長! いきなり出てきてお弁当を漁るなんてはしたないですよ!」

「んむぁ?」


 すでに割り箸を口に挟みながら弁当を手にしている社長がこちら向く。そして慌てたように箸を取り、照れ臭そうに笑う。


「ごめんねぇ。ついついお腹空いちゃってぇ。だって朝ごはん食べてなかったからぁ。あ、六道くん、買い出しありがとうねぇ。領収書は香苗ちゃんに渡しておいてねぇ」


 そう言いながらソファに座ると、弁当の蓋を開けた社長は目を輝かせる。


「ん~スパイシーな香り~」


 どうやら彼女が選んだのはカレー弁当だったようだ。


「ほらほら、そろそろあの子たちも上がってくるでしょうから、お昼の準備しようよぉ」


 すると社長の言う通り、タイミング良く事務所の扉が開き、空宮たちが入ってきた。ちょっと髪が濡れているように見えるので、シャワーでも浴びたのだろう。

 午前中、ガッツリレッスンしたせいか、彼女たちも弁当の存在に食いつき、真っ先に向かってきた。


「わぁ! ハンバーグ弁当だ! 私、これもーらい!」


 嬉しそうに弁当を掲げるのは月丘だ。


「はやや! えとえと……じゃあわたしは…………コレにしようかな」

「ふぅん、小稲は鮭弁ね。それならアタシも同じのにするわ」


 やはり仲が良いようで、小稲と空宮は同じ魚系を選んだようだ。

 そして、テーブルに置かれた三種類の弁当をジッと眺めている幼女が一人。何か気に入らなかったのかと、俺は声をかけた。


「どうした、しるし? 食べないのか?」

「……ロク」


 無感情に見上げてくるしるしだが、何となく不満そうな雰囲気だけは分かった。


「もしかして食べたいものがなかったか?」


 そう聞くと、彼女は小さな頭をコクリと動かして頷いた。

 これでも一応バリエーションをと思い、肉、魚、そして子供も大人も大好きな人が多いカレーをチョイスしたつもりだった。


「そっか。何食べたかったんだ?」

「……アイス」

「え…………それって昼飯に食べるものじゃないんじゃないか?」

「でも……アイスは……おいしい」

「美味しいのは分かるけど……」


 困惑気味な俺を見かねてか、月丘がスイッと寄ってきて耳打ちしてくる。


「しるしちゃん、かなり小食で偏食らしくて、朝昼晩とアイスで過ごすこともあるみたいですよ」


 それはまたかなりの強者で……。

 まあ、アイスはカロリーが高いものが多いから、カロリー不足にはならないかもしれないが、栄養不足にはなりそうだ。


 俺は助けを求める形で、「かもめさんたちはどうしてるんだ?」と耳打ち返しをした。


「えっとですね、野菜ジュースをアイスにしたり、お肉とか魚とか、シャキシャキに凍らせて調理したものを食べさせてるみたいです」


 え? 野菜ジュースはともかく、後半のはアイスなのそれ?


「あー……しるし?」

「……なに?」

「もしかして冷たいものなら食えるのか?」


 またも頷きを見せる。つまりアイスにこだわっているというよりは、非常に冷たい食べ物が好きだということらしい。


「そっか……よし、ちょっと待っててくれ」


 そう言うと、俺は急ぎ足に外へと出た。とりあえず誰にも見られない場所へと向かい、先の路地の時と同じく左目を閉じた。

 再度『次界の瞳』を使用するためである。今度は転送ではなく外へと送還した。


 赤き渦巻く瞳から瞬く間に顕現したのは――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る