第22話
事務所に戻ったのは昼前。
頼まれていた昼食用の弁当などを持って事務所内に入ると、事務仕事に集中して、俺に気づいていない横森さんだけがいた。
どうやらまだアイドルの卵たちはレッスン中のようだ。
人数分の弁当や日用品が入った袋をテーブルに置くと、横森さんがキーボードから手を離し、両手を上げて大きく伸びをして、そこでようやく俺が戻ってきていることに気づく。
「あ、大枝さん!? い、いつの間に戻ってきてたんですか! 声をかけてくださったらよかったのに!」
女性としては、あまり見られたくない姿だったようで、すぐに居住まいを正すと、若干紅潮した顔で声を上げた。
「ああいえ、随分と集中されてたんで。弁当とか日用品、ここに置いておきますね」
「わぁ、一人で重かったですよね! ありがとうございます!」
このくらいどうってことはない。そもそも片手で体長三十メートル以上あるジャイアントオーガというモンスターを振り回してやったことだってあるのだ。弁当くらい、百個や二百個、羽のようなものだ。
「本当に助かります。こういう買い出しって結構大変で」
「これからは俺に任せてもらっていいですよ。その分、事務仕事に集中してください」
「ありがとうございます! やっぱ男手があるのはいいですね!」
「ところで随分と集中されてましたけど、何をしてたか聞いてもいいですか?」
「あ、はい! 一応この事務所にもホームページがあるので、その更新とか、アイドルたちのスケジュール表の作成や、動画配信の編集などですね」
「動画配信?」
「あれ? 知りませんか? 最近の子はテレビよりも動画共有サービスの『ジョブチューブ』を視聴してるんですよ」
「ああ、そういや人気みたいですね」
「はい。テレビと違ってチャンネル数も莫大ですし、それこそ趣味嗜好に合わせた動画を観たりできるし、何より無料なので皆さん利用されてますよ」
今の時代、そういう動画配信で広告収入を得て生活する人も増えている。中には俳優や芸人、歌手なんかも利用し、最早現在、情報共有できる最大規模のサービスとしてなくてはならない存在になっているとか。
テレビの時代は終わったと嘆く古参の芸能人たちもいるようだが、間違いなく今の若者たちの関心はそういった動画配信となってしまっている。
ただテレビで売れなかった芸能人でも、そういった動画配信で人気を博し、そこからテレビの仕事を勝ち取るといったような事例もあり、テレビ業界もテレビだけに固執するのではなく、逆に利用してテレビ視聴率の活性化を狙っているようだ。
「今は配信者である『ジョブチューバ―』の中には、一カ月で数千万以上稼ぐ人だっているみたいですからねぇ。何だか凄い時代になったと思います」
「一カ月数千万かぁ……夢みたいな話ですよね」
「しかもただゲームをする動画を流すだけのものや、食事をするだけの動画がバズったりするんですから分からないものです」
「横森さんもプライベートで『ジョブチューブ』を観てるんですか?」
「そうですね。他のアイドル事務所も利用されていて、それらをチェックしています。他には動物の画像とか……あ、そうそう、これ可愛いんですよぉ!」
そう言いながらスマホを見せつけてきた。そこには、数匹の猫が横に並んで一緒にご飯を食べている動画が映っている。全員がシンクロしていて、愛らしくて面白い。
「はぁ……可愛いですよねぇ。癒されますぅ~」
「確かに観たいジャンルを簡単にいつでも観られるっていうのは大きな強みですよね」
テレビは曜日ごと、時間ごとに番組が決まっているし、最近はコンプライアンスも激しいということで、内容の物足りなさを感じ、若者のテレビ離れが過ぎてしまっている。
対して『ジョブチューブ』は、好きな動画だけを数多く観ることもできるし、何よりも手軽に利用できるというのが大きな利点だ。
「えっと、動画配信の編集をしてるってことは、空宮さんたちの?」
「はい! 自己紹介動画やミニライブ映像とか、ですね」
ライブとはいっても、地下のレッスン場で歌って踊っている動画らしい。それってライブっていうのだろうか……?
「再生回数が多ければ多いほどいいんですよね? どうなんです?」
「あー……ははは」
その乾いた笑いで何となく察した。
俺もスマホで、【マジカルアワー】の公式『ジョブチューブ』を検索して確認してみた。
まだ数こそ多くないが、確かに動画がアップされている……が。
「……どれもあまり芳しくないみたいですね」
【マジカルアワー】が持っているチャンネルだが、もし気に入ってくれる人がいれば、そのチャンネルを登録してくれるのだ。そうすれば、更新すれば即時登録者に通知が行く仕組みになっているらしい。
人気の『ジョブチューバ―』は、このチャンネル登録数がずば抜けて多い。十万人で記念品として、銀のモニュメントが、百万人で金のモニュメントが送られる。
つまり十万人は立派な一流『ジョブチューバ―』で、百万人を超えると超一流、そしてさらに二百万、三百万と上には上がいる。
当然そういった人たちの動画の再生回数は多く、収入も比例して上がるのだ。
だからまず誰もが十万人登録を目指すのだが、もちろんそう簡単な話ではない。一万人すら、いや、一千人すらまったく届かない配信者はザラにいるのだ。というかほとんどがそういう底辺配信者と呼ばれる者たち。
やはりどんな世界も、売れるには戦略や才能、そして努力が必要になってくるのだろう。
実際に、【マジカルアワー】のチャンネル登録者数は――――1984人。
千人は何とか超えているものの、芸能事務所としては目も当てられないほどの底辺だという。
試しに他のアイドル事務所の公式チャンネルを検索してみるが、大手と呼ばれるところは、どれも五十万以上で、中には優に百万人を超えているところもある。
つまりこれから、こういう事務所と戦っていかないといけないわけだ。
「はぁぁ……どうやったら皆さんに、ウチの子たちを観てもらえるんでしょうかねぇ」
「やっぱり全員がメディアへの露出が増えないと難しいんじゃないですか? まだデビューすらしていない子たちが多いんですよね?」
「そうですよね……子役だったタマモちゃんや、今もモデル仕事してる夕羽ちゃんはともかく、まずは全員がアイドルデビューを果たさないと……」
他の連中に比べ、仕事が豊富に見える夕羽でさえ、本格的にアイドルとして舞台に立っているわけではないのだ。
つまりまだ全員が入口手前。これでアイドル動画だと流しても、それで人気を取るのは困難だろう。
やはりアイドルといえば歌だろうし、まずは明確なデビューを果たさないとどうしようもないと思う。
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